第2話 月夜の視線と完璧すぎる偶然


有美さんと出会ってから一週間が経った。

相変わらず動物たちは僕の周りに集まってくるし、夜になると誰かに見つめられているような気がする。でも、害はないし、むしろ動物好きの僕には嬉しい現象だった。

問題は、最近起こる「偶然」があまりにも完璧すぎることだった。

「うわあ、雨だ」

その日の放課後、突然の雨に見舞われた僕は、慌てて校舎の軒下に避難した。

「傘持ってくるの忘れた…」

困っていると、目の前にコンビニの傘が差し出された。

「あ、ありがとう…って、有美さん?」

振り返ると、例の美少女が立っていた。今日は普通の制服を着ているが、やはり美しさは変わらない。

「偶然ですね、拓也様」

「様って言うのやめてよ。それより、有美さんはどこの学校?その制服見たことないけど」

「え、あ…これは…」

有美さんは慌てたように制服を見下ろした。よく見ると、確かに見慣れない制服だった。というか、デザインが古い。

「遠くの学校なんです!とても遠くの!」

「そうなんだ。でも、こんなに雨が降ってるのに、なんで傘持ってたの?」

「天気予報を見ていたので」

「へえ、偉いね。僕は全然チェックしてなかった」

実際、今朝の天気予報では「今日は一日晴れ」だったはずなのだが、有美さんは知らないだろう。

「あの、良かったら一緒に帰りませんか?」

「え?でも、有美さんの家の方向と違うかも」

「大丈夫です!私、拓也様の家の方向、よく知ってますから!」

「え?」

「あ、いえ!この辺りは詳しいんです!」

有美さんは再び顔を赤くした。

傘を共有しながら歩いていると、妙なことに気づいた。

「有美さん、全然濡れてないね」

「え?」

「僕はちょっと濡れてるのに、有美さんは全然…」

確かに、同じ傘に入っているのに、有美さんだけ一滴も濡れていない。まるで雨が避けているかのようだった。

「体質なんです!」

「そういうものなの?」

「はい!とても特殊な体質なんです!」

歩いていると、今度は足元で小さな声がした。

「アルテミス様、バレバレですよ」

「え?」

振り返ると、白いウサギが僕たちの後をついてきている。

「今、そのウサギ何か言った?」

「え?ウサギ?どこに?」

有美さんは明らかに動揺している。

「そこに…」

だが、指差した場所にはもうウサギはいなかった。

「気のせいじゃないですか?」

「そうかな…」

その時、今度は空から声が聞こえた。

「姉上、もう少し自然にやってください」

「え?」

空を見上げると、金髪の美青年が雲の上に立っていた。まるで空中に浮いているかのように。

「有美さん、あれ…」

「何も見えませんけど?」

有美さんは必死に首を振っている。

「いや、でも明らかに人が…」

「拓也様の見間違いです!」

その時、金髪の青年が大きな声で叫んだ。

「アルテミス!いい加減にしないと父上に言いつけますよ!」

「きゃー!」

有美さんが突然奇声を上げて、僕の腕にしがみついた。

「え?どうしたの?」

「雷が…雷が怖いんです!」

確かに、その瞬間雷が鳴った。でも、雨は止んでいる。

「もう雷止んだよ」

「そ、そうですね…」

有美さんは恥ずかしそうに腕を離した。

家に着くと、有美さんは丁寧にお辞儀をした。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、傘貸してくれて。明日学校で返すよ」

「え?」

「え?」

お互いに顔を見合わせた。

「あ、いえ!返さなくて大丈夫です!」

「でも…」

「では、また明日お会いしましょう!」

有美さんは慌てて走り去った。

その夜、僕は窓際で宿題をしていた。

ふと外を見ると、向かいのマンションの屋上に人影があった。

「また有美さん?」

双眼鏡を取り出して見てみると、確かに有美さんだった。白い服を着て、なぜか弓を持っている。

「なんで弓?」

有美さんは月に向かって弓を構えると、光る矢を放った。すると、雲の形が変わって、なぜか僕の名前の形になった。

「拓也」

夜空に浮かぶ雲の文字。

「えええ?」

慌てて再び双眼鏡を覗くと、有美さんがこちらを見て手を振っていた。

「見てたんですか?」

声が直接頭の中に響いた。

「うわあ!」

驚いて双眼鏡を落とすと、窓の外から笑い声が聞こえた。

「ふふ、可愛い反応ですね」

再び窓を見ると、もう誰もいなかった。

「絶対に普通の女の子じゃない…」

でも、なぜか嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、明日有美さんに会えるのが楽しみだった。

翌朝、通学路でいつものように動物たちに出会った。

「おはよう、みんな」

すると、リスが小さな紙切れを持ってきた。

「これ、何?」

開いてみると、美しい文字で「今日も良い一日を」と書かれていた。

「誰からだろう?」

その時、鳥が空から舞い降りてきて、僕の肩に止まった。

「おはよう、拓也様」

「うわあ!鳥がしゃべった!」

「アルテミス様からの伝言です。今日の三時間目の数学のテスト、頑張ってください」

「え?今日数学のテストなんてないよ」

「あります。田中先生が急遽決めました」

「え?」

学校に着くと、本当に数学のテストが発表された。

「昨日の夜に決めたんだ。みんな、準備はいいか?」

田中先生の言葉に、クラス中が大騒ぎになった。

でも、僕だけは朝に教えてもらっていたので、慌てなかった。

「田中、なんで平気なんだ?」

「え?まあ、なんとなく…」

テストが終わると、またあの鳥がやってきた。

「お疲れ様でした。アルテミス様が、今日のお昼はカレーパンがオススメだと言っています」

「カレーパン?」

購買に行くと、確かにカレーパンが美味しそうに並んでいた。

「一個ください」

「はい、今日のカレーパン、特別に美味しく作ったんですよ」

購買のおばさんがにこにこしながら言った。

「そうなんですか?」

「ええ、朝早くから美しい女の子が来て、『田中拓也さんが来たら、一番美味しいカレーパンを渡してください』って」

「え?」

「とても綺麗な子でしたよ。『拓也様のために』って何度も言ってました」

有美さんだ。間違いない。

でも、どうして僕のことをそんなに気にかけてくれるんだろう?

その疑問の答えは、まだ先のことだった。

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