夏、遠征、事件
第19話 遠征へ行く話
テストも無事に終わり、今日は試験後初の練習だ。
調整も順調に進んでいるし、このままいけば夏の大会、もしかするとベンチ入りもありかも…と淡い期待を抱かざるを得ない。
「集合!」
「はい!!」
練習時間もあとわずかとなったところで、監督から集合の声がかかった。
うちの監督は、いわゆる職業監督というやつで、教員というわけではない。
現役のころは社会人のチームで活躍したあと、指導者のライセンスを取得してうちの野球部の監督になった、野球一筋の仕事人だ。
「よし、明日から大会前最後の遠征になるわけだが、いまからそのメンバーを発表するぞ」
そう、明日から俺たち野球部は隣県の強豪校3校と合同で練習試合を行う予定なのだ。泊りがけで4試合ほどやる予定なのだが、これが大会前最後のまとまった練習試合の機会になるだろう。この試合の成績で夏大会のメンバーが決まるといっても過言ではない。
つまり、この練習試合のメンバーに選ばれなければ、夏大会のメンバーに呼ばれる可能性は極めて低くなるというわけだな。
「もし選ばれなかったとしても、しっかり切り替えてメンバーのサポートを頼む。じゃあ、発表していくぞ」
…緊張の瞬間だ。
そもそも、一年生でメンバーに選ばれるってこと自体可能性は低いわけだが、出れるなら試合にだってでたい気持ちはある。
中学の頃もそうだったけど、この瞬間は何度経験しても慣れないな。
「野方、キャプテンを頼む」
「はい!」
「真壁、チームを支えてくれ」
「任せてください!」
三年生の先輩方が順当に選ばれていく。
他にも、2年生の投手の先輩も呼ばれる。
うちの弱点の一つに、投手層の薄さがあるのだが、二年生の先輩が呼ばれたってことは、同じピッチャーである俺は呼ばれないかなぁ…
と思っていたら
「最後、水瀬」
「…!は、はい!」
「一年生でいろいろ初めてのことも多いと思うが、頑張れ」
「…ありがとうございます!」
え、選ばれてしまった…!
もちろん、これで夏の大会のメンバーに確定したわけではないが、
それでもその候補に入ってるってことは確かなわけで…
そういえば、以前真壁先輩が言っていたのはこういうことだったのか…
ならもう少しはっきり伝えてくれても良かったんじゃないですか先輩…!
「選ばれたメンバーは、公欠用の書類を後で渡すから俺のところに来てくれ今日中に記入してから俺のところに忘れずに提出してから帰るように」
「わかりました!」
「よし、じゃあ今日はここまで。明日に備えて自主練はほどほどにな。解散」
「ありがとうございました!」
「えっ!遠征メンバー!?すごいじゃん!」
「これって、県大会も出れるってこと?」
「いやまだ確定じゃないよ。この遠征で結果が残せればって感じ」
いろいろ出遅れたせいで、まだ今のチームで実戦には出れてないから、本当にぶっつけ本番って感じだし、むしろここからが本当の勝負になるだろうな。
「それでもすごいよ!うちの野球部って結構強いんだったよね?」
「一年生でレギュラーの候補にあがってるだけで十分」
「ハハ、ありがとう2人とも」
放課後、いつも通り二人と帰宅している道中、
俺は無事に遠征メンバーに選ばれたことを二人に報告していた。
「でも、そうなると明日から3日間会えないのかぁ…」
「新聞部の力でどうにか帯同を…」
「さすがに練習試合じゃあ無理だと思うぞ…」
確かに、遠征メンバーに選ばれたのはうれしいものの、二人と会えなくなるのは少し、いやかなりさみしい。
「…じゃあ、今のうちに龍くん成分を補給しとかないと!」
「ずるい、私もくっつく」
そういうと二人して俺の腕に絡みついてくる。
