息切れしそうなエンジン音をたてながら、鼎のキューブは山道を駆け上がる。鼎のナビでは橋部の里まで概ね三時間といったところだ。そこまで遠くは無いのだが、高速道路を降りると常に山道のため車が悲鳴をあげていた。気温が下がってきたのか奈々は鼎が車に置いていたカーディガンを羽織る。なんてことの無い薄手のライトブルーのカーディガンだ。安物のアクリル製で皺が寄らないので重宝している。

「自分のジャケットを着ろよ」

「メイクがついちゃったのよ。ちょっと貸しといてよ鼎君。車寒いから」

 結果、鼎はカーディガンを奪い取られた。運転しながら取り返すのは難しい。そもそも冷感素材のカーディガンが防寒になるのかも疑わしいが。

「凄いところだな」

 周囲の広葉樹林を見て言った。背の高い樹木が乱立して鬱蒼うっそうとしていた。 

「鸞蔵さまが、ダムの底に沈んだ初代橋部の里に似た土地を買収して新たに里を興したらしいの。まあ里の外との行き来が二本の橋のほかは道の無い山を超えるしか無いし、……まあ人の住む場所じゃないわね。口の悪い人からは隠れ里とか流刑地とか言われているし」

 奈々がため息混じりに話す。それでも鸞蔵の事は付けだ。里の外でも鸞蔵の威光は健在らしい。

「それに今の橋部の里も、山の木を切っていかだにして川に流して運べば下流の街まで運べるから、元々は水運の要衝だったらしいよ」

「この川をか……」

 眼下の川は幾度となく蛇行を繰り返しており、その急流と相まってとてもではないがいかだで下れる様には見えなかった。

「そういえば一成は話したがらなかったんだが、鸞蔵さんってどんな人なんだ」

「昔は所謂いわゆる、独裁者って感じの人。今は、と言うかカズ君の両親が亡くなられてからは、認知症が進んでしまって、平たく言えばボケたおじいちゃん」

 それは平たく言いすぎだろ、と鼎が思っていると。

「それで……カズ君の叔父さんと叔母さん。啄巳たくみさんと茅夜かやさん。茅夜かやさんは結婚して佐久本茅夜さくもとかやさんなんだけど、二人が会長を施設に入れる手続きをするために里戻って来てたわけ」

 日頃から思うところがあるのだろうか、鸞蔵の話になると饒舌じょうぜつになる奈々。

「それを聞くといい話じゃないか、認知症の老人を一人にしていたら危ない」

 ましてや山間の里では十分な医療、福祉は受けられないだろう。

「まあ屋敷には働いている人は沢山いるから危険はあんまりないんだけど……。どうもその二人がカズ君を後継者から外す様に結託けったくしているみたいなの。鸞蔵さまの症状にかこつけて……。それでカズ君に伝えようと思ったら連絡つかないし……店閉まってるし……で困って、横山さんのところを訪ねたのよ」

 奈々の話が本当なら、鸞蔵は実子二人の意見をはねつけて、一成を後継者にしようとした事になる、配偶者まで用意して……だ。

「そうはいっても、一成には後を継ぐ気は無いし、両親の分の遺産は既に相続しているから、何の問題も無いだろ」

「え?そう……なの。里では鸞蔵様の英才教育を受けて、後継者には一成様しかいない!!ってなってたけど……」

「まあ両親が亡くなってから世話になっていた訳で、あからさまに嫌だとは言えないだろ、そりゃ」

 鼎が知る限り、一成は相続した資産の運用で悠々自適な生活に満足しているように見える。おそらくは橋部グループの株式も相続しておりほっといても役員の座も保証されているはずだ。

「それじゃあ、私、何のために……」

 落ち込んでいる奈々を横目に

『むしろ俺は何のために、こいつを送ってんだよ』

 と、お人好しな自分に疑問を覚えたのだった。

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