【ナ】 下っ端鬼の苦悩
●【ナ】 下っ端鬼の苦悩
おどろいて
尻もちをついてしまった
下っ端の鬼は
ゆっくり ゆっくり立ち上がって
改めて 確認してみました。
どうか 夢か幻で
ありますように…… と
願いながら
机の上を 覗き込むと
そこには やはり
真っ二つになった 大きな桃と
男の子が いました。
下っ端の鬼は 思わず
「ああ なんてこった……」
と 呟きました。
大きな桃を 一人で
独占しようなどと欲張らずに
みんなで共有していたら
とくに悩む必要は
なかったかもしれません。
その場合
きっと 誰かが
この男の子をどうするか
判断してくれたでしょう。
でも
今 この男の子のことを
知っているのは 自分だけです。
もし この男の子のことを
報告するとなると
まず 大きな桃のことを
話さなくてはならなくなります。
そうなると
必ず こうなるのです。
『ということは
おまえは この大きな桃を
独り占めして 食べようと
していたということか?
下っ端の鬼のくせに
生意気だぞ!』
金棒で 一殴りか
棘の鞭で 十叩きを
されてしまうに
違いありません。
先輩に 怒られたくないし
罰も受けたくない 下っ端の鬼は
誰かに相談することもできず
どうしたらいいのか
まったくわかりませんでした。
いっそ 殺してしまおうか……
そんな 冷たい考えが
頭をよぎりました。
頭を振って
その考えを打ち消そうと
するのですが
しかし どう考えても
それしか答えが浮かびません。
「海に流してしまおう……
波がさらっていって
あとは なんとかしてくれるだろう……」
下っ端の鬼は
覚悟を決めて
男の子に近づきました。
男の子は
まったく泣いていませんでした。
むしろ 下っ端の鬼を見て
ニコニコと笑っています。
その笑顔と
曇りのない瞳に
下っ端の鬼は
胸が ぎゅっと
苦しくなりました。
こんなにも
可愛らしい男の子を
殺めるなんてことは
とても できません。
下っ端の鬼は
この男の子を……
1
育てることに決めました。
…『【ナ・1】 下っ端鬼と男の子』にすすむ
2
人間に 育ててもらうことに
決めました。
…『【ナ・2】 下っ端鬼の里親探し』にすすむ
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・1】 下っ端鬼と男の子
下っ端の鬼は
この男の子を
育てることに決めました。
「遠い親戚の子を
預かることになったって言えば
誰も疑わないはずだ。
角はないけど
そういう病気の
可哀想な子なんだって言おう。
安心しろ
おまえのことは
おれが 守ってやるからな」
それから 下っ端の鬼は
男の子を育てるための準備を
始めました。
鬼ヶ島には
家族で暮らす鬼も棲んでいるので
子どもを育てるための道具類が
たくさんありました。
それらの道具は
『子育て支援所』というところに
まとめられており
必要になった鬼が 必要な分だけ
持って行ってよいことに
なっていました。
鬼ヶ島の福利厚生は
意外と しっかりしていたのです。
下っ端の鬼は
ミルクや 哺乳瓶や 布のオムツや
子どものおもちゃなどを持って
戻りました。
「さて まずは
そろそろ 腹も減っただろうし
ミルクをあげるとしようか。
今 作るから
待っててくれな……」
と 言ったところで
下っ端の鬼は 気づきました。
この男の子に
まだ名前を 付けていないことに。
「名前か そうだな……
よし 決めた!
