第54話 もろもろの結末な話
部員全員でわいわいと勝利の余韻に浸っていると、
みんなの背後からある人物が現れた。
我がチームの主将である野方先輩だ。
「水瀬!」
「は、はいっ」
「ほんっっっっっっっとうにありがとう!」
「主将…」
「これで俺はまだ夏を戦うことができる…本当にありがとう…!」
「いや、これは主将も含めたみんなで得た勝利ですから」
「謙遜するな!今日のMVPはだれが何と言おうとお前だ!」
「そうだそうだ!俺たちろくに点も取れなかったしな!」
「間違いない!」
「「がはは!」」
「…まぁ、打線に関してはしっかり甲子園までにテコ入れはするとして」
「「ヒィッ」」
野方主将ににらまれて、うちの二遊間コンビ先輩は一気に顔を青ざめさせる。
「甲子園では、お前ばかりに負担はかけさせない。次は、必ず怪我をしない体を作って、最後まで投げ切って見せる」
「俺も、次も抑えて見せます」
俺たちはお互いに目を見合わせると、しっかりと握手を交わす。
先輩の目は、すでに先を見据えていた。
千客万来、続いて俺のもとにやってきたのは、試合前にひと悶着のあった相手。
大曲高校エースの志岐だ。
「…水瀬 龍」
「志岐…」
俺たちは、言葉を交わすことなくにらみ合う。
少し緊張感が増す瞬間であったが、志岐の次の言葉でその雰囲気は霧散することになる。
「…本当にナイスピッチングだった。完敗だ」
「…志岐も、正直あのホームランがなければ俺が先にやられていたよ」
「だが、結果俺が先に去られたのが今回の敗因だ…だが、本当にナイスゲームだった」
「そうだな。お互い、次もまたいい試合ができるようにしたいな」
「あぁ…それで、足は大丈夫なのか?」
「これか?ちょっとしばらく横になってたせいで、足にうまく力が入らないだけだ。念のためってやつだな」
「ならよかった…その…君の妹君の話だが…」
「そうだな…咲夜」
俺の呼びかけに応じて、後ろに控えていた咲夜が俺の前へと出る。
「い、いいのか?」
「試合を通して、志岐が誠実な男であるということは伝わってきた。お前が咲夜に変なことをしないと、あのピッチングを通して信用できると判断した」
「…すまない。ありがとう」
そういうと、志岐は咲夜の目をまっすぐ見据えて、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「咲夜さん…いえ、水瀬さん。試合前は、本当に失礼なことをした。申し訳ない」
「…いえ、私はもう気にしていませんから」
「それで、あんなことをしたうえで性懲りもなくと思われるかもしれませんが、改めてお伝えさせてほしい」
「…はい」
「僕は君のことが好きだ。一目ぼれだった。これから、きみも、君のお兄さんにも認めてもらえるような男になると誓う。どうかお付き合いしていただけないでしょうか」
志岐は、深々と頭を下げて、咲夜に向けて右手を差し出した。
それに対して咲夜は
「…ごめんなさい。私はもう、心をささげる相手を決めているので」
「…なるほど」
志岐は俺のほうをちらっと見ると、自嘲気味に笑う。
「どうやら僕は、初めから勝ち目はなかったらしい」
「それは…」
「いや、いいんだ。これですっきりしたよ。水瀬 龍…いや、龍」
「…なんだ」
「次は、負けない」
「俺も、負けるつもりはない」
「…ふっ、では、僕はこれで失礼するよ」
颯爽と去っていく彼の後姿は、すでにこれからの未来へと進んでいくような、そんなように錯覚させられた。
たぶん、アイツとはこれからもずっと戦い続けることになりそうだな。楽しみだ。
…振られた。完膚なきまでに。
彼女、水瀬 咲夜さんの目を見たら、彼女が誰のことを想っているかは一目瞭然だった。
僕は、初めから勝ち目のない戦いに挑んでいたらしい。
…俺は、出会っていきなりあの男に二連敗を喫したというわけだ。
…
人生において、こんな感情を抱いたのは初めてだ。
悔しさ、虚しさ、そしてなにより、自分の情けなさに対する恥ずかしさ。
だが、そんなネガティブな感情の中に、確実に存在するのが、
新たなライバルの出現に対する、興奮だ。
今日、僕の野球人生の中で、僕とあそこまで投げあうことができる投手と初めて出会った。
うちの打線を全く寄せ付けないあの堂々としたピッチング。
相手投手ながら、僕は彼の姿に羨望のまなざしを向けてしまった。
もし立場が逆だったとして、僕に同じことができただろうか。
彼も僕も、まだ1年生だ。これから三年間で、いったい何度投げ合うことができるだろうか。
そして、その先だってある。
今日は負けてしまった。当然それは悲しいことだし、先輩たちの夏を終わらせてしまった責任も感じている。
だがそれと同時に、これからの僕の野球人生における、とても大きな出会いを得られた喜びもまた、僕の心の大きな部分を占めているのも、また間違いのない事実であった。
その後、俺は父の乗る車で一足先に自宅へと戻った。
