Act.16-1

 学校で、沙也に刺された心臓の痛みも、蒼子に会えば忘れてしまえた。それは、彼女がそこにいる限り、些細なことだった。晴海は、ほぼ毎日、学校帰りに制服のまま蒼子の自宅を訪れていた。母親の好意で、晴海は私服を置いてもらっていた。天気が良い日はそれに着替え、「そらちゃん号」に蒼子を乗せて、2人で陽が沈むまでずっと芝生広場でS灘を見つめていた。


「今日も1日無事過ごせたわ。沈んでいく夕日がきれい。晴海君と連絡が取れなくなったとき、部屋の窓から沈んでいく夕日を見るのがとっても怖かった。もしかしたら明日はもう、目覚めることがないかもしれないって、夜が凄く怖かったわ」


「うん。僕も夜になると必ず鳴る君からの電話に、出たくて、出たくて……。でも、約束したから、泣きながら音が鳴りやむまで耐えてた。『蒼子は今日も生きてる』。鳴る音に、それだけを感謝してた」


 晴海もぽつりと呟いた。


「でもね。今は怖くないのよ。就寝時間のちょっと前になると、晴海君、必ず電話をくれるじゃない。睡眠薬で私が眠るまで微笑んで『また明日ね』って何度も何度も子守唄のようにささやいていてくれるから、私は安心して眠りにつけるの。晴海君が待っててくれるから、明日も元気に起きようって思いながら眠れるの」


「だって僕らはそう約束した。『またね』って。だから、必ず明日も一緒に過ごすんだ」


 晴海は言いながら、そっと蒼子を抱き上げた。


「明日も晴れるといいな」


 晴海の胸の中で呟くと、蒼子はそのまま眠ってしまった。だんだんと、蒼子が起きていられる時間が短くなってきていることを晴海はわかっていたが、絶対に口にはしなかった。


 そっと車椅子に乗せて自宅まで戻ってくると、蒼子を抱いたまま静かにドアを開けた。その音に気がついた蒼子の母親が、慌てて玄関にやってきた。


「眠っちゃったんです」


 晴海はささやくと、そのまま靴を脱いで部屋まで運んだ。母親が優しく布団をかけると、晴海に微笑んだ。


「今日もありがとうね。晴海君。まだ、時間ある?」


「ええ」


 晴海はリビングへと通された。

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