翌日、一成は朝から慌ただしく動いた。雪野家への報告。司法解剖を終えた鸞蔵の遺体を受け取ると葬儀社の手配。事件を嗅ぎつけたマスコミへの対応。死亡届の提出と続いた。それでも父、鳶二の葬儀と比べれば、小規模な家族葬とした鸞蔵の葬儀はスムーズに進んだ。

『慣れたくは無いが……』

 慌ただしさが、気を紛らわせる役にはたった。明日は火葬、公証役場に向かわなければならない。まだまだやる事はある。

 それでも夜になると葬儀が一段落して、橋部の親族は橋部屋敷の広間に集まった。ほぼ昨日、応接室に集まったメンバーなのだが当然親族以外は席を外しているし、上座には鸞蔵の棺が置かれていた。畳敷きの広間に喪服で集まるとそれだけで昨日とは雰囲気が明らかに違う。

『このタイミングしか無いよな』

 喪主として振る舞っていた一成は意を決して口を開く。

「皆に言っておく事がある」

 一成は皆の注目が集まるまで一呼吸待って続ける。

「会長就任の件だが……辞退させてもらう」

「何で!!昨日は前向きだったじゃない」

 茅夜は目を見開くと声を荒げる。

「それは、爺さんが亡くなった……殺された時点では、だろ。今は状況が違う。そもそもが茅夜さんが俺に会長就任を勧めたのはスキャンダルがなさそうだから……今までの仕事が継続できそうだから、だろ」

「それは言葉の綾と言うか……一成が会長に相応しいと思っているのは事実よ、啄巳もそうでしょ!」

「……勿論だ一成以外の適任者はいないだろう」 

 急に話を振られた啄巳は一瞬言葉に詰まったが、そこは人生経験が物を言う。直ぐに言葉を紡いだ。

「評価してもらってありがとう。でも状況が変わった……だろう。元婚約者の兎美が死んだのはマスコミが喜びそうなネタ……十分なスキャンダルだろ」

 一成はため息を挟んで一族に告げる。

「確かにな……だが、そうなると誰が会長になるんだ。適任者がいない……」

 啄巳は皆を見渡すが、流石に立候補する者はいない。推薦するにも憚られる。広間に居心地の悪い静寂に包まれた時、一成が口を開いた。

「梟也さんじゃ駄目、なのか?」

「え?俺」

 急に名指しされた梟也の頭に疑問符が浮かぶ。

「確かに……スキャンダルとは縁遠そうだが……う〜ん」

「梟也は役員でもないのよ、いきなり会長だなんて……」

 橋部グループの二大巨頭も訝しがっている。

「と、言うのもだ、茅夜さんも、叔父さんも、まあ父もなんだが橋部グループの株を爺さんから生前贈与の形で貰っている訳だろ、梟也さんにも当然遺留分として株式を相続する権利がある。細かい計算はまだだが、役員になれるだけの十分な量の株式は相続する訳だし、そのうえ爺さんの末子。適任だとは思わないか。俺と違ってスキャンダルは無さそうだしな」 

 一成の推薦に広間は再び静寂に包まれたのだった。

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