【第十四話】仕掛けられた罠

「さて、そしたらレックスのデータに目を通しておくか……」


 そういうと、ワイズマンは石板タブレットを操作してコピーしていたデータを読み取る。

そこには無数のデータが詳細に記録されていた。


(レックスの奴……やはり侮れない男だな。この短期間でこれ程の分析を完了するとは……。やはり天才、か。データの方は……魂のマナ変換効率指数が想定より高い、か。マナフローの流量も想定より高い。近い内に改装が必要になるかもな……。加えて魂強度が高い、か? 魂、か……。まぁ、計画には無かったが、ロイドなら問題にはならないだろう。外部との接続の可能性……? まさか書庫、か? なら、書庫とは一体……。)


「どうでした?」


 不安そうにワイズマンの顔を覗き込むロイド。

ワイズマンはそれに対して苦笑しながら答えた。


「ああ、問題無い。見逃していたパラメーターの数字を詳細に出して貰えたから、これで計画プロジェクトは進むはずだ。安心するといい」


 ワイズマンはロイドの頭を撫でる。

予想外の事にロイドは暫く固まったが、何か安心した様に緊張が解けていった。


「良かった……。でも先生でもアン姉さんでも分からなかった事が分かるなんて、レックス教授って何者なんですか?」


「レックスか? レックスは人格プログラム、人形ゴーレムの制御系の専門家エキスパートだ。魂の構造に関する論文を多数執筆している天才さ。勿論、人形ゴーレムに関しては負ける気はないがね?」


「凄い人だったんですね……。友達なんですか?」


 ロイドの言葉にワイズマンはハトが豆鉄砲を喰らった様な顔になった。


「どうかな? 友達というよりかはライバルの方が近い気がする、かな」


 そういってワイズマンは肩をすくめた。


「ライバル……」


「まぁ、そういう関係もあるという話さ」


◆◆◆ ◆◆◆


「所で気になったのですが最近になって送られてきたこの書類の束……何なんですか? どれもこれも書いてある額がおかしいんですけど……」


 アンがワイズマンに紙の束を手渡す。

ワイズマンはそれを精査していく。


「ああ、これは俺がこの間出した調査依頼に関する請求書や報告書だな。えぇと……ロータス鉱山の追跡調査、凶星マレフィックが関与していたと報告が来ていたな。あいつら、凶星マレフィックだったのか……。もう一度ロータス鉱山に向かう必要があるかもしれんな。鉱脈の方は異常なし、か。鉱脈の方だけ追加依頼を出しておくか?」


 ブツブツと呟きながら書類を分類すると、書斎机の上のトレイに書類を乗せて行く。


「既に調査をしていたんですのね……」


「まぁね。こういうのはケチらず早め早めにやるのがコツさ」


 冒険者を使った調査では、報酬を渋ると持ち帰る情報の質や量が落ちるので、ケチらない方が良いとされているのである。

また、スケジュールも余裕をもっておくと優秀な人員を抑えやすくなるのだという。

とはいえ、ワイズマンの報酬設定は相場以上であり、長い調査期間も相まって、怒られるのも仕方のない規模の値段になっていた。


「もう、だからって勝手にまたお金使わなないでください! 追加調査、これ本当に必要なんですか?!」


「必要なんだよ! 何だ、には一切手をつけてないからいいだろう?」


「そんなの当たり前です!! そもそも、収支が! 大きすぎるんです! 先生はもう少し庶民的な金銭感覚を身につけてください! また借金するハメになっても知りませんよ!!」