おまえは
桃から生まれてきたから
桃太郎だ。
桃太郎
これからよろしくな」
桃太郎は 嬉しそうに
ケラケラと笑いました。
――十四年後
桃太郎は
すっかり大きくなりました。
元気で 活発な男の子です。
でも 同い年の鬼と比べたら
かなり小さいです。
周囲の鬼たちは
「あの子は 角も生えない病気なんだ。
だから 体も小さいし 力もない。
本当に 可哀想な子だよ」
と 言っていました。
ある日のこと。
桃太郎は 下っ端の鬼に聞きました。
「ねぇ おじさん」
下っ端の鬼は 桃太郎に
おじさんと呼ばせていました。
最初は お兄さんだったのですが
年のせいで いつしか おじさんに
変わっていたのでした……
「ぼくは 病気なの?」
「病気? どっか痛いのか?」
「違うよ。
ぼくは 角も生えてこないし
体も大きくならないし……
みんなも ぼくのことを
病気の子だって言ってるしさ。
ぼくって なんていう病気なの?」
「あのな 桃太郎。
おまえは
病気なんかじゃないんだ。
実は おまえは……
1
人間なんだと話す。
…『【ナ・3】 桃太郎は人間』にすすむ
2
桃から生まれたんだと話す。
…『【ナ・4】 桃から生まれた子』にすすむ
3
宇宙人なんだと話す。
…『【ナ・5】 銀河からの使者』にすすむ
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・2】 下っ端鬼の里親探し
下っ端の鬼は
この男の子を育ててくれる
人間を探すことにしました。
その夜。
下っ端の鬼は
男の子を 虎柄のパンツで包むと
鬼ヶ島の裏手に 用意しておいた
小舟に乗って
こっそりと出航しました。
しばらくして
海岸に着きました。
すぐ近くには
港町がありました。
しかし ここでは
鬼ヶ島から近すぎます。
鬼たちは 人間を襲っては
食料や 金銀財宝を
奪っていました。
あんまり 鬼ヶ島から近いと
鬼の被害に遭ってしまうかも
しれません。
だから できるだけ
遠い村にしようと 思い
下っ端の鬼は 山の方へと向かいました。
ずんずんと 歩いていくと
山もあって 川もあって
とても暮らしやすそうな村が
ありました。
その村の はずれに
おじいさんと おばあさんが
二人だけで暮らしている家が
ありました。
家の外側を見る限り
きちんと掃除もされていて
とても整えられていました。
きっと この家の二人なら
この子をちゃんと育ててくれるに
違いない。
そう確信した 下っ端の鬼は
玄関の前に 男の子を置きました。
それまで 虎柄のパンツの中で
眠っていた男の子が
パッと 目を開けました。
泣いてしまうか!?
と 思って 身構えましたが
男の子は 下っ端の鬼を見て
ニコニコと笑いました。
途端に
別れるのが つらくなりました。
でも ここで別れなくてはなりません。
「せめて……
せめて これくらいのわがままは
許されるだろうか……」
下っ端の鬼は
虎柄のパンツの端っこに
『名 桃太郎』
と 書きました。
下っ端の鬼は
最後のわがままとして
名前だけ 付けたかったのです。
とはいえ
この家の二人が
その名を使うかどうかは
わかりません。
それでも 下っ端の鬼は
自分が名前を付けた 桃太郎が
この先 ずっと幸せであることを
願わずにはいられませんでした。
下っ端の鬼は
後ろ髪を引かれる思いで
その場から去りました――
…『【ナ・6】 桃太郎の物語』にすすむ
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・3】 桃太郎は人間
「あのな 桃太郎。
実は おまえは 人間なんだ」
「え…… ニンゲン?
ニンゲンって
小さくって 弱っちい あれ?
ぼくって あれなの?」
「ああ そうだ。
十四年前の ある日
おれが 赤子のおまえを みつけてな。
人間だと気づかれたら
鬼たちに なにをされるか
わかったもんじゃないから
おれの親戚の子で
角が生えない病気なんだって
嘘をついて
ここまで育ててきたんだ」
「ぼ ぼくが ニンゲン……
いつか みんなみたいな
かっこいい鬼になれるって
信じていたのに……」
「ごめんよ……
でも おまえを守るためには
こうするしか――」
「うるさい! 黙れ!
嘘つきは キライだ!」
桃太郎は出て行ってしまいました。
下っ端の鬼は
どうしたらいいのかわからず
追いかけることが
できませんでした……
深夜 遅くになって
桃太郎は 帰ってきました。
下っ端の鬼は
起きて 待っていました。
「おかえり。
腹 減ってるだろ?」
下っ端の鬼は
桃太郎の好きな きびだんごを
皿に 山盛りにして 出しました。
あんまりにも 山盛りだったので
桃太郎は 思わず笑ってしまいました。
「こんなに食べたら
好きなものでも
嫌いになっちゃうよ」
「そうか?
なら 試してみたらいい」
「……おじさん。
ぼく どうしたらいい?
