パートA (1/3)

 薄暗い部屋の中で、眼前に広がっている六枚のモニターが明かりのように室内を照らす。

 それらの画面に絶えず表示され続けているのは現場の状況だけではなく、A.A義体から送られてくるバイタルデータといったものも含まれている。


 現場には向かわない代わりにありとあらゆる手段を尽くして現場の状況を知る。それが彼女にとっての戦い方だ。

 白衣姿でシートに座って物理キーボードをひたすら操作し続けるアイズは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


 口元に咥えたままの煙草は火が点いたまま、既に大部分が灰と化している。

 煙がアイズの周囲を立ち込めていく中、静かな部屋には定期的にアイズがヒールを床に叩きつける音が響き渡る。


『アイズ様、外部から通信のようです』


 不意に聞こえてきた男性の電子音声はアイズ自身がプログラミングしたもの。


 現在は漆黒の大型バイクに乗せられてカレンのサポートに使われていることが多いが、こうして彼女の補佐を行うことも多い。

 というよりはその為にアイズが用意したという方が適切である。


「アンサー、どちら様だい?」


 カレンが声の主であるアンサーに尋ねると、意外な名前が返ってきた。


『発信者は紫苑シオンと』

「ほう……それはまた。宜しい、繋いでくれ」


 間もなく魔導通信が繋がる。聞こえてきたのは落ち着いた若い男性の声だった。


『やあ、アイズ。突然すまない』

「あぁ本当に突然で困ったものだ、こちらは仕事中だというのに。それでどうした? キミとは昨日やり取りをしたばかりだろう、そんな急な用件が出来たとでも言うのかい?」


 アイズは煙草を咥えたまま、器用に喋りながらも手は決して止めない。

 現在も移動中であるメトロリニアの周辺の状況を確認しながら定期的にルーシアから送られてくる車内の状況を整理し、全容の把握に務める。


『その通りだよ、アイズ』

「ほう……あまり多く連絡を取らないキミがそう言うのならば、相当な急用なのだろう。本来ならばじっくりと話を聞いた上でたまにはキミを弄り倒してやりたいところだけど、あいにく今は忙しい。手短に頼む」


 アンサーが紫苑と告げた相手の男性はあくまでも落ち着いた様子で、淡々と語り始める。


『……現在キミたちが作戦行動をしているメトロリニアの車両内に、別勢力が乗車しているということが判明した。いや、当初想定していた組織の協力先が判明したという方が適切だろう』

「それは予想していた事態だけど、キミからわざわざ連絡を取ってくるということはその勢力が非常に厄介という認識でいいのかな」

『その通りだよ。トーキョウへアームド・フレームを横流ししている先は各ギャングであることに変わりはない。ただしそれはあくまでもカモフラージュであり、それらに紛れて彼女たちはトーキョウへと忍び込もうとしている。目的は不明だけど確かなことは君たちドーラーは彼女たちが都市に存在することを容認は出来ないということだ』

