【第十話】無限の書庫

 教員室へと戻ったロイドとワイズマンは、アンとシルビアと合流した。


「さて、これで四つの宝石、魔石を手に入れた訳だが……」


 炎の魔石を手に入れたロイドだったが、特に変化は見られない。


「自ずと道は開かれる、でしたか?」


「一体どんな事になるですかね……」


「ひとまず全部取り出してみる……とかでしょうかね?」


 シルビアの提案にうなずいたロイドは、四つのリングを亜空間収納ストレージから取り出す。


「……何も変化ありませんね? とりあえずしばらく様子を……あれ?」


 その瞬間、ワイズマン、アン、シルビアの姿が掻き消える。

周囲の僅かに聞こえていた配管の反響音も一切聞こえなくなり、静寂が辺りを包んだ。


「先生!? アン姉さん!? シルビア!?」


 ロイドは慌てて周囲を見渡すが三人の姿はどこにも無く、辺り一面みっちりと本の詰まった本棚が一面広がっているだけで、ロイドの声が虚しく反響するのみであった。


「何だ……ここは一体……?」


 センサーにも何の反応も返って来ない。

マナ通信を行うも、何の返答も返ってこなかった。

仕方なく辺りを探索する事にしたロイドは歩き出す。

背表紙の色は様々で、いずれも題名は見た事もない文字や崩れた文字で、判別する事は叶わなかった。


(事故で転送されたのか? いや、転送反応が無いし、アン姉さんがそんなミスするとは思えない……。見た感じはデータにある図書館に近い……か? そうなると、、だな。そもそもこんなに大量の本が収蔵された図書館なんてデータに無い訳が……。無い、だと? どういう事だ……)


 図書館は本を守る為に魔法を用いる事が少なくない。

安全な手順が分からない内は勝手に本を開かない方が良いのだ。

 そして、無数の本を収蔵しているとあれば、有名になる筈であり、データベースに記録されていると踏んだのだが、あてが外れた形となった。

 ロイドは幻覚や亜空間の可能性を考慮し、慎重に歩みを進める。

いいようのない不安にさいなまれながら。

しかし、どこまで行っても本棚と本ばかり。

 気が滅入ってきた所に視界に吹き抜けの様な場所にたどり着く。

そこは恐るべき光景が広がっていた。

天井にも壁にも、重力を無視して吹き抜けを中心に多方向に図書館が伸びていたのだ。


「……何だこれは……」


 ロイドは自身の立っている場所が不安定に感じた。

まるで足元が崩れて、何かに飲み込まれて消えてしまいそうだと。

 そう考えると、途端に自身の存在も曖昧に感じ始めた。

悪夢を見ている感覚に近いだろうか。

問題なのは、自身もそのなのではないか、という不安。

この悪夢が覚めれば、自分も一緒に消えてしまう、そんな感覚であった。


「おや、こんな所にヒトが……珍しい。ようこそ、青いヒト。で?」


 ロイドは後ろから話しかけられ、思わず飛び退き声の主を探す。

しかし、後ろには誰もいなかった。


「だ、誰だ!?」


「私は……はて? 誰だったのでしょうか? まぁ、ここには時間も空間も適当ですから……初対面でしたかな?」


 声の主は本棚の隙間からズルリと這い出してくる。

まるで今そこに通路があった様に何事もなかったかの様に歩いてきたのだった。


「名前は失って久しいですが、気軽にとでも呼んでください」


 ローブを目深に被った男? 女? はそう名乗った。

背丈は高いのか? 低いのか?

