パートC

 冬の冷たい風がロングコートの上からでも容赦なく身体の熱を奪い去っていく。


 白い息を吐き出しながら屋上からゆっくりと立ち上がる。

 天気予報通りならば、今夜は雪が振りそうだ。灰色に濁った空を見上げながら下へと降りる螺旋階段へと向かった。


 錆びついた階段を音を立てて降りると、その下で待機している人物が振り向く。

 黒い髪に蒼い瞳が特徴的なその女性は似たような黒いロングコートを身にまとい、長い間待たされた恨みのこもった眼差しで睨みつけながら、低い声で言い放つ。


「遅い」

『カレン様は気が短いので、あまり待たせるのは得策ではありませんね』


 近くに停車しているアンサーからの魔導通信に思わず苦笑いしながら、皮肉たっぷりに言い返す。


「じゃあ代わりに上行ってくれば良かったんじゃないの」

「それは寒いからヤダ」

「天邪鬼だな、カレンは」

『ええ、まったくです』


 カレンと呼ばれた女性はサフィニアンサーの近くまで歩み寄ると、軽く蹴りを入れてから振り返った。


「で、どうだったの」


 その言葉に答える前に周囲を再確認をする。郊外区域の端、廃ビルと倉庫が続く一帯に一般人の姿は見当たらない。

 いるのはここにいるような変わり者か、或いは見られたくない何かをしようとしている者たちか。


「取引現場を押さえた。これで強行突入出来る」

「それじゃ、行こ」

『周辺の索敵は継続しています。作戦遂行に問題ありません』

「それじゃあ手筈通りに。また後で」


 カレンに背を向けて一度降りた階段を再び登るべく向かおうとしていると、不意に声を掛けられた。


「スイ」

「ん、なに?」

「無茶しすぎないように」

『この間は特注のA.A義体を壊してアイズ様がカンカンでしたからね』

「……今回は善処するよ。それじゃ」


 カレンに背を向け、須衣は軽く手をひらひらと振ってみせた。




 多くの犠牲者を出した連続人喰い事件から二年が経過した。

 今ではもう話題に上がることも減り、日々起こる新しい事件によって人々の記憶から忘れ去られていく。


 それでも須衣はあの日をずっと忘れずに、これからも生きていくのだろう。


 須衣は屋上へと辿り着くと、背中に携えた巨大な大剣を手に取る。

 これはあの日交わした誓い。彼にとっての存在理由。


 それを手に、彼女の想いを胸に彼は戦う。


「L.I展開――ジャッジメント・モノクローム」




 ――西暦二一四七年。経済都市国家トーキョウ。


 たとえ誰が消えても世界は残る。誰かが生きて物語を綴る。この二十二世紀という時代で。




 でも。それでも。絶対に生き抜いてみせると誓ったんだ。

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