「し、借金なんかもうしてたまるか! 返すの大変だったんだぞ!!」


「なら、もう少し支出を抑えてください!!」


 アンに怒られるワイズマンは、普段の態度からは考えられない程やり込められていた。


「……大人って大変ですわね……」


「……お金って大切なんだね……」


 シルビアとロイドは、二人のやりとりを見て何かを悟るのであった。


◆◆◆ ◆◆◆


 再びロイドはロータス鉱山、その入り口を見渡せる高台へと転送された。

レアメタルハンターの凶星マレフィックが目撃された場所である。

 彼らが狙う様な希少な鉱石は採掘量が少なく、冒険者や騎士団の護衛をつけるのが常である。

その為、普通のレアメタルハンターでは手が出ない筈なのだが……。


『つまり、凶星マレフィックの連中が仕掛けてくる場合は、装備に自信があるか、かすめ取る算段が付いているかのどちらかだな。相手の動きを見てから叩きたい所だ』


 ワイズマンがマナ通信でロイドに方針を示した。


『それは、鉱石を囮にするって事ですか? いいのかなぁ……』


 複雑な表情でロイドが確認する。

ロイドとしては被害が出る前にどうにかしたい所であった。


『こうなったら多少の被害もやむなし、だ。話は通してあるから安心しろ』


 マナ通信では表情こそ見えないが、ロイドにはワイズマンが心底意地の悪い表情をしている様な気がした。

そんな話をしていると、日が沈み周囲が暗くなってくる。


『噂すれば何とやら、ね。登録の無い人騎じんき人形ゴーレムの反応多数確認! 十分注意して!』


『ロイド、なるべくマントの奴が出るまで我慢しろ。向こうには優秀な特A級冒険者を付けて粘る様に伝えている。最悪鉱石は奪われてもいいので、マントの奴に集中しろ』


『了解』


 不承不承といった雰囲気でロイドは了解した。

気配と頭部の光を消して静かに事態の推移を見守る体勢に入る。


「! マナ反応増大! 敵襲ーッ!! 作業員は退避ーッ! 退避ーッ!!」


 黒髪で短い癖っ毛の少女が腹の底からの大声で敵襲を告げる。

青い鎧に大盾を構えた重戦士の姿の少女は、腰に差した片手剣を抜剣した。


「……ここは俺達に任せて、さっさと退避しろ……!」


 赤い革鎧の金髪で長髪、目つきの鋭い少女が作業員達に退避を促す。

細身の刺突剣レイピアを抜き放ち、油断なく構えた。


「そうそう! 怪我しても知らないぞ! ここは直ぐに戦場になるぞぉ!!」


 紺色の外套に茶髪の少女は、連弩れんどを二丁を構えて狙いを付ける。

連弩れんどとは、連射可能ないしゆみであり、非常に強力な遠距離武器である。

 ロイドは少女達を見て驚いた。


(あれはクエス、ロゼ、ルクスじゃあないか……! 先生の言っていた特A級の冒険者は彼女達だったのか!)


 以前見届け人としてロイドの後方に控えていた彼女達が、特A級の冒険者だったのだ。

彼女達はロゼを最前線に、その後方からカバーする様にクエスが立ち、後方にルクスが潜む隊列を組んだ。

 そして、計ったかの様に、大量の人騎じんきと大小様々な人形ゴーレムが現れる。


『あー、あー。冒険者に告ぐ! 今直ぐ掘り出した鉱石を全て我々に渡せ! さもなくば殺す! 戦力差が分からん訳ではあるまい? 三分待ってやる! 早々に答えを聞かせろ!!』


 人騎じんきの拡声器でレアメタルハンターががなり立てる。

クエス達は顔を見合わせると、小さく笑ってレアメタルハンター達に向かった。

そして、魔力で強化した大声を張り上げた。


「「「一昨日きやがれこの三下共が!! 悔しかったら掛かって来いやぁッ!!」」」


 凄まじい声量によって放たれた挑発が、拡声器と共鳴し金切り音を上げる。

耳がイカレるかと思う程の大音響がレアメタルハンター達を混乱の坩堝るつぼに落とした。

 クエス達はその隙を見逃さず、足元に隠してあったT字の金具を踏みつけた。

すると、周囲に仕掛けられていた爆発魔法が次々と起爆し、人騎じんき人形ゴーレム達を土石流が飲み込んでいった。

ある者は避け、ある者は正面から土石流に飲まれていった。

 クエス達は防御魔法で完全に身を守り、レアメタルハンター達の様子を伺う。


「……九割方片付いた、か?」


 ロゼが小さく呟く。


「そういうの止めなよ。フラグにしかならないから……」


 ルクスは周囲を警戒しながらロゼにツッコミを入れる。


「油断しないで行こう。粘れとは言われたけど、全滅させちゃ駄目とは言ってなかったし」


 クエスは防御魔法を解いて、次の攻撃に備えた。


『よくも仲間を……許さねぇ!!』


 土石流を避けた人騎じんきのレアメタルハンターがクエス達に飛びかかる。

次の瞬間、ルクスの放った太い矢弾が操縦席に殺到した。

反射的に人騎じんきの腕部で受け止めようとするが、魔法で強化されていた矢弾を防ぐ事は出来なかった。

人騎じんきの腕が矢弾にえぐられ吹き飛ぶのと同時に、側面に回り込んだロゼが関節部の脆い部分を切り刻む。

 このままでは行動不能になると直感した騎手は、反撃する為に残っている腕部をロゼに叩きつけようとするが、大盾を構えたクエスが割り込んで防御されてしまう。

動きが止まった事で大きな的になった人騎じんきは、ロゼの斬撃で腕部を完全に失い、四本あった脚部も身動きが取れないほど削り取られてしまうのだった。


「……思ったより硬いな。バラバラにしたつもりだったのだが……」


 ロゼは嘆息たんそくしながら納刀した。


「こっちも腕ごと持っていけると思ったんだけどなぁ。凶星マレフィック人騎じんきってどうしてこうも硬いんだろう?」


 ルクスは文句を言いつつも、淡々と矢弾を再装填してゆく。


「特別な希少金属を大量に保持しているんだろう。さぁ、騎手を引き摺り下ろして捕縛するよ」


 そう言ってクエスが人騎じんきのハッチに手をかけるのだった。

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