彼女たちとのつかの間の日常
第55話 彼女たちに看病してもらう話
案の定、というか。
父が事前に伝えてくれていた通り、俺は翌日に見事に熱を出した。
今朝、頭痛と全身の倦怠感を感じて、目覚ましよりも早く目が覚めてしまった俺は、この事態を予期して枕元に用意しておいた体温計で熱を測ったところ、文字盤には【38.4℃】の表示。
だるい体を起こして、何か飲み物だけでも体に入れようとベッドから出ようとした俺を妨げたのは、強烈な筋肉痛であった。
「おぐっ…」
あまりに強烈な痛みの思わずうめいてしまう。
単純な筋肉痛ももちろんだが、加えて、発熱による関節痛も相まって、めちゃくちゃ体を動かすのが非常におっくうだ。
そんなときに、部屋に飛び込んできたのが、
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
「ごめん咲夜、起こしちゃったか?」
「ううん、私が勝手に早く目が覚めただけ。それより、やっぱり体調悪い?顔赤いよ?」
「あぁ、父さんの言う通りちょっとだけ熱が…」
「ちょっと?」
「…37℃ぐらいかなぁ」
「38℃ちょっとぐらいってことね。オッケー。とりあえず飲み物だけ持ってくるね」
そういうと、咲夜は慌てて俺の部屋を出ていった。
…咲夜に隠し事は不可能だな。
咲夜は、トレイの上にお茶とゼリー、それと解熱剤をのせて、すぐに部屋に戻ってきた。
「これ、昨日のうちに買っておいたの。少しでもお腹に何か入れたほうがいいよね」
「ありがとう咲夜、助かるよ」
「えへへ!今日は一日お兄ちゃんのお世話ができるんだし、役得だよ役得!」
「世の中どこをみても、人の世話をすることを役得と思うやつはいないよ」
「少なくともお兄ちゃんの周りには、私以外に3人はいるよ」
「…それはそう」
まぁ、あの子たちなら喜んでやってくれそうではあるか。
今日も、学校終わってから咲夜と入れ替わりでうちに来てくれるらしい。
本当に頭が上がりません。
ゼリーの柑橘系のさわやかな甘さが目に染みるな…
「今日は学校休むでしょ?連絡は自分でする?」
「あぁ、さすがにそこまで咲夜にやってもらうのはな…」
「さすがにか!じゃあ私は家のことやっておくから、お兄ちゃんはゆっくり休んでて!」
「わかった」
そういうと、スキップをしながら部屋を出ていく咲夜。
普通、あぁいう家事なんかは面倒ごとに含まれると思うんだが、咲夜はあぁいったことも楽しそうにやるんだよな。
あの姿を長らく見てきたからか、俺も家事炊事は特に苦に感じずやれるようになった面もあるし。
水分も補給できて、糖分が体に入ったおかげか、再び睡魔が襲ってきた。
このままではしっかり寝入ってしまう。
わすれずにしっかり薬を飲んでから、寝込んでしまう前にいったん学校へ連絡をする。
念のために、友人である真也にも連絡を入れておく。
すると、すぐに『安静にしろよ!』という言葉が帰ってきた。
その返信に対して安心したのか、俺はあっという間に夢の中へと旅立っていった。
「…ちゃん、お兄ちゃん」
「ん…咲夜…?」
よく聞きなれた、鈴の鳴るようなきれいな声に目が覚める。
目の前には、今にもキスでもせんがごとく近い位置に咲夜の顔が。
「…咲夜さん?何をされているのですか?」
「おっ、お兄ちゃん!?ほんとに起きるのは違くない!?」
「いや、声かけたのはそっち…」
「そこは嘘でも寝たふりしてるのが優しさってもんでしょ!?もー!」
俺が目を開けたのが予想外だったのか、俺が声をかけると慌てて飛びのいた。
なんか理不尽に怒られているような気がするのだが…
「普段ならいいんだけどさ、さすがに体調悪い時にキスは良くないぞ」
「べべべべつに寝込みを襲おうとか思ってたわけじゃないからね!?」
「慌てすぎ…」
少ししておちついたのか、大きく深呼吸をした咲夜。
「体調はどう?お兄ちゃん」
「んー…まだちょっとだるいな」
「いったん熱測って…あ、ちょっと待って」
「ん?」
咲夜は自分の前髪をかきあげると、そのまま俺の額へと当てる。
しばらくしたら満足したのか咲夜は俺と距離を離す。
「えへへ…これ一回やってみたかったんだぁ~」
「…で、熱はありそうですか」
「あっ」
