一時間ほど車内で眠っていただろうか、遠くから聴こえる気合の入った声に鼎は目を覚ました。

『あれ、奈々は?』

 隣にいたはずの奈々の姿がない。駐車場からかずら橋を見下ろすと、何人もの警察官がかずら橋を渡っていた。どうやら無事に残っていた主塔と主塔の間にネットのついたラチェットロープを張っている様だ。揺れるだろうが命綱を併用すれば転落まではしない。もちろん警察側だけでロープは張れない。川向うの住人との共同作業だろう。

『先に行ったのか?』

 奈々は橋部の里に住んでいると言っていた。咲奈に橋を渡らせてもらったのかもしれない。

『全く声くらいかけろよな』

 眠っていた自分が悪いのだが薄情な奴だ。ほんの数時間の仲だが悪い奴には見えなかったが。

 鼎はバッグを持つと車から降りる。かずら橋までは歩くしかない。

「くそっ、カーディガン取られたままだ」

 鼎は奈々に毒づく。山道を歩く今こそ虫よけに長袖が欲しかった。連絡しても応答が無い。

 かずら橋に近づくと警察官達がざわついていた。ときおりカメラのフラッシュがひらめく。林の奥から、

「凶器発見」

 との声が聞こえた。無線機に話しかけているのだろう。

 遠目だが鼎の目にも黒光りする物体が映る。拳銃だ。

『鸞蔵殺しの凶器か……』

 こちらに凶器があるなら犯人は逃走済みのはずだ、捜査は大変になるが里の中にいるみむろ達は安全だ。鼎は胸をなで下ろす。それならば、みむろと合流して連れて帰れば依頼は終了だ。祖父が殺された一成には悪いが捜査に参加するには出遅れた。

 かずら橋の入口には制服の警察官が立っていた。見張り、強く言えば歩哨だ。警察官の後ろにはKEEPOUTのテープが張られている。

「家族が中にいるのですが入れませんか?」

 鼎はダメ元で警察官に聞く。

「事件がありましてまだ橋の鑑識活動が終わってないんでまだ通せません。事件の詳細はもう少しで報道されるのでそれを待って下さい。まあ私もまだ現場に入っていないので詳しい事は分からないのですが……」

 困った様子で警察官が答える。口調は優しいが駄目そうだ。そういえば……鼎は質問を続ける。

「それとは別にここを一人の女性が通りませんでしたか、タンクトップにワイドパンツの、タンクトップのうえからジャケットを着ているかも……若い女性です」

「いや、私は通してないし、ここの規制は交代しながらやってるけど誰も通すなって指示されてるから他の警察官も通さないはずですよ」

「そうですか、少し待ってからまた来ますね」

 鼎は警察から目を付けられないうちに退散する。しかしおかしい、奈々はどこに行ったのか……。

 他の警察官が橋部の里の関係者ということで通したのかもしれない。

 考えても答えは出ない。鼎は一旦駐車場に戻ることにして歩き出した。歩きながらみむろに連絡を取ることにした。携帯電話を取り出しコールする。

『あ、鼎君』

 すぐにみむろが出た。声が明るい気がするのは鼎の思い上がりか。

「ああ、みむろ。里の前まで来たんだが、警察が鑑識活動をしていて橋が渡れないんだもう少しかかる」

 同盟相手の奈々が急にいなくなったせいか、みむろの声を聞いた鼎の声も弾んでいた。鼎は自分でそれに気が付き自重する。

『こっちは、屋敷で待機してる。他の橋部家の人たちと事情聴取受ける予定。まだ橋部さんに言ってないけど、犯人は里の人……だと思う』

「そうか、俺はそっちの様子が全くわからないからな」

『かずら橋渡って来た時に足跡が無かった。里には何日も隠れられる場所ないから……』

「そうか……。それなら安心だな、こっちで凶器の拳銃が発見されていたぞ。今、里にいない住人が犯人だ」

『そう……橋部さんに聞いてみる』

「そうしてくれ、旅先じゃあバッテリーが貴重だから切るな」

 通話を終え、鼎は再び車で待機する事にした。


 

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