「馬鹿な話を。北欧の吸血鬼が攻めてきたとでも言うのか」

『そのまさかさ。列車に紛れ込んでいるのはカーミラの一族で、それも過激派たちだ』


 その言葉にアイズの手が一瞬止まる。


「どうやら……事態は思っていたよりも深刻らしい」

『過激派の目的は不明だけど、トーキョウに彼女たちが姿を現したとなれば混乱は免れないだろう』

「しかし何故……今になってカーミラが」


 アイズは咥えていた煙草を机の上に置いてある灰皿へと乗せると、肺の息を吐き出す。煙が口の端から立ち込める中、紫苑の言葉が再び聞こえてくる。


『理由は不明だけど、一つだけはっきりしていることがある。それを知るかどうかはキミの選択次第だけどね』

「……やれやれ。その言い草は、これ以上の情報提供は追加投資を要求するということかい」

『すまないけど、こちらも商売なものでね』

「いつもの口座に追加で振り込んでおく。続けてくれ」


 アイズが渋い顔でキーボードを操作すると、ややあってから紫苑は言葉を返す。


『……確かに入金を確認した。乗車しているカーミラの中に一人だけ身柄を確保して欲しい要人がいる』


 同時にアイズ宛てに送られてきたデータをモニターの中心に表示させる。

 そこに映っていたのはまだ未成年に見える色素の薄い少女の姿で、睨みつけるような視線をこちらへと向けていた。


『アリッサ・ストラッフェ。カーミラ穏健派の有権者であるストラッフェ家の御令嬢だ』

「……はいはいそういうことか、やれやれ。これは厄介な事態になったものだ」

『そういうことなんだ。君の耳に入れておくべき案件だと思って僕から連絡させてもらったけど、迷惑だったかな』

「あぁまったくもっていい迷惑だよ、本当に。こんな余計な情報聞くべきじゃなかったと後悔している程度にはね。とんだ爆弾を抱えてきてくれたものだ、まったくどうしてこう……悪いことは重なるんだ。そんなにボクの手腕を見せつけて欲しいのかと言いたくなってくる」


 アイズは赤い髪をくしゃくしゃとかきむしりながら不満そうな表情を浮かべてキーボードを叩く。


「ありがとう紫苑。もう充分だ」

『健闘を祈っているよ』

「祈られるまでもない、ボクが任務を果たすのは当然のことだ。問題は現場が大変なことになっているということだけだよ。さあ切った切った」

『それじゃあ、また』

「あぁ、それから一人称が僕っていうのはボクとキャラが被るからあれほど止めてくれと……ってもう切れてるし」


 一方的に通信を切らせておきながら文句を言うアイズは胸元のポケットから新しい煙草を取り出すと、机の上に置きっぱなしになっていたライターを手にとって火を点ける。

 視線をモニターから外して天井へと移す。煙が天井へと登っていく様を眺めながら、アイズはヒールで床をコツコツと叩く。


「……アンサー、ルーシアと繋いでくれ」

『少々お待ちください』

「あぁそれからアンサー、予定通り待機だ」

『了解しました。岩の気持ちになっておきます』


 アンサーとのやり取りを済ませると同時に、代わりに若々しい少女の声が聞こえてくる。無論、ルーシアである。


『アイズさん、大変なことになりました……!』

「あぁまったく、面倒なことになってくれたよ」

『このデータを見てください!』


 間髪入れずにモニターへと送られてきた情報が表示される。

 それは最後尾の貨物車両の解析データであり、それをひと目見た瞬間、アイズの絶えず床を叩き続けていた足が動きを止めた。


『これってもしかして……!』

「あぁ、キミの想像通りの代物だよ……まさかこんなものまでトーキョウへ運び込もうとしていたとは。戦争でも始めるつもりなのか連中は」

『今、貨物車両辺りにいるはずの須衣くんとカレンさんに連絡取ってるんですけど繋がらなくて』

「二人のバイタルはこちらでモニタリングしている。おそらく戦闘中だ」

『やっぱりそうですか……さっきナイトから緊急暗号通信が送られてきて、私もすぐに予定の場所に移動しようと思ってます』


「そんな頃合いだろうと思っていたよ。既にこちら側の準備は整えてある。後は時間になるのを待つしかない」

『座標の最終調整はこちら側で行いますので……!』

「あぁ、その辺りは任せた。ボクは少しばかり厄介な案件を持ち込まれたもので、少しそちらの手回しをしようと思ってる。ということで以後の作戦指揮をお願いしてもいいかな?」

『はい、任せてください』

「頼もしい言葉だ、出来るならボクらの班のメンバーから聞きたいくらいにね」

『あはは……須衣くんはともかく、カレンさんは難しいんじゃないですかね』

「まったくもってその通りだよ。それじゃ、後はヨロシクゥ」

『はい!』


 ルーシアの頼もしい言葉を最後に魔導通信を終えると、アイズは吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて火を消す。

 ついでに先程まで吸っていたもう一本の火も消す。そして背筋を伸ばしてシートに座りなおすとため息混じりにぼやいた。


「貧乏くじは辛いものだな、やれやれ」

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