パートB (1/3)
薄暗い貨物車両はカレンにとって戦闘に最も適している空間と言えよう。
コンテナがいくつも積み込まれたこの車両は遮蔽物が多い。男たちが手にしている拳銃はカレンにとって無意味であるも同然だった。
数メートルの距離を慣れた動作で跳んだカレンはコンテナの上へと隠れ、男たちの視界から消えると一人ずつ順番に気絶させていく。
敵は須衣とカレンと分断することによって戦力を分散させるつもりだったのかもしれないが、そもそもカレンにとって目の前の男たちは相手にさえならないのだ。
両腕だけでなく両足もA.A義体化している彼女は運動能力、筋力、耐久力、そして持久力のどれを取っても常人より長けている。
銃弾が顔の横をすれ違っていく中、カレンは顔色一つ変えずに距離を詰めて男の腹部に掌底を叩き込む。そして後方へと跳躍しながら、左右から飛び交う銃弾を避けて再び姿をくらます。
これなら時間は掛かるだろうが確実に相手の数を減らしてくことが出来る。何より彼女のすぐ近くにはもう既にお目当てのアームド・フレームがあるのだ。
言い方を変えれば、この場所を彼女が死守していればそれだけで任務を達成出来ると言えた。
当面の所、カレンにとって唯一の懸念材料は隣の車両で戦っているであろう須衣がいつになったらやってくるのか、ということだけだった。
コンテナの上に着地したカレンは多機能ウィッグの乱れた髪が顔に張り付いているのを、苛立たしげに振り払いながらウィッグそのものを外してその場に投げ捨てる。そして右手の人差し指と中指で器用にカラーコンタクトを外すと、ようやく本来の彼女の姿へと戻る。
直後、足元のコンテナで銃弾が弾ける。
偶然狙いが近かった一発にカレンはその場から離れつつ、貨物車両に残っている敵の人数を把握する。
マズルフラッシュの数からして見える位置には少なくとも五人。まだ隠れているかもしれないし、後ろの車両にまだ残っている可能性も捨てきれない。
コンテナから降りて床に着地したカレンはその場に隠れていた一人の首元に足を絡ませて意識を落としながら、周囲を警戒する。たった一人に翻弄され続けている状況に恐れを抱いているのか、積極的に攻めようとはしてこない。
隠れているだけで良いのであればカレンにとっては好都合と言えた。
しかしその判断が過ちであったことを知るまで、さほど時間は掛からなかった。
次の標的を定め忍び寄ろうと踏み出したカレンは突如として貨物車両内に響き渡った爆音に目を見開く。
それは後方の車両から発せられたものであり、壁を無理矢理こじ開けるほどの威力を持った何かが放たれたということに気づいた時、カレンは衝撃の余波で床を転がっていた。
並べられていたコンテナは一斉に吹き飛び、壁や天井が歪んで外の景色が露わとなる。
差し込んだ日差しに目を細めながらカレンが見たものは、一つ後ろの車両の中にそびえ立つ鉄の塊だった。否、その塊から全部で六本の足が車両の床を踏みしめ、数メートルはあるであろう巨体を持ち上げる。その姿は表現するならば、蜘蛛。
蜘蛛を模した謎の機動兵器の上部から煙を上げているのは先程車両の壁を吹き飛ばした二門の巨大な銃口。
カレンにはそれがどんな兵器なのかわからないが、途方もない威力を持っているということだけは身を以て知ることが出来た。
そしてカレンが余波を受けて倒れている間に周囲にいた男たちが取り囲み、カレンを取り押さえる。
「テメェ……よくも散々いたぶってくれたな……!」
真正面に立っていた無精髭の男がカレンを起き上がらせるなり、その腹部に拳を叩き込む。それに乗じて周囲の男たちが一斉に拳を振り下ろす。
左右から殴られ痛みと共にカレンの視界が次々と切り替わる。
更に背後から誰かが放った蹴りが背中に直撃し、カレンの身体が宙に浮いた。
うつ伏せになって倒れたカレンを男たちは卑しい笑いを浮かべながら踏みつける。手足を、背中を、後頭部を、何度も。起き上がろうと力を込めた指先を、体重を込めて踏みつけられた際に口から僅かに声が溢れた。
「ぁ……ッ!」
「なんだ、鳴けるんじゃねェかよォ!」
これだけ踏みつけられても悲鳴一つ上げないカレンが面白くなかったと言わんばかりに、男が脇腹を蹴り上げた。ボールのように床を転がったカレンは倒れたコンテナにぶつかって崩れ落ちる。
両腕を掴まれて、無理矢理立たされたカレンは口の端から血を流しながらも無言で男たちを睨みつける。
その反抗的な表情が愉快だったのか、一人の男がカレンに顔を近づけてせせら笑いを浮かべる。
「ヒヒヒ……結構可愛い面してるじゃないッスか」
