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「そう……命に別状は無かったのね良かった」
茅夜は戻って来た一成の説明に胸を撫で下ろした。
「医師の所見では、毒と言うよりは中毒症状らしいです。直前に食べたフォンダンショコラ内に基準値超えのアミグダリンが含まれたアーモンドが混入したのかも……と、ただ……」
「でもあのお菓子のレシピ、アーモンドは使って無いわよ。製菓用具や皿に絶対についていないのかって言われると自信無いけど……そんな微量で中毒になるのかしら」
口ごもった一成に割り込んで話したのは鶫だ。従妹なのでしゃべり方に遠慮が無い。
「そういえばアーモンドプードルがきれてたって只野さん言ってたし、間違えて混入ってのも無いよ。食べても味しなかったし」
これは樹莱だ。材料を混ぜ合わせたのは鶫と樹莱の二人だレシピはメモをとって覚えている。
「まあ故意にせよ過失にせよ、今回は殺す気は無かったみたいだ。安心は出来ないが過剰に恐れることもない。皆は今日の所は休んでくれ、明日からは葬儀で忙しくなる……」
「喪主はあなたで良いのね一成」
茅夜が口を開く。
「茅夜さんが良いなら俺が喪主を務める。親父が亡くなってからは世話になってるしな、そこに異論は無い……ただ喪服は持ってきてないからな、取りに戻るか、何処かで見繕うか……本当に忙しいな」
一成の口から愚痴が飛び出す。喪主を務めるのは二回目、葬儀屋の手筈通りに進めれば良いのだが今回は明らかな殺人事件だ気が重い。
「そう……私達は別邸で休ませて貰うわね。あっちのがホテル感覚で楽なのよね」
茅夜達はそう言うと別邸に立ち去った。ベッドの数が足りない気もするがエクストラベッドを準備させる様だ。
茅夜も啄巳も出張が多くホテル住まいには慣れている。少々の環境変化は気にならない。
「さて……どうする?」
一族が立ち去るのを見送ると、一成はみむろに向き直った。
「取り敢えず、お風呂かな」
マイペースな事だ、と一成は眉をひそめる。
「じゃあメシ作っとく。風呂上がりに油がはねても嫌だしな」
「至れり尽くせりだね」
みむろは、トラベルセットと着替えを手にすると浴室に向かう。浴室では贅沢に汲み上げられた温泉がパイブから湯気とともに浴槽に注がれている。光沢のある石の浴槽は御影石だ。床は冬の寒さを考慮してかタイル張りだった。
洗い場でメイクを落とし湯を浴びたみむろはタイルの上をとてとてと歩き、奥の露天風呂へと進む。
個人宅の露天風呂等覗かれはしないかと心配だったが、目の前に広がる景色を見てその心配は杞憂だと分かった。浴室は川を見下ろす様に崖に迫り出して作られていて、木々が絶妙に視界を遮っている。
地中から温泉を汲み上げているパイプに平行して川からポンプで水を汲み上げているのだろう、パイプが川から屋敷に向かって立ち上げられていた。老朽化しているのかパイプから霧のような水が噴き出していた。
『ちょっとポンプの音が煩いのが玉に瑕かな』
みむろは遠慮の無いポンプの音に眉を顰めながらも湯船に浸かる。手足を伸ばすと身体を血液が循環しているのが分かった。汗と一緒に疲労も流れていく様だ。
『やっぱり、犯人はあの人だ。どうするかは一成に任せるけど……』
確認が出来た。後は時を待つだけだった。みむろは束の間の癒やしに身を委ねた。
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