【第十五話】外套の悪魔

 無力化した人騎じんきの騎手を捕縛する為に、クエスはハッチに手をかけた。

直後、ロゼに後ろから引っ張られる。

バランスを崩したクエスは、地面に倒れ込んだ。

その瞬間に、ハッチごとゴッソリとクエスの立っていた辺りが何かに抉り取られた。


「な!?」


 クエスは受け身を取りながら盾を構えると、凄まじい衝撃が襲ってきた。

追撃を凌いだクエスをカバーする様に、ロゼが刺突剣レイピアで攻撃を仕掛けるが、全く手応えがない。


「ルクスッ!!」


「あいよ!!」


 後方で待機していたルクスが連弩による斉射で、二人が引く時間を稼ぐ。

しかし、全ての矢弾が弾かれ地面に落ちるのが見えた。

 その直後、人騎じんきの上で、外套が闇夜にはためいた。

外套の影になった顔の奥に緑色の瞳が一つだけ無機質に光り、ギョロリとクエス達を睥睨へいげいする。

それと入れ替わりで、ハッチから這い出した騎手が慣れた動きで脱出していった。


「なるほどね。コイツが粘らないといけないって訳だ」


 ルクスが軽口を叩いたと同時に、凄まじい踏み込みで外套のソレはルクスに襲いかかった。

姿勢が万全のクエスが盾で傾斜を作りながら割り込む。

衝撃と共に盾を跳ね上げる事で、襲撃者を打ち上げる。

そして、空中で身動きの取れないであろう襲撃者にロゼが刺突剣レイピアで斬りかかった。

 しかし、空中を蹴る様にして、マントの襲撃者はロゼの斬撃をかわす。

逆に無防備になったロゼが襲撃者の腕から放たれた火炎を受けてしまう。


「ロゼ!?」


 クエスは声を上げつつも、追撃を警戒して盾を構える。

爆風の中からロゼが吹っ飛んだが、咄嗟に受け身の姿勢を取った事でダメージを軽減したのだった。

 マントの襲撃者は、装甲が薄く接近戦を得意とするロゼよりも、後方の射撃を嫌ってか、執拗にルクスを狙い火炎の弾を発射する。

その事を予期していたクエスが割り込み、火炎弾を盾で叩き落とす。

 襲撃者がそのタイミングで着地したのを確認したクエスが素早く身を翻すと、ルクスの連弩れんどがら矢弾が掃射された。

魔法によって強化された矢弾が襲撃者に殺到しマントを引き裂くが、内側で全て弾かれる。

矢弾を弾いたのは前腕を守る小さな盾であった。


「盾!? 魔法金属か!?」


 魔法によって強化された矢弾を防御できるのは、単純により頑丈な金属か、魔法によって強化された金属しかない。

 襲撃者は、盾の先端に三つの開口部を無造作にクエスに向けた。

その開口部から凄まじい勢いの火炎がほとばしる。

クエスはその火炎を盾でそのまま受けるのは危険だと直感し、直ぐ様魔法を唱えた。


「水の精霊よ、我が声に応えよ! 古の契約に基づき、我が前に、その大いなる力で守りを与え給え! 水盾ウォーターシールド!」


 水の魔法が盾を覆い、放たれた火炎と相殺して水蒸気が発生する。

だが、水の勢いよりも炎の方が強く、次第に押されてゆく。

更に、盾が赤熱し、徐々に歪み始めた。


「!? 駄目だ……保たないッ……!」


 ロゼはダメージを受け、クエスから遠い場所にいた。

俊足を誇るロゼだが、クエスに加勢するにも、襲撃者に攻撃して中断させるにも手が届かない距離にいる。

ルクスは丁度矢弾が尽き、再装填中だった。

装填を中断して適切なスクロールを使用するにも、装填を強行して射撃するにしても、フォローするには一手足りない。

手詰まりだった。

 そして起こる大爆発。

盾の破片が飛び散る。


「「クエス!!」」


 目を見開くロゼとルクス。

その視線の先には、粉々になった盾の残骸があった。

 ロゼは激昂げっこうし、襲撃者の元へ駆け出す。

ルクスは冷静に再装填を続けようとして、怒りと恐れから手が震えていた。

勝利を確信した襲撃者は、ルクスに照準を合わせる。

 直後、襲撃者は凄まじい速度の何かに衝突し、吹き飛んだ。

二人の視線は襲撃者の吹き飛んだ先に吸い込まれる。

何があったと、襲撃者の立っていた場所に視線を戻すと、ロイドによって抱きかかえられたクエスがいた。


「クエス! 無事だったのか!!」


「ロイド!? 何でここに!?」


「話は後! 今はフォローをお願いします!」


 緑色の風のフォームだったロイドは、急いでサファイアリングを亜空間収納ストレージから取り出すと、頭部のエメラルドリングと取り替える。

 その瞬間、瓦礫の山から先程と同等の火炎が迫った。

クエスはロイドを庇い、防御呪文の巻物スクロールを使用する。

盾の無い状態のクエスでは、この火炎に長時間は耐えられない。

 だが、今度は事前に移動していたロゼが間に合う。

鋭い刺突剣レイピアで斬りかかった。

