アバンタイトル (2/2)
「なんか騒がしくないですかぁ?」
後ろを歩くウィーラの言葉に、ナイトは足を止めた。
第二車両の上層の通路を歩きながら不審な乗客がいないか確認していた二人は、お互いの顔を見合わせる。
「……騒がしい、とは」
「なんていうかぁ、揺れたっていうかぁ」
「メトロリニアでも多少の揺れくらいあるだろう」
「なんとなく、おかしな揺れ方をした気がしてぇ」
ウィーラは腑に落ちないといった表情で人差し指を顎に当てて首を傾げている。
ナイトはその様子を見て、彼女へと静かに尋ねた。
「ウィーラ、お前はどう思う?」
「……うーん、ちょっと妙ですよねぇ」
彼女は普段の発言こそふんわりとしていて不安になることも多いが、その直感はもはや才能と呼べるほどの領域で、ナイトは絶対的な信頼を置いている。
その彼女が妙というのならばそれは間違いなく普通ではないのだ。この後に第一車両を調べる予定だったがそれよりも先に確認しなければならないことが増えたようだ。
耳元を指で触れたナイトは客室で情報収集を行っているルーシアへと魔導通信を試みる。
「ルーシア、こちらナイトだ」
『あっ……ちょうどよかった、今連絡をしようと思ってたところで……!』
聞こえてきたルーシアの声は少しばかり焦りが感じられるもので、ウィーラの直感が間違いではなかったということをナイトは確信する。
「どうした、何があった」
『それがその……すべての車両のスキャンをさっき終えたんだけど、貨物車両の中に変な反応があったの……!』
「アームド・フレームではなく、ということか?」
『たぶんそうだと思うんだけど……大きさが規格外過ぎてこんなの見たことない』
「貨物車両ってコトは須衣くんとカレンちゃんに連絡した方が早いんじゃないかなぁ」
首都管轄第九班の共有回線で会話の内容を聞いていたウィーラが口を挟む。
しかしルーシアはそれを否定して続ける。
『それがさっきから二人に繋がらなくて、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれてるのかも』
「うーん……もしかして、ビンゴってやつですかぁ?」
「状況はわかった。いったん捜索は中止して、二人に合流しよう」
『うん、お願い……!』
「はいはぁい、ウィーラちゃんにお任せあれ」
魔導通信を終えたナイトとウィーラは来た道を引き返すべく振り返る。
隣の車両へはすべて下層からしか移動出来ず、上層と中層に座る人間も一度は下層を経由しなければならない。
面倒くさがりな人間ほど下層の席を取ることが多い上、下層のように客室で仕切られているわけではなく、上層はシートが数多く並べられているだけに過ぎない。
だが裏を返せば上層はあまり人の入れ替わりが少なく、静かな時間を過ごしたい人や他人に顔を見られたくないような人が選ぶことが多い。
そのような理由から上層を重点的に調べていたナイトたちだったが、その予想は外れだったのかもしれない。
そんなことを考えながらナイトは下へと続く階段に差し掛かったところで、不意に足を止めた。そしてつい先程までの考えを否定する。
「ウィーラ、先に行け」
「お姉様?」
突然の言葉に振り返ったウィーラが見たのはナイトの背後に立つ三人の女性。
遠くからの観光客だろうか、かなり薄手の格好をしている女性たちはナイトとウィーラの後に続いて階段を降りるつもりだったのだろうが、通路に立ち尽くすナイトによって妨げられていた。
「……殺気がダダ漏れだぞ」
ナイトは女性たちに背を向けたまま、低い声で静かに告げる。刹那、先頭にいた女性の姿が霞んだ。
否、目にも留まらぬ速度でナイトへと肉薄するとその首元へと手を伸ばす。その細い手が無防備なナイトの首を確かに捉えた――かに思われた。
