第6話
「ほんとに、これが金になるのか……?」
駅前の再開発ビルの一角に仮設されたプレハブ――そこが“探索者支援センター”だった。探索者資格を持っている人間なら誰でも利用できる公式の窓口。ドロップアイテムの換金やダンジョン情報の共有など、探索者に必要なサービスがひと通り揃っているらしい。
入ってすぐ、警備員が探索者IDの提示を求めてきた。
「はい。佐伯拓さんですね。確認できました。どうぞ、カウンター4番へ」
案内された席に座り、俺はリュックから小さな巾着を取り出した。中には、拾った《無属性魔石(小)》と、刃が欠けた《ゴブリンの短剣(損傷)》。
担当の女性職員は慣れた手つきでアイテムを専用の機械にかざすと、端末の画面に情報が浮かび上がった。
「《無属性魔石(小)》は、こちらで1個あたり1,500円で買取となります。属性が付与されていないため、相場価格ですね」
「ふむ……」
「《ゴブリンの短剣(損傷)》ですが、こちらは戦闘用には使用不可のため、鉄資源としての再利用となります。買取価格は200円です」
「……え、そんだけ?」
「ええ、申し訳ありません。ただ、鑑定を通さず市場に持ち込むと無許可売買になりますので、公式ルートが安全です」
つまり、素材の価値しかないということらしい。だが初めての成果としては、充分だ。
「……お願いします、売却で」
「かしこまりました。合計1,700円、こちら口座に送金いたします」
数秒後、スマホに着金の通知が届く。本当に、ダンジョンで手に入れた“モノ”が金に換わった。ごく少額でも、確かに今までとは違う現実だった。
「……たった1,700円」
帰宅後、レシート代わりの電子通知を見ながら俺は缶ビールのプルトップを開けた。喉に流し込む炭酸の刺激が妙にしょっぱく感じる。
「チートでドカ稼ぎ、なんてよ……ほんと、漫画の中の話だな」
テレビでは、相変わらず世界中のダンジョン騒動が報道されていた。SNSでも「Aランク探索者、今週の報酬500万円突破」などという見出しがバズっているが、当然そんなのはほんの一握りだ。
《初心者のナイフ》で《ゴブリン》を2体倒して、体中が痛くて、泥だらけになって、やっとのことで持ち帰ったのが「魔石1個」と「折れた短剣1本」。
「努力すれば必ず報われる、ってのも嘘じゃねぇけどさ……努力した分しか返ってこないのが現実ってやつだな」
レベルは1つ上がった。スキルも1つ手に入れた。でも、それで俺の生活が一変するようなことはない。明日も、体を鍛えて、ナイフを振って、ちまちまとゴブリンを狩るだけだ。
後日、探索者支援センターで顔を合わせた若い男――同じくEランクの探索者だという彼は、呆れたように言っていた。
「お前、まだ初心者ナイフで潜ってんの? それもう“自殺志願者”だぞ」
聞けば、装備のいい探索者はスタートから仲間や金銭支援を受けているらしい。ダンジョン産の装備も、素材を換金して強化依頼を出す者が多い。
「装備品、スキル、PT組める人脈――全部揃ったやつだけが“勝ち組”になる。それが今の探索者の現実だよ」
「……だとしても、俺は俺のやり方でやるしかない」
誰にも期待されず、何も持たず、後ろ盾もない。でも、それでも俺には“成長限界突破”ってスキルがある。どれだけ時間がかかっても、いつか必ず上に行ける。
その日から、俺は生活を変えた。
朝6時に起きてジョギング。帰宅後に筋トレ。食事はプロテインと自炊。午後はダンジョンの初期層に潜り、2〜3体倒してから撤退。
帰宅してからは、ドロップした素材の鑑定と記録、トレーニングメモの更新、そしてナイフの研磨とメンテナンス。
金はほとんど貯まらない。装備も一向に増えない。魔石は1個1,500円のまま。
でも、それでも――
「昨日より、手応えが良くなってきた」
ナイフの握り方が安定してきた。敵の間合いも少しずつ見えるようになってきた。警戒スキルの発動タイミングにも慣れてきた。
“チート”なんて夢のまた夢。だが、これは間違いなく“俺の努力で手に入れた実力”だ。
探索者の階級はFから始まり、E、D、C、B、A、Sと続いていく。
昇格条件は「指定層の突破」と「継続的な実績」だと、支援センターで説明を受けた。
「次は……第四層。そこを越えれば、少しは評価も変わってくるかもしれない」
だが、それはあくまで“最低限”を超えた者だけが、ようやくスタートラインに立てるという話だ。
俺は今まで、倉庫作業やイベント設営、深夜の荷下ろしといった派遣仕事で、日銭を稼ぐだけの生活を送っていた。
1日働いて7,500円。交通費が出るかどうかでその日の晩飯が変わる。
同僚は皆、今日の疲労と明日の天気しか話さない。未来の話なんて、誰も口にしなかった。俺も、その一人だった。
でも、今は違う。
ナイフ一本。手に入れたのは小さな魔石と、壊れた短剣だけ。
金にならない。名も上がらない。現実は地味で、汗臭くて、ひたすら報われない。
それでも――
「這い上がってやる。もう、何の面白みもないあの日々には戻らねえ」
自分の足で稼いだ一歩の重みは、派遣の給料日よりも、ずっと“生きている”と感じさせてくれた。
俺には、何もなかった。
だが今は、“自分の成長”という、たった一つの希望がある。
だから進む。
第四層へ、もっと深く、もっと遠くへ。
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