第20話 境界の裂け目に、届く声
境内の空が、きしんでいた。
裂けるような音と共に、
空気の層がゆっくりと…けれど確実に、
歪んでいっているのが気配で分かる。
風が止み、木々が呼吸をやめる。
優李の姿を借りた“零禍”が、
静かに朧を見つめていた。
その眼差しには怒りも憎しみもない。
ただひたすらに、
――澱んだ愛情と、執着だけが滲んでいた。
「朧。君とは、ちゃんと話しておくべきだった。昔の僕は、そういうことが……できなかった。優しすぎたのかもしれないね?」
「今のお前は、優しさを語る資格はない。」
朧の声は低く、
しかしはっきりと澪の前に立つ意思を
示していた。
「澪に触れるな。お前はもう、彼女にとって“敵”なんだ。」
零禍は目を伏せ、わずかに笑った。
「それを決めるのは、君じゃない。――澪だ!」
次の瞬間。
大気がひしゃげ、零禍が駆けた。
朧もまた、紙垂を散らして空間を跳躍する。
二つの力が交差した瞬間、
目には見えない衝撃波が境内を駆け抜けた。
地が裂け、結界の柱が揺れる。
古い封印の文字が、淡く赤く滲み始める。
(ダメ……このままだと…!!)
澪は朧の背を見つめながら、
胸の奥で叫んでいた。
ここで“零禍”を止めなければ、でも――
(優李は、まだ……そこにいる……!)
彼女は叫んだ。
「優李!!私の声、聞こえてるでしょ!!」
零禍の動きが、一瞬だけ止まった。
「優李!!あなたが……あなたが私にくれた優しさを、私は覚えてる!!」
「だから――返してよ……!!」
その言葉に、
零禍の瞳の奥がかすかに揺れた。
朧が構えを変えたその瞬間。
零禍の身体の奥、ほんの一瞬だけ――
優李の声が、内側から零禍に問いかけた。
『……澪、の……声……?』
『僕は……誰だ……?』
零禍の手がわずかに震える。
(届いてる……!!)
澪は胸を締めつけながらも、
必死に言葉を重ねる。
「優李! あなたは、あなた自身だよ!!
あなたがいなかったら、私は……今ここにいない!!」
零禍が呻くように顔を歪め、胸を押さえる。
「……うるさい…うるさい…!!!」
「どうして……僕を、また“消そう”とするんだ……!!!!」
その姿に、澪は苦しそうに目を伏せた。
「私は、消したくなんてない。
ただ、あなたに――戻ってほしいの!」
それは、
零禍にとって最も残酷な言葉だった。
「戻る場所なんて、もう……どこにも、ないんだよ……!!!!」
その瞬間、零禍の力が爆発した。
封印の結界が軋み、境界にひびが入る。
だが――朧がその隙を突き、
結界符を零禍の額に叩きつけた。
「っ――!」
零禍が後方に吹き飛ぶ。
血のような黒い霧が、
その身体からこぼれる。
「もう一度言う。澪に触れるな。」
朧の声は冷たく、
だがどこか苦悩も滲ませていた。
零禍は地に手をついたまま、笑った。
「……君も、優しいよね。朧、」
「……ああ、やっぱり、あの頃の三人は、どこにもいないんだ。」
そう言って立ち上がる零禍の瞳に、
わずかに滲む“諦め”の色。
「でも、だからこそ――壊せる。
全部、終わらせられるんだよっ!」
彼の身体から、再び禍々しい気配が溢れた。
澪は、優李がそこにいると信じて、
祈るように目を閉じた。
(どうか――)
(あなたの声が、私に届きますように――)
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