ここにいていいの?」
「それは……
おまえが 決めたらいい。
ここに残りたいのなら
おれが いつでも力になる。
でも ここを離れて
人間として暮らしたいのなら
おれが いつでも力になる。
おれは どんなときだって
おまえの いちばんの味方だ。
だから
おまえの どんな決断でも
おれは 受け止めるよ」
下っ端の鬼が そう言うと
桃太郎は きびだんごを
一つ 二つ食べてから
「うん わかった。
ありがとう おじさん」
と 言いました。
翌日からの桃太郎は
以前と なにも変わりませんでした。
鬼ヶ島中を 元気に駆け回って
同い年の鬼とケンカをして
勉強もするし
お手伝いもしました。
でも 下っ端の鬼には
わかっていました。
桃太郎が ゆっくりと
準備をしていることを……
――一ヶ月後
朝 下っ端の鬼が目覚めると
そこに 桃太郎の姿はありませんでした。
机の上に
一通の手紙がありました。
『おじさん
本当は ずっと前から
ぼくは 自分がニンゲンだって
気づいていました。
でも 心のどこかで
嘘であってほしいと
思い続けていたんです。
おじさんが 本当のことを
話してくれたことで
ぼくの決心は固まりました。
ぼくは ニンゲンたちの村へ行きます。
きっと その方が
ぼくにとっても
おじさんにとっても
いいはずです。
おじさん……
ううん
最後に 言わせて。
お父さん
今まで 本当にありがとう』
下っ端の鬼は
手紙を読み終えると
きちんと畳んで
大事なものを入れる引き出しに
しまいました。
そして いつも通り
見張りの仕事に
向かいました。
淡々 淡々と
日々は過ぎていきました。
一週間ほど経ったとき
部屋の掃除をしていると
箪笥の裏から 紙が出てきました。
茶色くなっているので
だいぶ古い紙のようです。
拾ってみると
そこには 絵が描いてありました。
桃太郎が 4歳か 5歳の頃に
描いた絵です。
上手ではありませんが
鬼と 小さな男の子を
描いているのはわかりました。
そして
その絵の下に
小さい文字で
『おとさん』
と 書いてありました。
それを見た途端
下っ端の鬼は
堪え続けてきたものが あふれ出し
声をあげて 泣きました。
下っ端の鬼は
まったく知りませんでした。
桃太郎が
小さかった頃から
自分のことを
お父さんだと思っていたことを。
今さらになって
下っ端の鬼は 気づいたのです。
桃太郎と 自分は
たとえ 種族が違っても
間違いなく
家族だったのです。
下っ端の鬼は
泣いて 泣いて 泣き続けました――
翌日
下っ端の鬼は
鬼ヶ島から 旅立ちました。
何年かかるか わかりませんが
いつか 人間に認めてもらえるような
鬼になって
桃太郎に 会いに行こうと
決めたのです。
どこかへと向かう
下っ端の鬼の表情は
とても晴れ晴れしく
そして 幸せそうでした。
おしまい
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・4】 桃から生まれた子
「あのな 桃太郎。
実は おまえは
桃から生まれてきたんだよ」
「……は?」
「だから 大きな桃が流れてきて
それを割ったら
その中に おまえがいたんだ」
「いやいやいや。
そんなわけないじゃん。
桃から生まれたなんて話
聞いたこともないよ」
「本当なんだよ!
マジでビックリして
尻もちついちゃったんだから!」
「じゃあ ぼくは
桃から生まれた 桃鬼ってこと?」
「う~ん まあ ちょっと違うけど
だいたいは そういう感じだ」
「そんなわけないじゃん!
桃からなんて 生まれるわけないっ!
そんな嘘はやめて
本当のことを話してよ!」
桃太郎の真剣な表情を見て
下っ端の鬼は
真実を 話すことにしました。
…『【ナ・3】 桃太郎は人間』にもどる
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・5】 銀河からの使者
「あのな 桃太郎。
実は おまえは…… 宇宙人なんだ」
「う 宇宙人…… ぼくが?」
「ああ そうだ。
あれは 星が綺麗な夜だった。
ぼんやり 星を眺めていると
流れ星が 流れたんだ。
しかし その流れ星は消えることなく
そのまま ぐんぐんと こちらへ
近づいてきたんだ。
それで おれの前まで やってきたんだが
その流れ星の正体こそ
ユーホーだったんだ!」
「ユ ユーホー!? まじで!」
「ああ マジだ。
で そのユーホーの中から
宇宙人が出てきて
おれに この子を育ててほしいって
言ってきたんだ」
「すげぇ……
宇宙人って
日本語が話せるんだね」
「も もちろんだ。
なんせ 宇宙人だからな」
「ユーホーって
宇宙にまで 行けちゃうわけでしょ。
そんな 高度な技術を持ってるのに
子どもを一人 育てることも
できなかったの?」
「あ~ それは あれだよ。
星間戦争があって
子どもが犠牲になっちゃうかもって
心配になったから
おれに 預けたんだよ」
「星間戦争って
どこの星と どこの星が
戦争してたの?」
「え~っと あ~ それは~」
「はい 言葉に詰まりましたー。
おじさんの 負けでーす。
嘘をつくなら
ちゃんと詳細な設定を
作っておいてくださーい」
「くそう あまかったか……」
「じゃあ おじさんの負けってことで
今度は 本当のことを話してくれる?」
桃太郎の目は
この上もなく真剣でした。
下っ端の鬼は
今まで 黙ってきた真実を
話すことにしました。
…『【ナ・3】 桃太郎は人間』に戻る
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
●【ナ・6】 桃太郎の物語
あれから 十四年の月日が経ちました。
下っ端の鬼は 未だに下っ端で
毎日 毎日 トイレ掃除を
させられていました。
そのときです。
なにやら 表が騒がしくなりました。
最初は またお調子者の鬼が
みんなの前で 踊ったりして
それで騒いでいるのだろうと
思いました。
でも だんだんと
騒がしさの中に
悲鳴や 絶叫が混じり出しました。
トイレから出ると
鬼たちが みな 金棒を持って
表に出ていきます。
顔見知りの鬼が
下っ端の鬼に言いました。
「敵襲だ!