「見掛けによらず馬鹿力だ、あの女連中と同じく人間じゃねぇんだろう」
「でもまぁせっかくだし、みんなで食っちまいましょうぜ」
「逃げられないようにだけ気をつけろよ」
顔を近づけてきた男へとカレンは睨みを利かせながら次の瞬間、唾を吐きかけた。
「うわっ……こいつ!」
慌てて服の裾で拭き取りながら男は顔を引き攣らせて、カレンを思い切り殴る。
それほど屈辱的だったのか男は、その拳に青痣が出来るまで何度もカレンを殴り続けた。
拳が振り抜かれる度に、カレンの口から溢れた血が床へと飛び散る。
ようやく男が動きを止めた頃にはもう、カレンは顔を上げる余裕さえない程にぐったりとしていた。
無精髭の男はカレンの前に立つとその胸元を掴み、ドレスを一気に引きちぎった。力任せに破られたドレスの奥に見える白い肌と谷間に男たちは思わず歓声を上げる。
抵抗する素振りさえ見せないカレンの太腿に指を這わせ、男たちは下品な笑いを浮かべて女体を堪能していく。
特別大きいとは言えないが、決して小さくもないカレンの胸を鷲掴みながら、とある男の指が徐々に下へと動いていき、やがて黒い下着へと触れたその瞬間、カレンの耳元に聞き慣れた声が聞こえた。同時にこじ開けられた天井から影が差す。
『コード認証、転送準備完了しています』
それはカレンにとっては半身とも言うべき存在であり、彼女にとっては小煩い堅物でもあり、時には皮肉を言う生意気な自律A.Iであり、その声が聞こえるということは彼女のすぐ近くまで来ているという合図であり、そしてその言葉が意味するのは――。
「――サフィニアァァァッ!」
カレンは獣の咆吼が如く叫ぶ。
刹那、彼女を中心として発生した衝撃派が周りの男たちを一斉に吹き飛ばした。
代わりに彼女の周囲を取り巻くのは、亜空間転送技術によって周辺の位相へと強制介入して送り込まれた黒い粒子の嵐。
サフィニアンサーの内部から粒子状に転送された複合金属片がカレンの身体を覆うようにして定着していき、その姿を形作っていく。
『Battle Dress “Safinia”』
空間から取り出された黒き戦闘装束を身にまとい、カレンはゆっくりと顔を上げる。
無機質な機械の面に隠された表情は何を思っているのか、それは彼女自身にしかわからない。
ただ一つだけ確かなのは、周囲で尻もちをついている男たちが徹底的に叩きのめされるまで、数秒と掛からなかったということ。
一瞬にして身体が宙を舞い、大の男がコンテナへと叩きつけられる。
ようやく解放されたカレンはその場でよろめいてから、近くにあったコンテナに手を着いて身体を支える。
『全身のスキャニング完了、酷い打撲です』
「……うるさい」
『これを期に無茶をするのは少し控えられてみてはいかがでしょうか』
「頭に響くから、少し黙ってて……!」
アンサーの冷静な発言をいつものように流しながら、カレンは荒い息を吐く。
カレンのA.A義体は本人の要望により従来よりも軽量化が図られ、触れた時の感触でさえ限りなく生身に近いものとなっている。
それはおそらくカミングアウトされなければ気づかないほど精巧なもので、しかしその欠点として耐久性は須衣たちよりも劣る。
大人に寄って集って殴打されれば怪我を追うのは当然であり、何度も殴られ続けたせいで軽い脳震盪を起こしているようだった。
それでもカレンは倒れて意識を失いたい気持ちを堪え、背後にそびえ立つ巨大な鉄の蜘蛛へと向き直る。
「アンサー、あれは」
尋ねたカレンに返答したのはアンサーではなく、その上に乗っている少女の声だった。
『通称アトラナート。数年前から各地で目撃されるようになった第一級違法兵器の戦車型アームド・フレームだよ!』
「ルーシア……お前がアンサーを」
『遅くなってごめんなさい。でも、なんとか間に合って良かった』
頭上を見上げたカレンの視線の先には、サフィニアンサーに乗りこちらへと手を振るルーシアの姿が見える。
戦闘装束に覆われたカレンの表情をルーシアは窺うことは出来なかったが、直後にカレンが発した言葉は意外なものだった。
「……ありがとう。助かった」
『う、うん……!』
思わず顔を綻ばせたルーシアは、目の前に危険な兵器が存在しているという事実を思い出し慌てて真剣な表情へと戻すと、咳払いをしてから説明を続ける。
『コホン……えと、そのアトラナートは自律A.Iを搭載した無人機なんだけど、本体上部にある格納式スマートリニアレールガンを車両内で無理矢理撃ったせいで自身も余波を受けて、今はシステム側がダウンしてるみたい!』