恥ずかしい気持ちはあるものの、俺自身も彼女たちに会えないさみしさを、今のうちに少しでも紛らわせておきたい気持ちが強い。道すがら俺たちのそばを通り抜ける人たちの視線は気になるものの、それは甘んじて受け入れよう。
しかし、楽しい時間はすぐすぎるもので、気が付けばあっという間に自宅の前に到着してしまった。
「…駅まで送るか」
「ダメだよ。今日は明日に備えてしっかり休まなきゃいけないでしょ!」
「いや、駅まで往復するぐらいなら…」
「気持ちはうれしいけど、それでもし明日龍が活躍で気なかったら、私が後悔する」
そういう二人は、頑固として譲らない姿勢。
こうなると、二人ともてこでも動かないからな…
よし。
「わかった。今日はおとなしくここでお別れすることにしよう」
「それで良いの!じゃあ気を付け…ふぇ?」
「りゅ、龍…?」
伝家の宝刀、二人まとめて胸中に抱き留める。
そのまま顔を近づけて、まずは真琴に口づける。
「ふぁ…んっ…!」
この間よりも、少し長く唇を触れさせる。
真琴は恍惚な表情を浮かべながら、俺の仕草に応じてくれる。
唇を離すと、少し名残惜しそうな顔をするものの、俺がやりたいことを理解してくれたのか、ゆっくり顔を離してくれる。
次は奏だ。
彼女の頬に手を添えて、ゆっくりとその唇に、自分の唇を合わせる。
「…ッ!」
一瞬体を硬直させるも、すぐに力を抜いて俺に体を預けてくれる。
そこに俺に対する信頼を感じて胸が熱くなる。
真琴と同じようにキスをしたあと、ゆっくりと顔を離す。
奏は顔を真っ赤にさせながらうつむく。かわいい。
「会えなくてさみしいのは、二人だけじゃないぞ」
「…すきぃ」
「油断も…隙も無い…」
…これ以上は、俺の理性が爆発しそうなのでやめておく。
顔を真っ赤にした二人は、しばらくして復活すると、
ふらふらとした足取りで駅まで向かっていった。
ときたま何もないところでつまづいて、よろめいている。
…少しやりすぎたらしい。あれ、別の意味でついていかなくて大丈夫だろうか…
ま、二人なら大丈夫か。早いところ荷造りを済ませて休もう。
「よーし、荷物をまとめたらグラウンドでアップ、すぐ試合だからな!」
「「「ウイーッス!」」」
今日からいよいよ高校生活初の対外試合だ。
到着したばかりだが、今日はさっそく2試合が予定されている。
いずれの試合も俺はベンチに入る予定だ。
バットやボール、ドリンクなどの荷物をマネージャーたちが運んでくれているが、20人以上の荷物を5人ほどで運ぶのは大変そうだ。
遠征帯同メンバー唯一の一年生である俺は当然下っ端だし、こういうのは率先して手伝うべきだろう。
「手伝います!」
「あ、水瀬君。いいよ、次の試合ベンチはいるんでしょ?」
「行く先は一緒ですし、良いアップになりますから」
「そう?じゃあお願いしようかしら」
声をかけたのは、3年生のマネージャーである 黒岩 まどか 先輩である。
長い黒髪とメガネ、そして泣き黒子が特徴的な大人な女性である。
ドリンクが大量に入ったバッグを肩にかけてから、試合のあるグラウンドへと向かう。これ、めちゃくちゃ重いじゃん。試合の度にこんなものを抱えて持ち運んでくれているマネージャーのみんなには頭が上がらない。
「おぉ龍。手伝ってくれていたのか」
「主将、お疲れ様です」
「良い後輩を持ったわね、功くん」
「そうだろう?だがまどかには譲らんぞ!」
「さぁ、それは水瀬君次第じゃない?」
そういって黒岩先輩は俺に流し目を送ってくる。
その大人びた容姿にすごく似合う仕草だ。
「水瀬も、何か困ったとこがあったらまどかのことを頼るといい」
みんなもすでに察してくれていると思うが、野方主将と黒岩先輩はお付き合いをしている関係らしい。
聞いた話によると、去年の県大会、ホームランを打ったら付き合ってほしいという主将のお願いに黒岩先輩がうなずいたところ、主将がなんと2本塁打を放ち見事交際がスタートすることになったらしい。漫画か。
