【第十一話】天啓と錬金術師

「無限に続く書庫、か……」


「不思議な話ですわね……」


「……うーん、該当する事例は発見出来ないわね……」


「そんな! 嘘じゃあないんです! 信じて下さい!!」


「落ち着け。誰もお前が嘘をついているだなんて言ってないじゃあないか。……事実だとして、だ。未来や過去が書き記された本のある無限の書庫……。これをどう見るか、だ」


「どう見るか、ですか?」


 ワイズマンは鷹揚おうよううなずき、続けた。


「便利な軽い能力か? リスクのある決死の能力か? 残念ながら後者だし、得られる情報は不確かだ。探索するにしてもがいて危険な上に戻ったら消耗する。デメリットが解消されるか、明確なメリットが発見されるまではだ。いいな」


「……了解、です」


「その割には不満そうだな」


「あそこには何かあるんです。信じて下さい……」


 そう言って、ロイドは俯いた。

頭をかきながらワイズマンが答える。


「そこは信じている。だが、情報が足りない場所に単独で行くなら、最低でも下準備が必要だ。そこは譲れん。……書庫を攻略したいなら最低でも計画書を提出しろ」


「計画書……ですか?」


「例えば、だ。本を見て回る場合、どれくらいの時間滞在するのか、必要な装備はあるのか、獣との遭遇事の対処とか、何をもって作戦成功とするのか、ハッキリさせないとならない事を明文化するのだ。分かるか?」


「……はい」


「よし。もし分からない事はアンか俺に聞いて書き上げてみろ。もっとも、しばらくそんな暇は無いと思うが……」


「どういう事です?」


 ロイドが疑問を口にする。

ワイズマンは書斎机の椅子から立ち上がり、背中を向けた。


「幾つか問題があってな。まず一つ、シルビア嬢には共同研究機構ウチに出向して貰おうと考えている。これは最悪、天啓騎士団と戦争になるかもしれん。天啓巫女としてシルビア嬢は天才なのだ。天啓騎士団むこうは手放したく無いだろう」


「……ごめんなさい」


「シルビア嬢のの事もあるが、彼女の能力を共同研究機構ウチで本格的に研究したいというのもあるので気にしないでくれ」


 ワイズマンはロイドに向き直り、続ける。


「もう一つはお前だ、ロイド。仕様を詰めるにあたって、あたりがついた。一時的ではあるが、レックス教授の所に行く事になる。」


 忙しくなるという点では惜しいが、特に問題ないのでロイドはうなずき同意を示した。


「……最後の一つが厄介そうなのだ。レアメタルハンターの凶星マレフィックというグループが存在する事が発覚した。被害が拡大し続けており、これを打倒する必要が出来た。我々の出番、という訳だ」


◆◆◆ ◆◆◆


 ワイズマンはシルビアと共に天啓騎士団の総本山である時の神殿へと向かった。

白を基調としながら、所々に赤の意匠が組み込まれている。

整然とした神殿内の至る所に水が流れ、その水が時の流れを表しているという。

 事前に面会の約束を取り付けていたワイズマンは侍女達に神殿の奥へと通される。

そこには騎士団長と司祭長、そして天啓巫女達が待っていた。

騎士団長はいつもの覇気は無く、ただ静かに立っている。

 ワイズマンはこの状況を流石に想定していなかった。

精々司祭長と巫女長が責め立ててくる程度だろうと予測していたのだ。

だが、この状況は明らかに異常であった。


「嫌な予感がする……」


 ワイズマンは嫌な汗が吹き出るのを感じた。

シルビアは不安からワイズマンの裾を強く握る。


「ビート・ワイズマン、良くおいでくださりました。要件は伺っております」


「……では、答えを伺いたい。シルビアの出向を認めて頂けるだろうか」


「……私の一存ではとてもとても。シルビアは巫女の中でも特に優秀な巫女ですので、何のも無しに出向を許可する事はできません」


(……ここまでは予想通りだが……)


「こちらから提示できるは……」


 ワイズマンがそこまで言うと、司祭長が手で発言を制止する。


「ですので、に直接お伺いを立てましょう。ねぇ、聖騎士パラディンワイズマン」


 ワイズマンの目が驚愕で見開かれる。


「「我が身を御身に捧げます。御身のお声をおかけください」」


 巫女達が祝詞のりとを一斉に唱える。

巫女達は目を見開くと、そのいずれの瞳も金色に輝いていた。


められた……!)


