死者の迷宮

「君たち、死者の迷宮に挑んでみないか?」


 ギルドで報酬を受け取った直後、声をかけてきたのは中堅冒険者パーティ《黒鉄の牙》のリーダー、ガレムだった。


「死者の迷宮……って、あの初心者殺しの?」


 ルナが眉をひそめる。


 ギルド周辺で噂になっていた。町の北に突如現れた小型ダンジョン──通称死者の迷宮。構造は浅いが、内部の魔物が不気味に強く、数人の新人冒険者が帰らぬ人となっていた。


「怖気づくなよ、ちゃんと後衛から指導してやる。うちのパーティも一緒だし、安全に経験積ませてやるよ」


 ガレムの申し出は、半分は親切で、半分は“物見遊山の新人を連れて試す”ようなものだった。


 ルナは乗り気ではなさそうだったが、俺は──


「行くよ」


 即答した。


(このスキルの真価を、確かめるチャンスだ)


 そう感じた。


「……あんたって、本当に怖いもの知らずね」


 そう言いながらも、ルナは俺の隣に立っていた。


 ⸻


 迷宮の入り口は、地面に口を開けたような小さな洞穴だった。内部は冷たい空気が淀み、灯りがなければ目すら開けられないほどの闇。


「ルナ、灯りを頼む」


「《ライト》!」


 ルナの魔術が淡い光を灯し、通路を照らす。


 ダンジョンの中は骨のような装飾が散らばり、まるで死者の棲み処そのものだった。


 そして、奥から……足音。


 ──カツ、カツ……


 現れたのは、人の形をした亡者。骸骨のような腕、空洞の目。

 死霊系モンスター《スケルトン》だ。


「来るわよ!」


 ガレムたちが前に出るよりも早く、俺は前へ飛び出した。


(……来い、封印!)


「《封印(S)》──!」


 視界が一瞬だけ黒く染まり、次の瞬間、スケルトンの動きがピタリと止まった。


 ルナがその隙を見逃さず、火球を放つ。


「《ファイアショット》!」


 骨が砕け、亡者は消し飛んだ。


「……また動き止めたな。何なんだ、そのスキル……」


 ガレムがつぶやいたが、俺にもまだ分からない。


 ただ、発動した感覚ははっきりしていた。


(スキルの発動条件……“視線”か? それとも“意思”?)


 考えるより早く体が動き、次の敵に目を向けた時、再び《封印》が発動した。


 確信に変わる。


(このスキル──“狙った敵の行動を一定時間封じる”。しかも、意思を込めれば、複数同時にも……!)


 最強にして最恐のスキルの力が、少しずつ明らかになっていく。


 ⸻


 ダンジョン第二層に入ってから、それは起きた。


「……あれ、誰か倒れてる!?」


 ルナの叫びに振り向くと、瓦礫の隙間に小さな体が横たわっていた。


 髪は白く、顔は泥と血で汚れているが、年の頃は十代前半。細身で、異様に整った顔立ち。


 何より──その目が、開いた。


「……っ、に、逃げて……来る……“アレ”が来る……!」


「アレ?」


 彼女の言葉が終わるよりも先に、地響きがした。


 奥の通路から、異様に大きな《アンデッド・ナイト》が現れた。


「何だ、あれは……!? Bランク級の魔物だぞ!」


「なぜこんな浅い層に……!?」


 ガレムたちの顔から血の気が引く。


 だが、俺は踏み出した。


(やるしかない……このスキルで、超えられる!)


「ルナ、火力を集中させて! 止めるのは俺だ!」


「了解!」


 俺は正面から、アンデッド・ナイトと視線を交わす。


「──《封印(S)》!!」


 暗黒の波動が炸裂し、ナイトの巨体がその場で停止する。


「今だ、ルナ!」


「《フレアバースト》ッ!!」


 火球が連続で命中し、ナイトの装甲がひび割れる。


 ガレムたちも我を取り戻し、斬撃を浴びせかけ──ついに、それは崩れ落ちた。


 静寂が戻ったダンジョンで、白髪の少女がこちらを見ていた。


「……あなたの力、もしかして“封印”?」


「えっ……?」


「……私の記憶にある。昔、“封印”の力を持つ者がいた。まさか、また現れたなんて」


「君は、誰なんだ?」


 少女は一瞬だけためらったが、そっと名を告げた。


「……ユリス。あなたに、伝えたいことがある。けれど今は……もう少し時間が必要」


 そう言って、彼女は気を失った。


 ⸻


 ダンジョンから帰還し、ユリスはギルドの医務室に預けられた。


 記憶は混濁しているらしく、詳しい話は聞けなかったが、彼女の口から出た「封印」の一言がずっと胸に残っている。


 ──もしかして、俺と同じスキルを知る者が、他にもいるのか?


 そしてもう一つ。


 ガレムが別れ際に告げた言葉が、心に残っていた。


「お前のスキル、確かに“最強”かもしれん。だがな……最強は、最も恐れられるものでもある。気をつけろよ、カイル」


 力は、恐怖を呼ぶ。


 それでも、俺はこの力で──過去も、世界も、未来さえも封じてみせる。

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