これを防ぐには盾を構える他無く、クエスとロイドへの火炎は直ぐに途切れる事になる。

続けて連弩れんどの矢弾が襲撃者に襲い掛かった。

次の瞬間、両腕の盾、その先端の開口部からが伸び、その爪を振るう事で矢弾を焼き払った。

先程の火炎の比では無い熱量を孕んだそれは、周囲を一変させた。

植物という植物が火の手をあげ、人機ですら炎に包まれた。


「熱っ!?」


 ロゼは悲鳴を上げて慌てて離脱しクエスの元に向かった。

 そんな熱量に外套が耐えられる筈も無く、外套は炎を上げて燃え尽きてしまう。

そして、炎の中からロイドにそっくりな人形ゴーレムが姿を現す。

片目を眼帯で隠し、赤と黒のカラーリングが炎の印象を強く受けるのだった。


「「「なっ!?」」」


「……こいつがノイド……。私の、敵……!」


 フォームチェンジし、水の力に切り替えたロイドは、エメラルドリングを仕舞うと、亜空間収納ストレージからウォーターランスを引き抜きはすに構える。

次第にロイドの周囲に水の玉が浮遊し始めた。

二人の人形ゴーレムの間に緊張感が走る。

 ノイドの炎によって燃え尽きつつあった人騎じんきの残骸が、地面に引き寄せられ、地面へと落下した。

ガシャン!

 その音を皮切りにロイドとノイドは打ち合う。

急所である動力炉を狙ったロイドの素早い突きを、ノイドは角度を付けた小盾で

十分近距離に詰め寄ったノイドは、炎の爪でロイドを切り裂くべく十字に切り開いた。

これを予期していたロイドは、飛び退きつつウォーターカッターを放つ。

この反動を利用して間合いを開けるのだ。

 火属性は水属性に弱い関係上、ウォーターカッターの直撃はノイドにとって致命傷となる。

ノイドは慎重にこのウォーターカッターを避ける事を選び、間合いは再び遠間、離れた状態へと戻った。

 ロイドの周辺に浮かぶ水の玉は更に増え、月光を浴びてキラキラと輝く。

ノイドにとっては水の玉は機雷でしか無く、これ以上水の玉を生成されると封殺されかねない。

 一気に勝負を付けるべく、ノイドはギアを上げた。

左右の爪先に三つある開口部から炎の爪が伸びる。

これには流石のロイドもギョッとした。

その隙を逃さず、一気に距離を詰めて蹴りと腕の爪を使った連続攻撃を放つ。

これに対して、ロイドは周囲に浮かべた水の玉をぶつける。

水の玉は一気に蒸発し、水蒸気となって周囲に広がった。

魔力を帯びた水蒸気によって、マナ、温度、光学で認識する事が困難になる。

しかし、ロイドが凄まじい熱源を持つノイドを見つけるのは難しくはなかった。

 四方八方から水の玉がぶつけられ、ノイドにヒビが入る。

高温の物体が急激に冷却された事によって、物質の内部と表面の温度差が大きくなっていたのだ。

その熱膨張や収縮の力の差によって引き起こされる応力に耐えきれず、ノイドはヒビ割れた。


「……おのれロイド……! 勝負は預けた!」


 ノイドは一言残し、転送されて行くのだった。

暫く増援が無い事を確認して、ロイドとクエス達はようやく力が抜ける。


「久しぶりだねロイドくん。今日は助かったよ」


 クエスはそう言って右手を差し出した。

ロイドはそれにおずおずと応じた。


「いいえ。私はその……貴女達を……」


 ロイドは罪悪感から全てを話そうとしたが、クエスはそれを指で制止した。


「ならあのタイミングで私を助けたのかな? その行動が君の本音の部分だろ? なら、それでいいさ」


 そう言ってクエスはニッコリと笑った。


「……そもそも冒険者同士も戦友であり、商売敵しょうばいがたきでもあるんだ。助けられたら感謝する、それだけだ。……ロイド、クエスを助けてくれてありがとう」


 ロゼは普段の目付きの悪さからは信じられない程柔らかい表情でお礼を述べた。


「うんうん、ロイド、本当にありがとう!」


 ルクスは普段と変わらない明るさで、ロイドを労った。


「クエス、ロゼ、ルクス……。こちらこそありがとう」


『いい話風になっているが、目的は果たせていないんだがな』


 突如、ワイズマンの声がロイドを介して響かせた。


「先生!? いったいどうしたんですか?」


「この声……ワイズマン教授じゃあない?」


 ルクスがクエスに小声で話しかける。


「ああ。確かに依頼主クライアントだ。ロイドを作ったのは彼……なのか?」


『ロイド、クエス、ロゼ、ルクス、現場騎士団に引き継ぎ次第一旦戻ってこい。思った以上にまずい事になった……。シルビア嬢、神託巫女しんたくみこさらわれた』


「なん……だって……?」

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