第14話「BGMと沈黙」
七月一日、放課後。
旧校舎の音楽室に、パソコンとヘッドホン、そして焦りの気配が並んでいた。
「これ、使えないって……どういう意味?」
和真の問いに、晶子が印刷された紙をテーブルに広げた。
「BGMに使ってたこのフリー音源、“非営利限定”だった。クレジット付きならOKって書いてあったけど、確認したら“学外公開イベント”は営利扱いになる可能性がある」
「まさか……」
「そう。“校内試写だけ”なら問題なかった。でも、全国コンテストに出すならNG。正式な使用許諾がない限り、アウト」
智也が小さく息を吐く。
「差し替える。まだ間に合う」
「でも、“差し替える”って言っても、他の音源も権利関係は確認必須。時間がかかる。だから、選択肢は三つ」
晶子が指を三本立てる。
「①著作権クリアな有料音源を買う、②全BGMを削除して無音で通す、③自作で効果音をつけて“映像と一体化した音”にする」
「①は予算がない、②はリスクが高すぎる、となると……」
佑香がすっとノートPCを開く。
「③しかない。私、リズムパターンとシーンごとのテンポ測ってある。自作でリズム音つけるなら、演出と違和感なくはめられる」
「でも、どうやって“作る”の? そんな時間――」
「ある」
佑香がヘッドホンをつけた。
「私、音階よりもテンポ重視だから。手拍子、机の打音、布の擦れる音、カーテンの揺れる音。リズムは身近にある」
そのまま彼女は、音楽室のマイクを使い、手のひらで木製机を軽く叩き始めた。
コン、……コン……コン、コン。
そこに、紙をめくる音、足音、引き戸のレール音が重なっていく。
まるでパーカッション。無機質な音が、少しずつ物語を形づくっていく。
「……なんか、音だけでシーンが浮かぶ」
一華がつぶやいた。
「そう。音楽がなくても、“空気”は鳴る。あとは、そこに“沈黙”をどう重ねるか」
晶子が補足する。
「音のない瞬間が、“感情の余白”になる。特にクライマックスは、沈黙が語る。あえて無音にすれば、観客の鼓動が音になる」
七月二日、夜。
“仮音源差し替え版”の試写が始まった。
導入のリズムは、ページをめくる音。
中盤の会話は、カーテンの擦れる音が背景に流れる。
クライマックスの“夕景”では、あえて沈黙が流れる。
――その“無音”が、画面の中の呼吸を浮かび上がらせていた。
「……音がない方が、心がざわつくって、あるんだね」
遥がぽつりとつぶやいた。
試写が終わったあと。
智也が立ち上がり、晶子と佑香に深く頭を下げた。
「ありがとう。“沈黙”に意味を持たせたのは、あんたたちだ」
「いえ、私は“削った”だけ。意味を持たせたのは、観客」
「私は、正確な“間”を整えただけ。感情を乗せたのは、演者」
ふたりの声は、まるで“作品”そのものだった。
音が消えても、物語は鳴っていた。
それは、映像が語る最後の“調律”だった。
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