「水瀬君、あとは私たちだけで大丈夫だから、試合の準備してきて」
「わかりました。おねがいします」
「こちらこそありがとね」
さて、出場機会があるかどうかはわからないが、いつ出番が来ても良いようにしっかりアップはしておこう。
せっかくメンバーに選んでもらったのに、すぐケガで退場なんて情けないマネはできないからな。
今回の練習試合には、俺たち以外に3校が参加している。どの学校も県大会上位常連校ばかりだから、もし俺たちが甲子園に出場することになれば、また相まみえるかもしれない。そう考えると、対戦にも気合いが入るというもんだ。
一試合目、こちらの先発は野方主将だ。
去年から磨き上げてきたらしい、ウイニングショットのスライダーがキレッキレだった。相手も強豪校にもかかわらず、なんと8回を投げ13奪三振。
打線は真壁先輩の猛打賞を含む先発全員安打の猛攻で8得点。
結果8-0で見事勝利を果たした。
そして二試合目、今回は打って変わって投手戦の様相を呈した。
俺と同じで初めてベンチに入った2年生の先輩が、その変則的な左のサイドスローから繰り出すクロスファイアーを駆使して、相手打線を抑え込む。
一方、相手校の先発も、130キロ中盤のストレートで四隅を突く投球。
こちらはヒットは出るものの、要所を抑えられ終盤まで無得点という展開。
「水瀬!準備しろ!」
「…!はい!」
締まった展開の中、監督からお声がかかった。
…ついに高校初実戦…、みなぎってきたな…!
全国を目指すにあたって、他県の全国クラスのチームと対戦できる機会はもうこれが最後。うちは去年あと一歩のところで全国を逃したから、選手たちの気合がすさまじいものがある。
今対戦している鳳高校は、全国出場経験こそないものの、ここ数年は県大会ベスト4以上の成績を収め続けており、強豪といっても差し支えないだろう。
ひとつ前の試合でも、去年大活躍したエースの野方君が大暴れしていたし、打線に関しても、主砲の真壁君をはじめ粒ぞろいだ。
が、去年のスカウティングと同様、投手力には懸念が残っているようだ。
今投げている二年生投手だが、球自体は良いものがあるが、5回投げてすでに80球をこえており、ベンチでも滝のような汗を流している。
さっき投げた野方君が出てくることはないだろうし、となると二年生の彼がまだ続投するのか…
「監督!相手、ピッチャー交代だそうです!」
む、交代は当然としても、誰が投げるんだ?
野方君がもう一回出るのだろうか。
マウンドのほうに目を向けると、見覚えのない選手が登板していた。一年生か。
ずいぶんとタッパがあるな。投球練習見る限り、球速もそこそこ出てそうだ。
ふむ。有望そうな一年生だが、さすがにうち相手に出すのは、自信を失わせるような結果になりはしないかね?
この回、うちは上位打線だからな。彼には申し訳ないが、ここは景気よく打って調子あげさせてもらおうか!思いっきり振っていけ!
さぁ、ピッチャー振りかぶって、投げ…
ズドン!!
は?
何だ今のボール…?
「な、なんだアイツ…」
「今のボール、みたか?」
「ガンいくつだ!?」
「ひゃ…149kmです!」
俺はかれこれ、十数年監督をやっている。
これだけ長いこと監督をやっていると、たまに、まさしく才能の塊みたいなプレイヤーが花開く瞬間というのを目撃することがある。
そういうプレイヤーは、たったワンプレーで球場の雰囲気を変えてしまうものだ。
彼も、また。
俺は今、とんでもない才能が日の目を見る瞬間を目撃しているのかもしれない。
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