第3話 花嫁の役目

そのあとはあまりにも眠かったので、部屋を用意してもらって爆睡した。

 なにせ九十連勤を終えたばかりである。

 私は疲れに任せて泥のように眠り──起きた時には私がこの世界に迷い込んでから丸二日が経過していた。


「聖女様が目を覚まされたぞ!」「良かった、このままでは式に間に合わないところだった」「今のうちに採寸を!」


 神殿はやけに慌ただしかった。

 人がひっきりなしに現れては色々と打ち合わせをしている。

 私も軽食を摂ったらすぐに身体の採寸をされた。


「……皆さん、忙しそうですね?」

「それはそうでございますよ。だって式まではあと8日しかございませんから」

「えっ?!そんなに式を急ぐんですか?!」

「はい。この世界はかつてない危機に瀕しておりますからね。少しでも早く式を取り行わねばならないのです。ちょうど八日後は吉日でございますし」

「ええー……」

「ご安心ください。ドレスは少し調整をするだけで着られるようになっておりますし、当日までに針子を急がせますから」


 うわあ、お針子さんがかわいそう。

 私が二日も寝ていなかったらもう少し余裕があったのかな。

 でもごめんね、どうしても眠たかったの。


 誰も彼もが結婚式のために奔走している。

 私は何もしなくても良いのだろうか。

 結婚式を挙げた友人に聞いたことがある。

 準備がどれだけ大変かということを。

 ドレス選びに参列者への招待状送付、引き出物選びに食事のチェック、などなどなど。

 やることが多くて大変だけれども、それらの行程をこなすたびに「ああ、私って結婚するのね」って実感するとかしないとか。


 じゃあ私は?私の結婚式なのに、私は何もしなくていいの?


「ございますよ!聖女様にしかできない重要な仕事がございます」

 

 おずおずと尋ねた私に、神官さんが喜色満面に頷いた。


「慣れないかと存じますので大変に感じられるかとは思いますが……」

「や、やります!私、一応花嫁なので!」


 意気込んでみたのは良いものの、任されたのは「普通の結婚式準備」とはかけ離れたものだった。

 それは魔力を操るためのトレーニングである。

 聖女である私は特別な聖なる魔力を持っており、なんでもその魔力を結婚式で披露しなければならないらしい。


「……いやぁ、そんな不思議な力、持っているはずなんてないんですけどね?」

「そんなはずはございません。聖女は異界を渡る際、女神から大いなる力を授かると言われておりますので」


 なるほど、私は元の世界では普通の人間だったけど、この世界に来た時点で魔力をゲットしたということだろうか。


「まずは目を瞑って身体の中に流れる力を……」

 私は素直に神官さんの耳に傾け、自分の中の魔力とやらに向かい合う。

 確かに以前には持っていなかった脈動が自らの中に生まれた感覚があった。

 それは手足を動かすのと同じような手軽さで私の意思に呼応した。


「あの、魔力の放出ってこんな感じですか?」

「さすが、さすが聖女様でございます!」

「え、いやあ、えへへ……」

「もう一つ先のステップに進んでみましょう!」

「どんとこいです」


 トレーニングはさして過酷なわけでも困難なわけでもなく、私は特別な苦労もしないまま結婚式当日を迎えたのである。



 美しいベールを被りながら、わたしは「結婚式なんて、やっぱ実感湧かないな」とか思っていた。

 それでも式はどんどん進行するわけで、祭壇を目指して私と花婿は一歩ずつ歩みを進める。

 祭壇には巨大なクリスタルの女神像が祀られている。

 そう、ここは私がはじめに降り立った神殿だった。


 隣を歩く花婿の顔を見ることはできない。

 絹で織られたレースのベールがきらきらと光を放ち、視界を邪魔したからだ。

 だが若く背が高いこと、銀色の髪色をしていることだけは分かった。


 祭壇に辿り着くと、そこにはあのおじいちゃん神殿長が立っていた。

 普段の質素な神官服とは違い、金糸で装飾が施された冠やストラを身につけている。

 神殿長が聖典を読み上げ終わると、花婿が私の左手の中指に指輪をはめる。

 大きな宝石があしらわれた重たいリングだ。


 普段使いには向かないな。

 この世界じゃ薬指には嵌めないんだな。

 そうぼんやり指輪を眺める。


「それでは、聖女よりこの世界に祝福を」


 神殿長の指示を受けて私は前に進み出て、クリスタルの女神像に右手を触れた。

 

 練習通り、練習通りに。


 目をつぶって自分の体内に流れる魔力を感じ取り、それを右掌に集めていく。

 もうこれ以上は集められない、そんな限界を超えるまで。

 私の手の甲の女神の標が鮮烈な光を放った。

 それを合図に私は自分の魔力を女神像に預ける。

 すると私の魔力は女神像の身体の中で乱反射し増幅していった。

 水晶のように透明に輝いていた女神像が、オパールのように柔らかい光を含み七色に輝く。

 やがて魔力の光は女神像を満たした。


「この世界が女神の慈愛で満たされますように」


 打ち合わせ通りの台詞を口にすると、その光は四方八方へと飛んでいった。

 この光はこの世界を覆い、瘴気を薄めるのだそうだ。


 これが聖女としての最大にして唯一の仕事である。

 同じようなことをこれから毎月やることになるらしい。

 とりあえず私は大役を果たし、安堵感に大きなため息をついたのだった。

 

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