 ワイズマンが思うより早く、凄まじいマナの奔流が渦をなし、神殿上部に像を結ぶ。

中性的な見た目のおかっぱの少女といった様子だった。

だが、金色の瞳が開かれた時、額に三つ目の瞳が姿を現した。


「……未来神……!」


 目を細め見上げるワイズマンは、その存在感からか、冷や汗が止まらなかった。

ワイズマン以外はその威容に平伏し、その声を待った。


「錬金術師よ神託を授ける……」


「断る! 話は終わりだ! 戦争でもなんでも受けて立ってやる!」


 そう言うが早く、ワイズマンは懐に手を伸ばしながらシルビアを抱き寄せた。

その動作に反応し、騎士団長は帯剣していた剣のつかに手をかける。


「騎士団長よ、手出し無用だ……。錬金術師よ、最後まで話を聞くが良い。ワイズマン、ロイド、両名はこの世界の趨勢すうせいを左右する存在である。錬金術師よ、貴様が望むと望まぬに関わらずその手に世界の命運を握っているのだ」


「……ッ! 貴様はそうやって人を縛り、その運命とやらにとする! そんな運命、お断りだ! 俺は俺が思うように戦う!! ロイドもそうだ! ロイド自身が選び取るべき事柄を押し付けるんじゃあない!!」


 激昂げっこうするワイズマンを震える瞳で見上げるシルビア。

そして静かに事の成り行きを見守る未来神。

停滞した場を動かしたのは意外にも司祭長だった。


「ふっふっふ、それも貴殿の思想をロイド殿に押し付けてはいないかな? 聞き及ぶですと、ロイド殿は案外すんなり受け入れるのではないですかな?」


「貴様……!」


「我が神の神託には続きがある様ですぞ。まずは全て聞いてからでも遅くはないのでは? 場合によってはかもしれませんな」


「神託を授ける。錬金術師よ、良く聞くがいい」


 未来神の声が重くのしかかる。

ワイズマンは苦渋決断を下す他無かった。


◆◆◆ ◆◆◆


 ワイズマンが神殿へと向かった頃、ロイドは単身レックス教授の元へと向かう。

レックス教授の教員室の扉をノックした。


「ロイド・ハッシュです。レックス教授は在室していらっしゃいますでしょうか」


 扉が開かれると、真紅の人形ゴーレムが現れた。

ロイドと同じ様に顔部分は黒いモニターに緑色の瞳が輝いていた。

真紅の人形ゴーレムは首を動かし、入れとジェスチャーで伝えてくる。

恐る恐る指示に従うロイド。

 部屋の寸法はワイズマンと一緒だが、整然としており、どこか広々としていた。

部屋の隅には転送装置がしつらえられており、機材も一部ワイズマンと共通した物が並んでいる。

ただ、ホムンクルスは居ないらしく、それらしい水槽はどこにも設置されていなかった。


「マスター、ワイズマンの人形ゴーレムが来ました」


 真紅の人形ゴーレムはそれだけ告げると、主人の側に立った。

部屋の主は頷き、書斎机から立ち上がり、ロイドに笑顔向ける。

緑色の瞳、栗毛色の髪の毛がツンと立っている以外は単に柔和な男性であった。


「ようこそ、ロイド・ハッシュくん。私がトリガー・レックスだ。よろしくね」


 そう言って前に出ると、レックスは右手を差し出した。

ロイドは緊張しながらもその手を取って握手する。

 握手が終わると、レックスはロイドにソファーへの着席を促した。

指示に従うと、レックスもソファーへと座り、語り始める。


「さて、早速だが話を始めよう。幾つか簡単なチェックをするから外部ポートを開けて貰えるかな?」


 ロイドは頷くと、胸部の脇にあるポートハッチを開いてレックスの運び込んだ測定器にケーブルを繋いだ。

暫く石板タブレットを操作しながらデータを収集する。

一通り検査が済んだのか、レックスは頷いた。


「君の仕様外の出力増大について、件だが、単刀直入にいうと君に魂があるせいだ」


「……魂、ですか?」


「そう、魂だ。魂の宿る人形ゴーレムはそこそこ珍しいからね。仕様としては見落とされていたのだろう。魂があると、特に魔法関連の性能が向上するんだよ」


「……欠陥では無いのですね。良かった……」


 心底安心したのか、ロイドは力が抜けてしまった。

レックスは頷いて話を続けた。


「さて、原因が分かれば、後は単純な物で、詳細を仕様に落とし込めばOKという訳だ。精密に調査するには時間が多少かかるがね。さぁ、そこの台座に横になってくれたまえ」


 ロイドは指示に従い、メンテナンスモードでハッチを解放した。

レックスは手早くケーブルを繋ぐと、早速分析を開始した。


「さて……やっぱり人形ゴーレム躯体くたいは一日の長があるね。レイアウトは完璧だ……うーん、やはり天才……また腕を上げた? やるな……。やはり魂もだな……面白くなってきた……!」


 レックスは目を爛々らんらんと輝かせ、分析を進めるのであった。

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