宿屋の日々と冒険の始まり
「よし、今日も頼むよカイル!」
「うん!」
リアの宿屋『銀狼亭』では、早朝から仕込みや掃除で大忙しだ。
だが、この生活は孤児院の時とは全く違っていた。
ちゃんと寝床があって、三度の食事があって、働けば褒められる。
それだけで、涙が出るほど嬉しかった。
「それにしても、カイルってほんと仕事覚えるの早いね。頭の回転もいいし」
「……ありがとう」
リアは元Aランクの冒険者だったという噂もあるが、本人は過去を多く語らない。
ただ、面倒見が良く、気が強いが根は優しい。
(……こんな人が、母親だったら、って思っちゃうな)
そんなことを考えながら、俺は日々を過ごしていた。
だが、それと同時に、俺の胸の奥にはずっと引っかかっていたものがある。
──あのスキル、《封印(S)》。
神官たちは「忌まわしき力」と口を揃えたが、それが何なのか、具体的には教えてくれなかった。
(Sランクスキルってだけで、チートのはずだろ? 何かある。何か……)
⸻
「カイル、そろそろギルドに登録してみたら?」
ある日、リアが唐突にそう言った。
「え……でも、まだ俺、戦ったことないし」
「それでも最低ランクのFからなら登録できるし、最近は初心者向けの依頼も多いのよ。町の周りの雑魚モンスター退治とか、薬草集めとか」
悩んだ末、俺は決めた。
(俺だって、この世界で生きるなら、やっぱり強くならなきゃ意味がない)
そして数日後──俺はギルドで登録を済ませ、「Fランク冒険者・カイル」としての一歩を踏み出した。
⸻
「ゴブリン一体だけの討伐依頼か……いける!」
初めての依頼。依頼主は近郊の農家で、畑を荒らすゴブリンを倒してほしいという内容だった。
武器はギルドで支給された古びた短剣。
緊張しながらも、森の中でついに対面する。
──バサッ!
茂みの向こうから、汚れた緑色の体が飛び出してきた。
鋭い牙。粗末な棍棒。唸るような咆哮。
(怖い……でも、やるしかない!)
短剣を構えて飛び込む。だが、力も体重も足りず、簡単に弾き飛ばされた。
(クソッ……やっぱり無理だったのか──)
その瞬間だった。
──《スキル発動:封印(S)》
俺の目の前で、ゴブリンの動きが止まった。
いや、違う。動きそのものが“固まった”ような感じだった。まるで、生きたまま“時”を封じられたように。
「な、何だこれ……!? まさか……スキルが……発動した!?」
恐る恐る近づいて見ると、ゴブリンは微かに呼吸しているが、まったく動けない。
まるで、空間そのものが“縛られて”いるかのようだった。
そして、俺はその状態のまま、短剣を突き立てる──。
ゴブリンは、断末魔も上げずに崩れ落ちた。
(これが……“封印”の力……!?)
スキル説明にはなかった力──一瞬、敵の動きを封じる。まるで時を止めたかのような効果。
その圧倒的な力に、思わず手が震えた。
(こんなスキルが、“忌まわしい”なんて……とんでもない……これは……最強だ)
⸻
「ゴブリンを、単独で?」
「しかも一撃で?」
討伐報告をした時、ギルドの受付嬢エミリアは目を見開いた。
「……まさか、スキルが関係してる?」
俺は少しだけ迷ったが、包み隠さず話すことにした。
どうせ、すぐに噂になる。
「俺のスキルは、《封印(S)》っていう名前らしい」
エミリアの表情が、ほんの一瞬だけ凍りついた。
「……それ、本当?」
「うん。でも、俺には危険な力なんてつもりはない。ただ、戦ってみたら、ゴブリンの動きが止まって……」
「……ごめん。これは報告しなきゃならない案件になるかも。下手したら……上の人間が動くわ」
「……!」
一度は捨てられたスキルだったが、力を示した以上──今度は利用される可能性が出てくる。
(でも……それでいい。利用されても、必要とされるなら)
俺は誓った。
このスキルを恐れられるのではなく、必要とされる存在になる。
そのために──俺は、もっと強くなる。
⸻
数日後、エミリアから紹介されたのは、他のF~Eランクの若手冒険者たちだった。
「君みたいに力のある新人なら、パーティを組むのが一番の近道よ」
その中で、ひとりの少女が目に留まった。
栗色の髪に、やや鋭い眼差し。杖を背負った新米魔術師。
「私はルナ。前のパーティがダンジョンでやられて、今は一人。あんたと組むの、悪くないと思った」
彼女もまた、訳ありだった。
「俺はカイル。……よろしく、ルナ」
二人の新たな旅が、ここから始まる。
そしてカイルのスキル「封印(S)」は、彼と仲間を救い、世界を揺るがす力として開花していく──。
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