しかしその結末は覆る。その場で宙返りを決めたナイトはロングコートの裾をはためかせながら宙へ身体を投げ出すと、その手を華麗に避けて女性の背後へと着地する。
そして逆に右腕で首元をがっちりと締めながら更に背後に立つ二人へと振り返る。
既にナイトへと飛びかかろうとしていた二人の女性はしかし、人質のように目の前に突き出された味方を前に一瞬動きを止める。
その瞬間、突き出された女性ごとナイトの蹴りが二人を襲った。
一般客の視界を通り過ぎて車両の進行方向へと突き飛ばされた三人の女性は通路に崩れ落ちる。
その一部始終を見守っていたウィーラへと、ナイトは再び告げる。
「行け!」
しかし今度は鋭い怒声で。すべてを察したウィーラは頷くと階段を降りて姿を消す。
突然の出来事に騒々しくなる車内で、三人の女性の前で仁王立ちをするナイトは素手で構える。
何も知らぬ一般客の男性がナイトへと野次を飛ばした瞬間、三人の女性が一斉に飛び掛かる。
一人は通路を正面から、残る二人は座席に足を掛けてそれぞれ左右から同時にナイトへと。息の合った連携は人間の動作にしてはあまりも機敏で、常人ならば目で追うのがやっとだろう。
しかしナイトはトーキョウの秩序を守るドーラーで、首都管轄に所属するということはそれだけの実力を持っているということなのだ。
その動きはあまりにも洗礼されていて、ある種の美しささえ覚えるほどだ。軽やかな動作で繰り出された足が右側から襲いかかる女性の顔面を捉え、そのまま正面から迫り来る敵へと投擲する。
そのまま体勢を低くして左から飛びかかった女性の腕をやり過ごすと、すれ違いざまにその足を掴んで座席へと叩き落とす。
近くの座席に座っていた女性が悲鳴を上げながら慌ててナイトたちから距離を取る。
三人を同時に相手するナイトは他の乗客への配慮こそ行っているものの、敵対する三人には手加減をしているつもりはまったくなかった。
ましてや彼女もまたA.A義体によって尋常ならざる筋力を持っており、その格闘技を受けて普通の人間ならば平気でいられるはずがない。
だがしかし目の前の女性たちは痛みに表情を歪めているものの、何事もなかったかのように立ち上がり再びナイトへと襲い掛かる。
主に蹴り技と手刀で三人をいなしながらナイトはその違和感に眉をひそめる。
「お前たち何をしている!」
直後、車掌と思しき服装をした人物が背後の階段を登って姿を現す。既に騒ぎは下の階まで伝わっているのだろう、車掌は背中を向けたままのナイトの肩を掴むと鋭い口調で問い詰める。
「君、他の乗客の迷惑になる行為は今すぐ――」
その言葉を遮って横薙ぎの一閃。とっさに身体をかがめて避けたナイトの後ろで何かが弾けたような音と共に、背中に生暖かい感触が伝わってくる。
遅れて聞こえてきた崩れ落ちる音と、通路の床に広がっていく赤い液体。もう少し遅ければ、ナイトも同じように首が胴から切り離されていたかもしれない。
ナイトが視線を向けた先には、車掌の命を容易く奪った女性の手。それは小柄の女性にしてはあまりにも歪なまでに筋肉が隆々と浮かび上がり、指先の爪が鋭く伸びている。
先程までは何ともなかったはずの女性の手が怪物のような姿に変わっていた。
その姿を見てようやくナイトは対峙する女性たちの正体に気づく。そして同時に少しばかり厄介な事態になったことを確信し、思わずため息をついた。
「……ウィーラを先に行かせて正解だったな」
そして耳元を指でそっと触れ、予め用意してあった緊急暗号通信を送る。
宛先はルーシアであり、これを受け取った彼女ならばすぐに事態を把握し、ナイトが何を望んでいるか理解してくれるだろう。
ナイトは悲鳴の止まない車内に悠然と立つと、様子を窺っている三人の女性へと啖呵を切る。
「来い、不死身の吸血鬼ども」
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