金棒を持って おまえも戦え!」
顔見知りの鬼は
血走った目で
外へ飛び出していきました。
しかし
下っ端仕事しかしていない
下っ端の鬼は
金棒を持っていませんでした。
しかたなく
トイレ掃除用のブラシを持って
外へ向かいました。
ちらっと 外を見ると
戦いがおこなわれている様子が見えました。
襲撃してきた敵は
そんなに 数が多いわけではないようです。
確認すると
犬が一匹と 猿が一匹と 雉が一羽と
あとは 人間の男の子が 一人です。
たった これだけの数でしたが
個々が それぞれ強いことと
連携が しっかり取れているため
鬼たちを 次から次へと倒していきました。
「貴様! なにやっている!
はやく行け!」
下っ端の鬼は
後ろからやってきた軍隊長の鬼に
背中を押されて
外へと飛び出しました。
まさに そのとき
男の子が 一匹の鬼を斬って
こちらに向かってきている
ところでした。
下っ端の鬼は
とっさに トイレ掃除用のブラシで
身構えました。
こちらへと駆けてくる男の子を
正面から見たとき
下っ端の鬼は
すぐに気づきました。
この子は 桃太郎だ。
その目は 赤子のときのままでした。
耳のカタチも 髪の色も
あのときのままです。
下っ端の鬼は
トイレ掃除用のブラシを持ったまま
固まってしまいました。
次の瞬間
下っ端の鬼は
桃太郎に
斬られました。
それは 問答無用の
実に力強い 一太刀でした。
下っ端の鬼は 倒れながら
桃太郎が 立派に育ったことを
とても嬉しく思いました。
そのときです。
「桃太郎さん! こっちです!」
と 犬が言いました。
そうなのです。
桃太郎は 下っ端の鬼が付けた名前を
使ってくれていたのです。
下っ端の鬼は
嬉しくて 嬉しくて
泣きました。
きっと 傍目には
斬られて 痛くて泣いているように
見えたことでしょう。
しかし 本当は
赤ちゃんのとき以来の再会と
立派に育ってくれたことに対する喜びと
自分が付けた名前を 使ってくれている
ことへの嬉しさで
泣いていたのです。
下っ端の鬼は
せめて 桃太郎の勇姿を見ながら
死んでいきたいと思い
痛みを堪えて
体を起こしました。
必死に戦う桃太郎の姿が見えます。
すごく立派で 雄々しくて
なんだか 誇らしい気持ちになりました。
そのとき
軍隊長の鬼が
足音を忍ばせて
桃太郎の背後に
にじり寄ろうとしていました。
桃太郎も 仲間たちも
軍隊長鬼の存在に
気づいていません。
このままでは 桃太郎が危ない……!
下っ端の鬼は
最期の力を振り絞って
トイレ掃除用のブラシを
ぶん投げました。
見事 軍隊長鬼の頭に当たって
軍隊長鬼は「いてぇっ!」と
声をあげました。
桃太郎は 間一髪のところで
軍隊長鬼に気づき
華麗なる剣技で 斬り倒しました。
よかった……!
下っ端の鬼は
微笑みながら倒れ
そして 息絶えました。
その瞬間を
桃太郎は見ていました。
微笑みながら倒れていく鬼に
桃太郎は なぜか 懐かしさの
ようなものを感じた気がしました。
その後 桃太郎は
すべての鬼を成敗して
鬼退治を成し遂げました。
自分が斬った鬼の中に
自分の名付け親がいたことを
桃太郎が知ることは
ありませんでした。
おしまい
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