Act.7-1

 水族館は結構混んでいた。


 特にカップルが多いのは、まぁ当然のことだ。


 チケットとパンフレットを渡された2人は、とりあえず順路通りに歩いて行った。杖がない蒼子は、晴海の腕にしがみついていた。その重みが晴海には心地よかった。


 天井ドームを見上げると、ゆっくりと魚や亀たちが泳いでいく。大水槽の中で、飼育員が餌付けをしていて、彼女の周りでキラキラと魚鱗が光っていた。


「素敵……。水の中って、重力がないのかしら?」


「あはは。あるけど、浮力って奴もあるんだ。水より軽いものは浮こうとする。だから、ふわふわと重力に支配されないで漂ってるんだよ」


「重力に支配されない? それって、私たちの魂のことだわ!」


 蒼子は嬉しそうに晴海を見上げた。


「ああ、そうだね。僕らの魂は、この地球の重力を離れて、空に同化するんだもんね」


 晴海も蒼子を見下ろして笑った。ふわっと、晴海からいい匂いが漂って来たので、蒼子がそれを口にした。


「晴海君、コロンつけてる?」


 やっぱり男っくさい体臭はちぃ―――と恥ずかしい。海斗がなぜコロンをつけたか理解した。


「変? 弟が僕に似合うって、ブランド名は忘れたけど、『ライトブルー』って名前のコロンをつけてくれたんだ」


「ライトブルー? 素敵な名前。うん。晴海君らしい名前と匂いよ」


 蒼子は嬉しそうに、また強く晴海にしがみついた。


 ぴたっと寄り添う蒼子の身体の感触は正直言ってガリガリだったが、小さな胸のふくらみに、晴海はドキドキしていた。でも、それを口に出せるはずもない。


(平常心! 平常心!)


 呪文のように心の中で唱える。


「ねぇ、晴海君。もうすぐイルカショーが始まるみたいよ。私、行ってみたい」


 パンフレットを見ていた蒼子が、その部分を指さしていた。


「わかった。今から行けば、結構前の方に座れると思うよ」


 2人は、館内から出て、イルカがいるプールのすり鉢状になっている客席の真ん中あたりから表に出た。


「最前列が空いてる。行こう!」


 晴海の言葉に、蒼子はゆっくりと晴海の腕に摑まり階段を降りていく。1歩1歩と、慎重に降りていく彼女を支えながら、晴海は蒼子の左手を右手で握った。


「左手はここ。両手で僕に摑まって。本当は抱っこして降りたいけど、蒼子、恥ずかしいだろ? 僕は絶対に君を支えてるから、安心して」


 大柄な彼の身体の中に蒼子は入り込んでしまった。きっと、周りの人が見たら、「お熱いことで」と思うだろう。でも、そう勘違いしてくれる方が、2人には好都合だった。


 蒼子の身体が悪いと気がつかないでいてくれる方が、何倍もうれしかった。2人は最前列のど真ん中に座った。

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