第7話
第四層。
ここから先は、“本当のダンジョン”の入り口だと、センターの職員が言っていた。
初期層とは違い、敵の編成や罠の出現がランダムになり、攻撃性・知性を持つモンスターの種類も増える。
死亡者が初めて報告されたのも、ここ第四層だった。
「慎重に、行こう……」
ダンジョンゲートをくぐった瞬間、重い空気が肌を刺す。空間は以前よりもわずかに開けており、足音が奥まで響くようになっていた。
最初に現れたのは見慣れたゴブリンだった。二体編成で現れたが、以前に比べれば落ち着いて対処できる。警戒感知スキルが事前に気配を教えてくれたおかげで、不意打ちも食らわずに済んだ。
「よし……次だな」
ナイフの刃を拭ってから歩を進める。奥へ進むと、突如として警戒感知が大きく反応を示した。
「来るか――!」
姿を現したのは、灰色の体毛に覆われた獣――ウルフ。しかも、三体編成だ。
ゴブリンとは比べものにならないスピードと連携。唸り声とともに三方から包囲してくる。
(まずい、こいつら……連携して狩る気だ!)
横から飛びかかってきた一体をギリギリで回避し、反撃で左前脚を切り裂く。だが後ろにいた一体の牙が、すぐ背中に迫る。
「っぐ!」
転がるように伏せ、足を滑らせて距離をとる。刃を握る手が震えていた。
ただの狼じゃない、あれは“狩人”だ。冷静にこちらの動きを見て、チャンスを待っている。
「冷静になれ……冷静に、順番に、潰せ!」
一体を引き剥がし、足を狙ってダメージを集中。二体目が突っ込んでくるが、逆にそれを利用して壁に誘導し、反動で隙を作って喉を突く。
最後の一体はすでに警戒感知で動きが読めていた。
ゼェ……ゼェ……
「は、ぁ……っぶね……」
三体倒し切ったときには、全身が汗と血で重くなっていた。喉はカラカラ、腕も痺れてナイフを落としそうになる。
ドロップ品は無属性魔石が2つ。いつもの1,500円のやつだ。
「結局これかよ……」
命懸けの戦闘の報酬が、たった3,000円。ウルフの死体は消え去り、残るのは冷えた石だけ。
これが、現実。
戦えば強くなれる。けれど、それは同時に、死と隣り合わせだ。
数日後、俺は4層のウルフで危険を感じたため探索者支援センターの掲示板で“仲間募集”の貼り紙をいくつか見て回った。SNSや専用アプリも試してみたが――
結論から言えば、成果はゼロだった。
当然だ。俺は実績ゼロ、階級Eの初心者。
ユニークスキル《成長限界突破》は、公表していない。
というか、今のところそれを“武器”として使えるほど、このスキルの真価を理解している人間すらいないだろう。
(素人を仲間にする理由が、どこにもない)
仲間を組むには、まず“信頼”と“証拠”がいる。
戦闘経験、安定した戦果、装備、過去の協力実績。最低でもどれか一つはなければ話にならない。
ましてや、仲間探しに来ている探索者たちの多くは、すでに固定の小規模パーティーを組んでいるか、同じ訓練施設や知人の紹介で繋がっている者ばかりだ。
俺のように、何も持たず、誰にも知られていないやつが割り込める余地なんて――最初からなかった。
「いいさ……最初から、俺は一人でやってきたんだ」
仲間がいないのは今に始まった話じゃない。
派遣仕事でも、現場を転々として、名前も顔も覚えられずに去っていった。飲み会なんて誘われた記憶もない。
そういう人間だった。
でも――
「だったら一人でやってやるさ。実力で、名前を刻んでやる」
明日もソロで潜る。ボロナイフと傷だらけの体で、歯を食いしばりながら。
這い上がる。それだけは、決めてる。
「あの時より、少しは冷静に動けるようになってきたな……」
再び第四層へと足を踏み入れた俺は、前回の反省を踏まえ、より慎重に歩みを進めていた。
視線は常に前方と足元に集中し、耳は警戒感知スキルの反応を逃さぬよう研ぎ澄ませている。
──初めての“罠”が現れるまでは、順調だった。
それは、壁にかかったただの装飾のような小さな穴だった。
警戒感知スキルがかすかに反応を示した次の瞬間、**カシャン!**という金属音とともに、矢が視界を横切る。
「うおっ!? あっぶねぇ……!」
辛うじて身を引いたが、腕の袖が裂けて血がにじむ。
「こんなもんまで出るのかよ……!」
壁に仕込まれたギミック。おそらく、一定のラインを越えた者に反応して発射される仕組みだ。
矢の威力は軽傷レベルだが、顔や首に当たっていたら即死だった。
“魔物よりも厄介”という話は、本当だった。
さらに進むと、足元に微妙な段差があった。
「……あれ、床、浮いてる?」
違和感に気づき、一歩手前で立ち止まった俺は、試しにナイフの柄で床を突いた。
バキッ――という音とともに、床が膝の高さまで崩れ落ちた。
「うっわ……」
下には尖った石や釘のようなものが埋め込まれていた。もし乗っていたら、足の筋を裂いていただろう。下手すればそのまま歩行不能になっていた。
(これ、ソロだと“死”に直結する)
誰かが後ろにいて助けてくれるわけじゃない。自分一人ですべてを察知し、避け、対処しなきゃならない。
その後も何度か、同様の“簡易罠”に出くわした。
壁の模様に隠された石板、プレッシャープレートの踏み位置、微妙に変形した床材――全部、見抜けるわけじゃない。
でも少しずつ、「ダンジョンのルール」が肌でわかってきた。
「これは……やっぱり経験だな。バカみたいに突っ込むだけじゃ、マジで死ぬわ」
今日は敵の姿を見ていない。それでも汗は全身を濡らし、ナイフを持つ手が緊張でこわばるほどだった。
その日の成果は――
・無属性魔石×1(1,500円)
・軽傷(矢によるかすり傷)
・疲労度:中
しょっぱい、と言えばそれまでだ。
けれど。
「生きて帰ってこられた。それだけで、今日は成功だろ」
手に入れたのは金じゃない。“知識”と“経験”だ。
次は、もっと深く潜れる。少しずつ、確実に。
ダンジョン底辺録~社会不適合者がダンジョン攻略するってよ~ 秋雨春月 @skylink06
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