一緒に来たのは咲夜のみ、ほかの三人は、電車でこちらに帰って後から合流するとのことだ。
みんなもあの暑さの中で汗もかいただろうし、まずはすっきりしてから、ということになった。
かくいう俺は、しばらくしていると割としっかりと歩けるようになったから、まずはシャワーを浴びて汗を流す。
父曰く、後回しにすると後々体がしんどくなってきたしまうから、体が問題なく動くうちに身の回りのことを済ませておいたほうがいい、ということらしい。
そんなこんなで、家族のサポートを受けながら、何とか体のケアを済ませたあたりで、由奈たち三人が訪れた。
「龍君!あらためて甲子園出場おめでとう!」
「おめでとう、本当にかっこよかった。今日だけで何回惚れ直したかわからない」
「わ、私もだ!とてもかっこよかったぞ!」
「みんなありがとな」
彼女たちは、それぞれ右手に真琴、左手に由奈、そして膝上に奏といういつものポジションに収まった。
そこに、台所で軽食を作ってくれていた咲夜が合流した。
「ちょっとみんな!私の場所もあけておいてよ?」
「ふふふ、その様子を見ると、やはり?」
「…うん、私も、皆と仲間になれました!」
「わぁ!こっちもおめでとうじゃない!改めてよろしくね!咲夜ちゃん!」
「よろしくお願いします!真琴お姉ちゃん!」
咲夜の言葉に、ブルブルと震える真琴。
「おっおねっ…なんていい響き…!」
「咲夜咲夜、私は?」
「奏お姉ちゃん!」
「おぉ…!これは非常に新鮮な響き…!これは素晴らしい…!」
「まったく…二人とも魂が抜けたような顔をするんじゃない…女子がしていい表情ではないぞ」
どうやら咲夜の姉呼びが、真琴と奏のふたりの琴線に触れたらしい。
普段から姉呼びに慣れている由奈がたしなめているが、俺から見てもずいぶん惚けた顔をしているな。そんな顔をしていてもかわいいんだから、美人って本当に得だなと思う。
「じゃあ、私たちはそろそろ帰るわね」
「咲夜、明日の夕方に迎えに来るから、それまでは龍のこと頼むぞ」
「任せて二人とも!お兄ちゃんのことはばっちり私がサポートするんだから!」
「私たちもいるからね!」
「任せてほしい。龍も大船に乗ったつもりでいてもらって構わない」
「そうだな。こういうときこそスポーツ経験のある私の出番です。ご両親ともお任せください」
「…龍、お前本当に周りに恵まれたな」
「今実感してるよ」
彼女たちには、試合中からずっと、足を向けて寝られないぐらいお世話になっているからな。
両親はそのままホテルへと戻り、部屋には俺と彼女たち4人が残された。
咲夜が作ってくれた簡単なサラダを一緒につまみながら、のんびりとした時間を過ごす。
すると、ふと右隣にいた真琴が俺の手に指を絡ませてくる。
その拍子に真琴のほうをみると、瞬間唇を奪われた。
しっとりとした唇の感覚が、俺の体温を一気に上昇させる。
「えへへ、隙あり、だよ」
「…油断も隙もあったもんじゃないな」
「ん、真琴だけずるい」
そういうと、両ほほをつかまれ俺は無理やり左側を向かされると、そのまま今度は奏とキスをすることに。
唇同士をついばむようなキスをしばらく楽しんだ奏は、俺の顔を開放した。
「次は由奈の番」
「わ、私か!?そうかそうだな!よし!龍行くぞ!覚悟しろ!」
由奈は、慣れないしぐさで俺の両ほほを支えるようにつかむと、勢いに任せて俺の唇にまさしく突進してくる。
「んぐっ…むふふ…」
少しの間俺と唇を合わせるだけのキスをすると、満足したかのようにニヤニヤしながら離れる。
こうなると次は当然、
「お兄ちゃん!」
由奈の横にいた咲夜は、奏が半分あけた膝上に乗ると、ゆっくりと顔を近づけてくる。そして
「んっ…」
新たに4人目の彼女となった義妹の咲夜。
こうして、全員の彼女と平等にキスをする。
キス一つとっても、一人一人に個性があって、みんなが違う魅力をあふれさせてくる。
こんな彼女たちとこういう関係に慣れたのは、ひとえに女神さまが俺の命を救ってくれたからだな。
…そういえば、この世界に戻されるときに得られたほかの特典って、結局何だったのだろうか。
思い至る節はいくつかある。
例えば、刺されたとき傷はもちろん、由奈の一件のときに受けた傷なんか、めちゃくちゃ治りが早かったんだよな。この間の準決勝の疲労が抜けるのも妙に早かったし…
他のもある。
確かに俺はそこそこ野球が得意ではあったが、さすがにあんなにぽんぽん150kmを連発できるほど体は出来上がってなかったはずなんだよな。
だけど、高校上がってからというもの、調整も含めてめちゃくちゃ順調に進んでいた。むしろ順調すぎるぐらいだ。
そのあたりも、もしかしたら女神さまのおかげなのかもしれないな。
本当にしっかり感謝しないと。
なにか、お供え物なんかをしたほうがいいだろうか。
今度なにか考えておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます