第13話「深夜のリテイク」

 六月二十二日、深夜十一時。

 校舎裏手の旧校舎に、足音と小さな息遣いだけが響いていた。

 それぞれが、制服の上にパーカーやジャージを羽織り、最低限の機材だけを持って静かに集合していた。

「本当に来たな、全員」

 智也が懐中電灯でメンバーの顔を順に照らす。

「当たり前でしょ。ラスト1秒って、最初から全部積み上げた結果の“最後のピース”なんだから」

 紗也香が眠気を押し込めながら笑った。

 和真がすでに三脚とカメラを設置している。補助照明はなし。自然光もなし。

 すべては、音と影だけで構成される、静かな追加カットだ。

 演者の夏目遥も、少し眠たげな顔で立っているが、目は真っ直ぐに前を見ていた。

「この1秒、何すればいいんだっけ?」

「“何もしない”。ただ、空気の中に立って、ふと前を見る。それだけ」

 智也が言うと、遥は小さくうなずいた。

 

 そのとき、差し入れの袋を持って現れたのは、紗也香だった。

「はい、眠気対策のカフェインゼリーと、あとラムネ。糖分大事」

「さすが」と佑香が静かに言う。

「前線に立つのは演者だけど、兵站が崩れたら作品は死ぬ。今日の差し入れは、まさに士気の燃料」

「……なんか急に軍事用語っぽいんだけど」

 大輔が笑うと、チーム全体に自然な空気が流れた。

 

 撮影開始は、午前0時10分。

「位置、OK」「録音、回し始めました」「カメラ回ってます」「3、2、1……アクション」

 カメラの前に立つ遥は、ただ風を感じながら、視線を少しだけ動かす。

 そこには、演技の「作為」も「説明」もなかった。ただ、“夜の匂いを吸い込んで立つ女子高生”がいた。

 1秒。

 それだけのカット。

「――カット。OK、いただきました」

 和真の声が響く。

 誰も拍手はしなかった。

 でも、全員の顔に浮かんだ安堵と達成感は、間違いなく“完成”という名の光だった。

 

 そのあと、校舎の非常階段に並んで腰掛けながら、缶コーヒーを回し飲みする八人。

「……終わったな」

 智也がつぶやく。

「違う、“始まった”だよ」

 真生が返す。

「この“1秒”で、ようやく作品が完成する。つまり、やっと“勝負”が始まる」

 

 月明かりの下で、パソコンのディスプレイに“Final Cut Export – Completed”の文字が浮かぶ。

「フィルムが完成しました」

 佑香の静かな報告に、皆が小さく頷いた。

 

 それは、青春の“深夜”に灯った、小さな光だった。

 ――でもその光は、間違いなく、どんな舞台にも届く“完成の証明”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る