咲夜、どうやら肝心の目的を忘れていたらしい。
俺は枕元にある体温計を手に取り、再び熱を測る。
【37.5℃】
「結構下がったな」
「今は薬が効いてると思うから、引き続き安静にね!」
「オッケー。てか今何時だ?どのくらい寝てた?」
「今11時ぐらいだよ。そんなに寝てないかも?」
「そっか。さすがに全く動かないのはあれだし、ちょっと起きようかな」
「大丈夫?体も痛いんじゃない?」
咲夜の言葉に、俺はベッドの上で体を少し動かしてみるが、多少痛むものの、今朝ほどの痛みは感じない。
…我ながらすごい回復力だな。
とりあえずゆっくり体を起こすと、咲夜が自然と俺の肩を支えてくれる。
咲夜のサポートを受けながらゆっくりとリビングへと向かう。
いてて…。少しマシになったとはいえ、やはり筋肉痛はひどいな。
大丈夫だとわかっているが、さすがにこれだけ体が痛んでいると、本当に復帰できるのか怖くなるな。
一応熱が下がってから病院はいく予定だが…
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ん…?どうした?」
「お兄ちゃん」
咲夜に突然俺の両ほほをつかまれて、無理やり顔を咲夜のほうに向けさせられる。
とてもまじめな顔で、彼女は俺に言葉をかける。
「私に隠し事はなし。なんだっていってほしい」
「咲夜…ごめん、ありがとな」
「で、何を考えてたのかな?」
「や、ちょっと筋肉痛がひどいから、俺の体大丈夫かなって…あ」
俺の一言に対して、咲夜は顔を怒髪天のようにさせて詰め寄ってくる。
「ちょっとお兄ちゃん!そんなひどいならどうして早く言わないの!すぐ病院行くよ!」
しまった、失言だった。
いや、隠していたわけではなくてだな。特にいうタイミングがなかっただけで…いや、俺はだれに言い訳をしているんだ?なんか最近言い訳の人生になっている気がする。
「父さんが明日予約とってくれてるから大丈夫だよ。ごめんな心配かけて」
「本当に?本当に大丈夫?」
「あぁ、言っても今朝よりもだいぶましになっているから、本当に問題ないんだ。ちょっと体調悪くてナイーブになっただけだって」
「そ…?じゃあ、そんなナイーブな気持ち吹き飛ばすぐらい、私が甘やかしてあげる!」
「えぇっと…まぁ、よろしく頼む」
「任せて!」
すると咲夜は、突然俺の頭を抱き締めると、そのまま胸元に押しとどめる。
「さ、咲夜さん?」
「どうかな?真琴お姉ちゃんほどはないかもしれないけど…」
「いやそういうわけではなくて…」
「どう?…気持ちよく…ないかな…?」
「…気持ちいいです」
「よかった!」
こんなかわいい義妹で彼女にそんなことを聞かれて否定できる人間がいるだろうか。いやいない。
「私、今日帰らないといけないし、ちょっとだけわがまま言ってもいい?」
「ん?どうした?」
「その…今日終わったらまたちょっと会えないわけじゃん?」
「…そうだな。次は俺の甲子園か」
「だから…ね。キス、しよ?」
「…だが」
「大丈夫、ちゃんと手洗いうがいするし、体調管理徹底するから。…お願い」
「…ちょっとだけだぞ」
「…ん」
すると、咲夜は目をつぶって唇を差し出す。
どうも咲夜は、自分からキスをするより、俺からしてもらうのが好きらしいな。
俺はゆっくり彼女の唇めがけて、自身の顔を近づけていく。
そっと、唇に触れる。
ここまでは、以前咲夜と気持ちが通じ合った時と同じだ。
咲夜の言う通り、これでまた2週間ほどあえなくなってしまう。
俺が高校に入学してから、割と長い間離れていたはずなのに、わずか2週間ほどまた離れるだけでも苦しいのは、やはり俺が彼女への気持ちを自覚できたからか。
だから、俺もなんだかんだ言いながら自制が難しい。
俺はゆっくりと、自分の舌で彼女の口をノックする。
「んっ…?んん…」
はじめは驚いたように声を上げた咲夜だったが、ゆっくりと口を開いた。
その中に侵入した俺と咲夜の舌が、それぞれ自分とは別の生き物のように絡み合う。
「んんっ!」
咲夜のつややかな声を聴きながら、しばらくの間彼女との深いキスを楽しんだ。
お互い呼吸が苦しくなってきたあたりで、ゆっくりと唇を離す。
「…ごめん。あんなこと言いながら、歯止めがきかなかった」
