第19話 君を救う為に、掴む手
朝露が乾く間もなく、
境内には不穏な気配が漂っていた。
澪の胸に走るざらついた感覚は、
いつか夢で感じたそれに酷似している。
――優李が来る。
そう、直感でわかった。
そしてその直感は、すぐに現実となった。
本殿の裏から、ゆっくりと姿を現したのは、確かに優李の顔をした存在だった。
だが、その目はあまりに静かで、
澄み切っていて、
同時に――どこまでも深く濁っていた。
「澪…、来てくれて、嬉しいよ。」
優しい声だった。
けれど、
どこか張りついたような不自然さがある。
「……優李?」
「うん。優李だった、僕。
でも零禍……でもあるよ、今は。」
その笑みは、昔の零禍のそれだった。
澪は喉がひゅっと締まるのを感じた。
「……どうして……優李を…!…」
「僕が欲しかったんだ。
澪の隣にいる“理由”が。
朧でもなく、ただの記憶でもない、“今ここにいる理由”が」
澪は後ずさった。
「優李は、そんなこと望んでない……!」
「でも、望んだよ」
零禍の声が、一瞬だけ揺れた。
「心の底では、君を奪いたかった。
朧に勝ちたかった。僕にさえ……なりたかった。そう本人が願ったんだ。」
「それは……違う……!」
「違わない。僕は知ってる。優李の奥に沈んだ願いも、言葉にならなかった想いも、
全部、僕の中にあるんだからね?」
「……やめて…っ…」
「優李の身体は、もう僕のものだよ。
君が昔、僕を封じたあの瞬間から――こうなることは、既に始まってたんだ。」
澪の目に、涙がにじんだ。
「……返して……優李を……お願い……!」
だが零禍は静かに首を振った。
「僕は、君の傍にいたかっただけだよ?」
「ただ、君の隣に――“名前”を取り戻して、立ちたかった。」
「でも、優李じゃない君に、私は――!」
その言葉が終わるよりも早く、
零禍が歩み寄った。
指先が澪の頬に触れた瞬間、
冷たい記憶の奔流が肌を走る。
(……これは……零禍……あの時……)
優しい声。笑顔。そして、狂気の淵。
「僕を、封印した君が、また僕に“手を伸ばしてくれる”なら――それだけでいいんだ。」
「――離れろ。」
低い声が場の空気を裂いた。
朧だった。
彼の姿が木々の影から現れた瞬間、
空気が一変する。
「優李の中にいるのは、お前か。零禍。」
「……久しいね、朧?」
零禍の目が、わずかに細められる。
その目に浮かぶのは、
憎しみでも怒りでもなく
――淡い、寂しさだった。
「君は、いつも僕を“止める”側だった。」
「でも今回は、どうだろう?
澪は、どっちを選ぶと思う?」
「問うまでもない。澪は“お前を許さない”」
零禍が静かに笑った。
「だったら、試してみようか。
どこまで、君たちが僕を拒めるか――」
その瞬間、
零禍の目の奥に、赤黒い光が走った。
空気がざわつく。
木々が悲鳴のような音を立てて揺れる。
澪は、叫んだ。
「朧、優李を傷つけないで!!
そこに――優李がいるんだから!」
朧の瞳が微かに揺れる。
零禍は、その揺れを見逃さなかった。
「やっぱり、澪は優しいね。」
「だったら――その優しさごと、全部僕にくれよ!!!!」
次の瞬間、地を踏みしめた零禍の身体から、禍々しい気配が吹き出した。
境界が裂ける。空がねじれる。
そして、封印の結界が、
かすかに軋む音を立てた――。
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