何か重なり合ったようで上手く認識できない、バグの様な怪人であった。


「ここは一体どこなんだ? 君は一体?」


「私はここをと呼んでいます。私はここの案内役の様なものです」


? なら、ここの本は一体何なんだ? 読んでも大丈夫なのか?」


「本? ああ、貴方にものですね。本に見えるなら読めますよ。最も、意味があるかはわかりませんが……」


「……?」


 ロイドは疑問符を浮かべながら試しに一冊取り出してみる。

背表紙のタイトルは文字化けして読む事が出来なかった。

 内容を読んでみると、意味の分からない出鱈目でたらめな文字が並んでいる。

出鱈目でたらめな文字情報しか無いにも関わらず、ロイドはその文字からその場面を読み取る事ができた。

加えてまるでその場にいるかのような臨場感を感じた。


「!? 幻覚!? いや、これは……!」


 二十四騎の人形ゴーレム、⬛︎⬛︎たる⬛︎⬛︎。

倒れる十六騎と⬛︎⬛︎。

 台座に横たわる自分そっくりの⬛︎⬛︎⬛︎。

若かりしワイズマンと共に立つ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。

 倒れ伏す数多の⬛︎⬛︎、最後に立つ十二⬛︎の⬛︎⬛︎。

大地に染み入る⬛︎⬛︎。

 燃える大地、わらう⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。

血まみれのシルビア。

血に濡れる両腕。

確信があった。

この血は、この血は、この血の主は……。

 駄目だ、考えては駄目だ。

認識してはいけない。

その悲しみを。

 茨の冠。

顕現させてはいけない。

その怒りを。

 茨の冠。

身につけてはいけない。

その絶望を。

 茨の冠。

茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠、茨の冠。

――そして、世界は滅びる。


「なっ!?」


 思わず本を取り落とすロイド。

司書は静かに近づくと、落ちた本を拾い上げ、本棚に戻した。


「おや、しっかりとのですね。ですが、これは時間も細切れ、時間軸もあやふやな映像ビジョン。あまり気にしない方がいいですね」


「未来の映像ビジョンなのか!? これが!!」


「あるいは遠い過去かも。未来は容易に変わる物ですので、固執しない方が良いでしょう」


「どうすればいい! どうすれば変えられる!! 教えてくれ!!」


 司書にすがり付くロイド。

司書は手で落ち着く様なだめながら静かに語りだす。


「未来は未来を変えようとすると容易に変わります。変えようと努力し続ける事で変わるでしょう。ですが、時間軸があやふやな情報に惑わされると返って危険です」


「危険? どういう事なんだ?」


「危険から遠ざけた結果がその映像ビジョンだったとしたら?」


「それは……」


「ですから、見たものに固執してもいけないのです。貴方が何を見たのかは私には分かりませんが、より良い未来を選び取れる事を祈っています」


 ガシャン……ガシャン……。

遠くから金属がこすれ合う不快な音が響いてきた。


「おや? 珍しい……。こちらへ来てください」


 どんどん近づいてくる音に司書が警戒し、避難をうながした。

ロイドは黙って頷き、指示に従う意思を示す。

司書とロイドは本棚の隙間に身を隠した。


「静かに願います。死にたくはないでしょう?」


 静かに、というジェスチャーを交え、小声で司書が警告をする。

ロイドはその警告に従い、口元を押さえる。

頭部の光の帯も消して、気配を消す努力をした。

 直後、濃厚な死の気配をまとった赤い人影が現れる。

槍をたずさえ、血の様に赤い鎧をまとった何かが、幽鬼の様に歩いていた。

ガシャン、ガシャンと鎧を鳴らしながらそれはしばらく周囲を歩き回ったが、やがて諦めたのかゆっくりと去っていった。

 吹き抜けに向かったと思った直後、音が聞こえなくなった。

十分離れたと判断したのか、元の通路に司書が出て周囲を確認する。

問題ない事を確認した司書はロイドを手招きした。


「あれは一体……」


「あれは私がと呼んでいる存在です。あれに遭遇する事は死を意味します。上手くやり過ごしてください」


「倒すことは不可能なのか?」


「そんな発想はありませんでした。アレを倒せるなら、それは新しいでしょう。ヒトでいたいなら、そんな事は考えない方が良いでしょう」


「ヒト……私は人形ゴーレムなんだけど……」


「? ヒトでしょう? 頭を持ち、四肢を持ち、を持つ、ならばそれはヒトであるといえるでしょう?」


「? そう、なのか?」


「さて、獣がいつ戻ってくるとも限りません。貴方はへ帰るべきでしょう」


「!? 帰れるのか! どうすればいい!?」


「簡単ですとも。元の場所を思い描きのです」


「再びここに来る場合は? 四つの魔石を揃えればいいのか?」


「切っ掛けが何であれ、書庫に一度でも繋がった存在は、常に書庫と共にあります。念じればいつでも来る事ができるでしょう」


「思い描く……思い描く……」


 ロイドは懸命に頭の中に教員室のイメージを思い描く。

書斎机にワイズマン、水槽と配管とアン、本の山とソファーにシルビア。

イメージが詳細になると、それに手が届く様な感覚がしてくる。

必死になって手を伸ばした所で周囲に音が戻ってくる。


「……おい、どうしたロイド! しっかりしろ!」


「戻って……きた?」


「どうかしたのか、ロイド?」


「今、書庫に……。あれからどれだけ?」


「書庫? 一体何があった? 魔石を取り出してから一瞬黙ってたが……」


「一瞬? 時間の流れが違う、のか?」


 ロイドは疲労からか、膝をついてしまう。

ワイズマンが慌てて抱き起こすと、ロイドは書庫での出来事を語るのであった。

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