Act.7-2

 やがて、トレーナーが3人出てきて、イルカも3頭、プールに泳ぎ込んできた。ステージに上がり、首を振ったりしてあいさつしている。


「かわいい!」


 2人の眼はイルカのしぐさや次々繰り出される芸にくぎ付けだ。


 フィナーレになると、イルカたちは目いっぱいプールの円周を使ってジャンプを繰り返す。水しぶきがすぐそこまで迫ってきていた。


「すごいわ! すごいわ!」


 蒼子の眼は、滅多に「喜」の輝きを放つことはない。


 闘病と死。


 彼女の眼は常にそれを見据えているから、静かな冷静さと……、そして諦めの色を常に帯びている。


 その蒼子の眼が、興奮気味にキラキラと輝いていた。心底楽しんでいるのだ。


「さぁ~て、ショーも最後となりました。どなたか、チュチュと握手をしてくれませんか?『上手にできたね』と褒めてあげてください」


 突然トレーナーがマイクを通して言った。蒼子が思わず背筋を伸ばし、両手を顔の前にあげると合掌した。そのしぐさを、トレーナーは見逃さなかった。


「そこのお嬢さん。ぜひあなたが褒めてあげてください」


 名指しされた蒼子は、びっくりしながらも立ち上がろうとした。


 晴海も、蒼子が選ばれたことは、飛び上がるほど嬉しかったが、蒼子が階段を1人で降りて、再びプールに上がることは不可能だった。


 立ち上がろうとした蒼子も、1人ではチュチュのところへ行かれないと瞬時に判断した。悲しみの色が蒼子の目や肩から落ちてくる。


 晴海は思わず立ち上がって叫んだ。


「ありがとうございます! ぜひ、握手させてください。ただ、彼女はちょっと足が悪いので、そこまで僕が連れて行ってもいいですか?」


 晴海の言葉に、トレーナーたちは少し戸惑った表情を浮かべたが、すぐににっこりと微笑んだ。


「もちろんです。ステージ上では、私が介助しますから、ここまで連れてきてあげてください!」


 その声に、晴海はすっと立ち上がると、軽々と蒼子を抱きあげて階段を走り降りた。


 その姿に、会場が温かい笑いに包まれた。


 晴海はそのままプールに駆け上ると、そっと蒼子を降ろした。蒼子が立っていると、トレーナーが声を掛けた。


「滑るから気を付けてくださいね。腕を支えれば歩けますか?」


「はい」


 蒼子の声は上ずっていた。


「さぁ、チュチュが待ってますよ。行きましょう」


 蒼子は支えられて水面間際で待っているチュチュに近づいた。トレーナーの指示で、チュチュは上半身を舞台に乗せ、ひれを蒼子に差し出した。


「さぁ」


 トレーナーに促されて、蒼子はそっとチュチュのひれを握ると、チュチュの方からブンブンとひれを振ってくれた。生きているチュチュに触れた感激で、彼女の眼もまた、生き生きと輝いていた。


 チュチュが頭を振った。それを見たトレーナーが、蒼子に声を掛けた。


「チュチュが、頭も撫でて欲しいそうですよ」


「いいんですか?」


 蒼子は驚いた声を発した。


「ええ。チュチュが、『頑張ってね』って、言ってるんです」


 その言葉に、蒼子は思わず泣きながら、そっと手を差し出し、チュチュの頭を撫でた。


「うん。頑張るね、チュチュ。頑張って生きるから……」


 蒼子が呟くと、チュチュが、キューイ! と一声鳴いた。


 階段のところでは、晴海がずっと待っていた。晴海の目にも涙が浮かんでいた。


「晴海君!」


 蒼子は晴海の首に両腕を回して抱きついた。


 軽々と抱き留めた晴海は、ぎゅっと蒼子を抱きしまたあと、再び抱っこして席へと向かった。


 その姿を、会場にいるすべての人たちが、拍手していた。


「晴海君。生きてるって素敵。今日、生きててよかった。ここに来られて本当によかった。こんなにも生きてることに、感謝したことなかったわ」


 蒼子は晴海の細い腰に両腕を回して、泣きながらも叫んだ。


「チュチュと話ができてよかったね。頑張って生きようね。でも、今日はまだ始まったばかりだよ。まだまだ蒼子が、『生きててよかった』って思えることに出会うかもしれない。最高のスタートだったね」


 ショーが終わると、大勢の客が立ち上がった。その人たちが捌けて、まばらになったところで、2人も立ち上がってゆっくりと会場を後にした。

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