アトラナートと呼ばれるこの巨体が、カレンがこうして目の前に立っているにも関わらず停止している理由に納得する。
『考え無しに使ってくれたおかげでまだチャンスがあるけど、これが動き出したらどんなメトロリニアだけじゃない……トーキョウにどんな被害が出るかわからない……!』
『データベース上に記録されているアトラナートの交戦データを参照したところ、紛争地域に投下された際の制圧能力は極めて高く、単機で一個師団を撃破可能なようです』
ルーシアの言葉を肯定するように、アンサーが不吉な言葉を並べ立てる。カレンがその言葉の意味を理解していないことだけがせめてもの救いか。
「とりあえず……これを壊さないといけないってことだけわかった」
『いつシステムが復旧して動き始めるかわからないから気をつけて……!』
カレンはルーシアの不安げな声を背に受けながら、アンサーへと武器を要求する。
「アンサー、ガトリングガンを」
『お言葉ですがアトラナートに使用されているのは二層式の複合金属装甲で、カレン様の所有する銃火器では表層を貫徹することも難しく――』
「――御託はいい、早く出せ……!」
アンサーの忠告を乱暴に中断したカレンは、しばらくして頭上から投下された携行ガトリングガンを両手で受け止めると、そのまま目の前で沈黙するアトラナートへと向ける。
トリガーを引いた瞬間、鈍い音を立てて回転するバレルから次々と銃弾が吐き出され、しかしそれらはアトラナートではなくその周辺に着弾した。
アトラナートが鎮座している車両の床に蜂の巣の模様を描きながら、カレンはその銃身を思いのままに動かし、次々と周囲に穴を穿っていく。
それがアトラナートの足元をなぞるように撃ち込まれていることをルーシアが気づいたのは、カレンが銃弾を撃ち尽くしてガトリングガンを投げ捨てたところだった。
『カレンさん……まさか』
思わず息を呑んだルーシアの目前でカレンは跳躍する。アトラナートの頭上へと飛び出したカレンがその落下の勢いを乗せた飛び蹴りを放った瞬間、その衝撃に床が悲鳴を上げながら軋む。
そして銃弾で刻まれた軌跡に沿って沈んでいき、やがてアトラナートは車両の床ごとレールの上へと落下した。
アトラナートと切り離された車両の一部がレールに激突し、轟音と共に砂埃が立ち込める。その光景は即座に後ろへと流れていき、走り続けるメトロリニアとの距離が開いていく。
衝撃によってカレンのいる車両も傾き、それに合わせて積まれているコンテナがいくつかが線路上に飛び出していった。
『……随分と手荒な真似ですが、少なくともトーキョウへ到達することは免れそうですね』
後続車両を物理的に切り離すことでアトラナートを投棄したカレンに、アンサーがコメントを添える。カレンは遠のいていく光景を見据えながらぼんやりと呟く。
「アームド・フレームの入ったコンテナも落ちた」
『この際仕方ありません。アトラナートを含めて後ほど回収するとしましょう』
「ところで……スイとかその他は」
姿の見えない人物の心配をしているわけではないが、これだけの騒ぎを起こしておきながら未だに姿が見えないことに疑問を抱いたカレン。
ルーシアがその問いに答えるよりも早く、背後から声がする。
「俺が何だって……!」
カレンが振り返った視線の先、客室へと続く扉を力技で無理矢理こじ開けて姿を現したのは、肩で息をする須衣だった。
アトラナートが放ったスマートリニアレールガンの轟音に気づいた須衣はルーシアとの合流を諦め、貨物車両へと移動することを決めたものの、扉を抜ける為に試行錯誤した結果、物理的に突破するまでに随分と時間が掛かってしまった。
やっとの思いでこじ開けた須衣は、変わり果てた貨物車両の姿を見て開きかけていた口を止める。
天井や壁面は巨大な生物に引きちぎられたかのように捩じ切れており、更にその後ろの車両は残骸が繋がっているだけ。
何をどう暴れればこんな状態に出来るというのだろうか、須衣には理解が及ばなかった。
「あのさカレン……さすがにこれはちょっとやり過ぎじゃないのか……」
「違うの須衣くん、これには深いワケがあってー!」
頭上のルーシアが敢えて魔導通信ではなく、直接説明しようと声を張り上げる。
「貨物車両にアトラナ――」
しかしその声が周囲に轟く重低音と遥か後方で立ち上る土煙によって掻き消された。
三人が振り返った先に見たものは、物凄い勢いで六本の足を動かしながら徐々にメトロリニアへと迫り来るアトラナートの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます