第2話 いきなり結婚ですか?!

 私はあれよあれよとイケメンと引き剥がされ、この神殿の応接室に案内されていた。

 イケメンと会話していた時は辺りはしんと静まり返っていたのに、私が「聖女」と判定されるや否や、神殿はいきなり慌ただしくなった。


 私は異世界のど真ん中、クロスティ王国の中央神殿に辿り着いたらしい。

 神官さんにこの世界のことや女神様のことなどを説明されたが、あまりにも突拍子もないことだったので、すべてを理解できたかは自信がない。

 

 そもそも聖女って。人違いでは?

 そう思ったけれど、私には間違いなく聖女であるという標が刻まれていた。

 右手の甲──そこにフリージアの花のような紋様が記されていたのだ。

 いつのまにこんなものが?……分からない。

 もちろん、タトゥーなどを彫った覚えはない。


 神官さんたちが言うには、それはこの世界を守る女神の紋章らしい。

 聖女は女神が遣わした慈愛の代行人であり、その手には女神の標を宿しているのだと。

 だから私は聖女で間違いないのだそうだ。


 色々と説明されてとりあえず分かったことは、この世界が危機に瀕しているということである。

 危機というのは具体的にいうと、世界に瘴気が溢れているということだ。

 そして私がその瘴気を薄めることができる聖女だということである。


「それって、この世界のために私は戦ったりしないといけない……ということですか?」


 剣を握って大冒険?

 いや、聖女という役職からして魔法を使ってなのかもしれないな。

 でもそんなこと、デスクワークと刺繍しかしてこなかった自分にできるわけがない。


 すっかり腰が引けている私を見て、おじいちゃん神殿長は穏やかに微笑んだ。


「ほほ、戦いですとな。そのような危険なことは騎士や剣士たちにお任せくだされ」

「……はぁ」

「聖女様にしていただきたいことは、女神様に祈りを捧げ、その清浄なる魔力をもってこの世界を浄化していただくことですからな」

「……お祈りをするだけでいいんですか?」

「その通りでございます」

「そうですか」


 私は思わず胸を撫で下ろした。

 デスクワークで趣味が刺繍な私は運動神経が死んでいる。

 階段の二段飛ばしすらできないような有様なので、身体を派手に動かしての活躍は出来そうにない。

 しかし集中力は刺繍で培ってきているので、お祈りならばどんと任せてほしい。


 「ただ」と、神殿長はそこで窺うように声を顰めた。


「ただ……その、聖女様には好いたお方などはおられますかな」

「え?好きな人ですか?いませんけど」

「そうでございますか、それは重畳。……結婚については、どう思われますかな」

「……今は相手がいませんけど、そのうちできたらなぁとは思います」

「なるほどなるほど」

「……どうしてですか?」

「いえね、聖女様にはすぐにでもご結婚いただきたく」


 神殿長はにっこりと笑って言った。

 私は話題がいきなり自分の結婚に向いたので訳がわからない。

 何?なんで?そういうの、マリハラって言うんですよ?

 おじいちゃんだから分からないかもしれないけど、今どき嫌われることですよ?


「……あの、今、わたしには相手がいないって言ったじゃないですか」

「相手ならばおりますよ。このクロスティ王国が随一の騎士でございます」

「え?騎士?わたしの知らない人ですよね?なんでです?なんでいきなり結婚?」

「聖女様がこの世界の人間と結婚すること……それは聖女様がこの地に根付くことを意味します。それによって聖女様の力は遍く世界に広がり──」


 なるほど、聖女の役目と結婚はセットである、と。


「分かりました」

「おお、よろしゅうございました。それではさっそく準備を──」

「家に帰りまーす」

「おっ、おまっ、お待ちくだされ」

「好きな人がいないからって、いきなり知らない人と結婚なんてできませんから!」

「いえいえいえ、お帰りにはなれませんぞっ?!果たして聖女様は帰り道をご存知なのですかなっ?!聖女様は自らこの世界にやってこられたわけですがっ」


 帰り道?

 確かに私は寝ながらフラフラ歩いていたらいつの間にかここにいて……。

 いや、目を瞑って歩いていたから帰り道なんて分かるはずがない。

 そもそも女神像が安置されている大礼堂のどこにも、日本に繋がる道はなかったし……私ってば帰れない──?

 

 ふらりとテーブルに手をついたわたしに、おじいちゃん神官は殊更明るく声を上げる。


「そう落ち込むことはございませんぞっ!聖女様が結婚さえしてくださいましたならっ!あとはお好きに過ごしていただいて構いませんからあぁ!」

「え?」

「聖女様には毎日御身を拘束するような任務などございません!結婚の儀式の後は自由でございますぞ!のんびり過ごすもよし、趣味を楽しまれるもよし、友人を作られるもよし!」

「仕事が……ない?」

「はい!……月に一度は聖女のお勤めのために神殿においでいただきますが、それ以外はもうご自由にお過ごしいただけますじゃ」

「仕事しないのに、生活は?」

「まさか、聖女様が生活の心配をされることなどございませんぞ。国と神殿が全面的に保証いたしますじゃ」

「……おお?!」

「3食昼寝付きで衣食住の心配無用、待遇よし、おやつ付き!結婚後の時間はほぼ自由!いかがですかな?!」

「しましょう!結婚!!」

「ありがとうございますぅぅ!!」


 まあよく覚えていないけれど、私はこんな調子で結婚を承諾してしまったのだった。

 

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