Act.15-4

「やめろ。2人とも。ありがとな」


 晴海の声は低く抑えられていたが、その言葉には深い痛みが滲んでいた。彼は、静かに沙也を見つめた。


「ねぇ、大木さん。君、僕のどこが好きなの?」


 静寂が場を包んだ。涙はなくとも、晴海の心は大量の血と涙を流していた。沙也は、戸惑いながらも、勢いをそのままに口を開く。


「背が高くてハンサムで、きゃしゃな姿がモデルみたいでかっこいい。だから人気者だし……、女の子のあこがれの的で……」


 彼女の声は、だんだんとか細く揺れ始めた。


「すっごく素敵なのに、全然ちゃらいところがなくて……、真面目だし、ほんわかしてて……、晴海君がいるだけで、周りの雰囲気が和やかになる。穏やかで、はにかむような笑顔が可愛らしいくてドキドキする。彼氏になってくれたら、きっとみんながうらやましがるくらい、優しく大切にしてくれそう……。まだまだ、好きな理由はたくさんある……」


 言葉を重ねるほど、それはただの羅列のようになっていく。晴海は、ほんのわずか目を細めた。


「へぇ、そんなにたくさんあるんだ」


 彼の声には、淡々とした響きがあった。


「知ってた? 好きな理由がたくさんあるほど、ただ自分の理想を重ねてるだけだって。それに聞いてれば、君が好きな僕って見た目だけみたいじゃん。僕、君のアクセサリーじゃないよ?」


 沙也の表情が強ばった。


「本当に好きな人には、理由なんか要らないんだ。いや、ないんだ」


 晴海は、1歩ゆっくりと後ろへ引いた。


「そんなもので測れないほど、強い絆で結ばれてんだよ」


 静かな強さを持った言葉だった。


「君には、絶対に理解できないと思うけどね」


 沙也は唇を噛んだ。


「それに、蒼子が死ぬ死ぬって連呼してくれたけど……。今日はあいにくの雨だ」


 彼は静かに空を見た。


「視界も悪いし、自動車もスリップしやすいだろうね」


 晴海はそのまま、沙也へと視線を戻した。


「君、もしかした帰り道に、事故に遭って死ぬかもしれないんだよ?」


 沙也は一瞬呼吸を止めた。


「明日の新聞に、君の名前が載らないって、自信持って言える?」


 その瞬間、高揚していた場が、沈黙の中へ落ちていった。晴海の眼差しは冷たく、強く、鋭く、沙也を真正面から捉えていた。彼の視線から目を逸らすことができなかった。


「そ……、それは……」


 沙也の声はか細く、揺れていた。先ほどまで強く晴海にぶつけていた言葉の鋭さが、今は影を潜めていた。晴海は一歩も動かず、ただ冷たく彼女を見つめたまま、静かに口を開いた。


「人間なんか、いつ死ぬかわからないってこと……」


 雨の音が窓の向こうで遠ざかる。


「確かに、蒼子には、もうそんなには時間が残されてない」


 晴海の声は落ち着いていた。しかし、その言葉の奥には、深い痛みが滲んでいる。でも晴海は、それを誰にも気づかせない。蒼子と出会った時から、すべてを受け入れると決心していたからだ。彼女がどんなに辛い状況になっても、別れが来ようとも、絶対に蒼子から目を逸らさないと決めていたからだ。2人は「壮絶な愛」を貫いている。


「それでも蒼子は、まだ生きてる。だから僕は、蒼子とは絶対に離れない」


 沙也は目を瞬いた。


「僕らは約束したんだ。必ずまた明日会うって。『またね』って、約束してるんだ」


 静けさが、クラス中に広がっていく。


「それに、蒼子が言ってた」


 晴海は少し目線を落とした。


「『僕らの魂の片割れと、いつか僕は出会うだろう』って」


 沙也は息を詰めた。


「その言葉の意味が、たった今、理解できた」


 晴海がゆっくりと、沙也を見つめた。その目には、揺るぎない決意があった。


「僕らの魂の片割れは、絶対に大木さんじゃない」


 冷たい静寂が、教室の空気を支配していた。


「これだけは、断言できる!」


 沙也は、何か言おうとして口を開いた。しかし、言葉が続かなかった。雨が窓を濡らす音だけが響いている。晴海は言い捨てるようにそう告げると、鞄を脇に抱えて、その場を立ち去った。沙也はその背中をただ黙って見送ることしかできなかった。そして、ヨシも真奈美は、横を向いて唇を震わせて泣いていた。

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