第18話 ひび割れた願い、落ちる声
夜の境内。
湿った風が鈴の音を歪ませていた。
普通ではない、空気が流れる。
優李は、ひとり本殿の奥に蹲っていた。
その指先は爪が食い込み、
手のひらから血が滲み、肌を伝って滴る。
「……また、声がする……。」
自分の声が、自分の声じゃない気がした。
喉が焼けつくように痛い。
誰かの囁きが、
骨の中にまで染み込んでいた。
(澪……澪……澪…!…)
彼女の名を思うだけで、胸が軋んだ。
(どうして、あいつばかり……)
(どうして、俺じゃ駄目なんだ……)
誰よりも傍にいたのに。
幼い頃からずっと、守ろうとしてきたのに。
朧には触れられて、零禍には涙を向けて、
自分には、朧のように触れられもせず、
零禍のように涙を見せることもなく、
――ただ、“優しい顔”しかくれなかった。
「俺が……一番、知ってたはずなのに。…」
零禍の声がまた響く。
『だからこそ、僕になればいいんだよ!。』
「……黙れ!」
『澪の隣に立てるのは、もう僕だけだ。
君じゃ、何も変えられない。そうだろう? 何度、見捨てられた?』
「うるさい、うるさい……ッ!!」
顔を掻いた。
髪を引きちぎるほどに掴んだ。
それでも止まらない。
零禍の声は、心の奥から滲み出してくる。
『君は、結局、何者にもなれなかった。
ただ、彼女の優しさにすがってただけ。
その優しさが、自分に向いていると勘違いしていただけだ』
「……違う……! 俺は、澪を……!」
『愛していた? じゃあ、なぜ黙っていた?
なぜ、何一つ奪わなかった?あの時、朧から引き離さなかった?』
優李は崩れ落ちた。
「……俺は……怖かったんだよ……!」
「壊れるのが怖かったんだっ…!!」
喉から漏れた嗚咽は、
もはや人のものではなかった。
指が、勝手に動く。
足が、何かを踏みしめるように震える。
脈が異常なほどに脈打ち、
目の奥で“他人の記憶”が流れる。
(――ああ、これが零禍の……)
(……いや、俺が、零禍になろうとしてる……)
「……澪……見てくれる?」
「俺を――ちゃんと、見てくれる……?」
血の混じった涙が、頬を伝った。
「だったら……この身体くらい、やるよ……」
その瞬間、優李の瞳の奥に、
違う光が宿った。
翌朝、澪が境内に出ると、
空気が明らかに異様だった。
本殿の奥――
誰も入らないはずの禁足地から、
誰かの気配が流れていた。
そして、現れたのは――優李。
けれど、その笑みは、
明らかに“優李”のものではなかった。
「澪。君は、いつもそうやって、誰かを選ぶよね。」
「今度は、僕を選んでよ!!!」
澪は一歩、後ずさった。
言葉にならない恐怖と悲しみが、
胸を締めつける。
「……優李……?」
「うん。優李だった“僕”だよ」
次の瞬間、彼の口元が歪み、
柔らかく笑った。
それは、零禍の笑い方だった。
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