「うんん、お兄ちゃんの私に対する気持ちが伝わってきて、うれしかったよ」
ほほを赤く染めた咲夜のかわいい表情を眺めながら過ごす昼過ぎの時間は、とても有意義なものとなった。
その後、咲夜と軽めの昼食をとったあとゆったりとした時間を過ごしていると、家の扉の鍵が開く音がした。
「龍君!体調どう?」
「真琴、ほかの二人は?」
「表でふたりのご両親にあったの!なんか荷物あるみたいで手伝うって」
「マジか。俺も…」
「待って待って!全然ふたりだけで間に合うから私だけ先にきたんだから!龍は安静にしてないと!」
「そうか?」
「もう!自分が体調悪い時ぐらい私たちに任せなさい!」
「…ごめん」
「わかればよろしい」
そんな俺たちの会話を眺めている咲夜だが、どこか寂し気な表情を浮かべている。
両親がきたということは、このあと咲夜が地元に帰らなければならないということを意味するからな。
「咲夜、おいで」
「…ん」
俺は優しく咲夜のことを抱き締める。
「またすぐ会えるさ。電話も毎日する」
「…うん」
「それに、咲夜が鳳にこれたら、一緒に住むのもいいかもな」
「…!ほんとに!?」
「あぁ、そりゃ兄妹が一緒に住むのなんて当たり前だろ?」
「…うん、じゃああと一年頑張ればいいんだね」
「お互い、な。頑張って我慢すれば、楽しい高校生活だ」
「…うん!頑張る!」
咲夜の顔に笑顔が戻る。うん、咲夜はいつも笑っていないとな。
しばらくすると、大量のビニール袋を持った俺の両親、それの奏と由奈が部屋へやってきた。
中身は食料品と消耗品の数々だ。
特に食料品は、野菜やお肉などから、保存のきくものまでさまざま入っている。
「ごめん父さんも母さんも。ありがとな」
「いいのよ。大会頑張った龍へのご褒美ね」
「体調はどうだ?」
「まぁまぁかな。まだ熱は下がりきってないけど、だいぶ良くなってきたよ」
「明日は痛くなくてもしっかり病院行けよ。どんな故障につながるかわからんからな」
「うん、しっかり診てもらうよ」
「明日の病院は私が付き添うからな!」
「由奈が?ありがたいけど、学校はいいのか?」
「無論だ。私は我ながら優等生だからな。一日ぐらいずる休みしたって何も言われないさ」
「…ありがとな」
「持つべきは優しい幼馴染といったところだな!」
「ぐぬぬ…じゃんけんで負けなければ私が付き添うはずだったのに…!」
「じゃんけん?」
「わーなんでもないぞ!奏っ!それは言うなとあれほど!」
「むぅ…納得いかない…」
「次の機会は奏に譲るから…!な…!?」
「まぁ…それなら許す」
「…ふぅ。あれ?なんで私が許される立場になっているんだ?」
「奏はもう由奈の扱いをマスターしたみたい」
「由奈お姉ちゃんのああいうところ、新鮮だぁ…」
「これから先たくさん見れると思うよ」
「楽しみ!」
「お兄ちゃん!しっかり安静にしててね!ちゃんと病院行ってね!」
「大丈夫だよ。咲夜も練習しっかりな」
「うん!また2週間後ね!真琴お姉ちゃんも奏お姉ちゃんも由奈お姉ちゃんも、お兄ちゃんのことお願い!」
ついに別れ際、帰りの電車の時間が近くなってきたということで、ついに咲夜が我が家を離れる。
短い間だったが、明るい彼女が部屋からいなくなると思うと、正直かなり寂しい。
「またすぐ会えるからな」
「うん!それまでちゃーんと家のこととかしてるんだよ!お姉ちゃんたちに
任せっきりじゃだめなんだからね!それと、変な女の子にひっかからないように!」
家事に関しては耳が痛い話である。
が、まさかそんなほいほい女の子のことをひっかける男みたいに…
「龍のことは私がしっかり監督するから安心しているといい」
由奈が。
「私も監…お世話するから」
奏が。
「ふふっ…しっかりとね、しっかりと」
真琴が。
それぞれが各々返事をする。
少し背筋が寒いのは気のせいだろうか。
気にしては負けな気がするので、大人しく黙っておこう。
「じゃあそろそろいきましょうか」
「そうだな。咲夜、いこうか」
「…うん、じゃあね!お兄ちゃん!」
「あぁ、またな!」
かくして、俺と咲夜との短い共同生活は、終わりを告げたのであった。
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