第11話:決意と絆
春の夕暮れ。いつかの裏庭。思えば決闘同好会の活動を始めてから、リンチを辞めてから、一応の「友達」であってもどうしても会う機会が減ったな、とセレナは思う。
決闘で勝つための手段、それだけではなかったとしても、だ。そんな卑屈な理由ではなく、前向きに関係は分かれていく。新しい繋がり、置いていくもの。そういう区分けだ。
だとして彼女たちは合間見える。まだそれほど疎遠ではないし、これからも会うことはあるだろう、そう思っていても一度を大切にする。できる限りを尽くす。
「いくよ、モモ」
「うん、セレナちゃん」
一期一会とは、そういうことだ。
だん、と大地を踏み締める足音がする。先に駆け出したのはセレナ・デート。ツートンカラーの髪が跳ね、つまりは足元から跳躍する。モモの
これで少なくとも足は取られない。何度も連携を重ねた「味方」の技を、当たり前のように知っている。これぞ決闘。手の内を知っていても手は抜かないし、それを前提に戦う。もちろん恨みっこない。手加減もない。だから、間近に迫れていた。
「──
しかして吠えるはモモ・クラウロ。セレナの跳躍と同じタイミング、一手目は完全に同時。植物の成長を増幅促進するそれは、確かに地表から跳ねるセレナを直接縛るには遠いが……そんなことは織り込み済み、そういう行動を取ることも織り込み済み。
"二人で考えた対応策だ"。『狂咲き』は、モモの後背から伸びる巨大な一輪の花。瞬く間に成長し、棘持つ茎は腕のようにしなる。エーテルを流し込むことによる植物操作。一人の巨人が如く、両手とこうべを持つ一輪を従える──これが『狂咲き』。
高い対応力を持つしもべを従える、あるいはヒビキの
これがぼくの全力。小細工なし、超えられるものなら超えてみろ。そう挑発するように、モモは『狂咲き』を構えたのだ。
(やっぱり、そう来るか)
……真っ向からの力勝負、これがセレナが最も不得意とするものだ。
セレナには、自らの戦闘に使える
「『狂咲き蓮華』!!」
「……くっ!」
モモの合図で、まるで捕食するかのように複数の幹がセレナの両手両足に向かう。狙ったことは、「かわせないこと」。一本一本の拘束力が減ってでも狙い撃ち、純然たる力勝負に持ち込むこと。決闘同好会で修行を重ねたセレナの瞬発力でも、これはかわせない。
一本が絡みつき、また一本、重ねて一本。セレナの四肢を拘束し、身体を大きく動かすだけの自由を与えない。こうなれば力任せに引き抜くか、
モモの知っているセレナなら、どちらもできない。これで詰み。それがわかっているから、モモはこの一手を選んだ。
「……見せてよ、セレナちゃん」
されど、モモが呟いたのは降伏の勧告ではない。一見完全に詰み、どうしようもない。目の前には四肢を拘束され微動だにしないセレナの姿。哀れな贄にも見えるその姿を、見据えながらモモは言う。
「ぼくを守れるくらい強いってところ! 見せてよ!」
決闘同好会。いまや危険を孕む同好会となったそれに、あのマギとヒビキと共に所属するのなら。自分たちのことを、守ると言ってくれたなら。
モモは思う。モモは信じる。自分の知るセレナは、根拠を示してくれる人物だ。できると言うならやってくれる、勝つと言うなら勝ってくれる。決闘同好会から引き留めることをやめた理由は、ヒビキやマギが強いからと言うより、
「当然、見せたげるよ!」
セレナが、「強い」人物だからだ。
殺し文句と共に、セレナの瞳にエーテルが宿る。『
この
でも、それは過去の話。今、逆に決闘がアンタッチャブルになろうとする中、セレナは戦うことを選ぶ。未来を変えることを選ぶ。変えるだけの力を、自らの中に持っている。
セレナの視線が「落ちる」。すとんと。しかししっかりと見据える。
「……何を」
「修行の成果だよ」
そう言って、セレナは「回転した」。絡まった幹が捩じ切れる音と共に。正確には右脚を上に振り上げ、遠心力で全身の植物を引きちぎった。
「なっ……!」
もちろん、そんな力がセレナにあったはずがない。エーテルの練り上げを上達させたのか? そうではないとモモは狼狽えながらも感じた。そういう挙動ではない、数段のギアを上げた身体能力で……セレナは中空からさらに跳躍した。
『狂咲き』を踏み台に、上へ。
モモを超えてゆく。
刹那。モモが見上げた先にあったのは、セレナの両脚。さらに跳躍した先で整えられた体勢は、一見歪。両脚のみがモモの方に向けられ、その他一切の動作を自由落下に任せる。
そしてその体勢の通り、「全エーテルを足元に集中させている」。これがセレナの新戦術であり、秘策。
「自身に
一つ。エーテルを集中する部位を視認しなければならない。これはつまり、戦闘中に相手から目を逸らす隙を見つけなければいけないこと、そして攻撃する際に狙いと攻撃に使用する部位を同時に視界に入れなければいけないことを意味する。
これを両立するためにセレナが編み出したのが、足技の発展。足は長く、視界に入れやすい。そして身体の部位として、腕よりも先の目線に捉えることができる距離感を持つ。何より一部位に絞った時、移動と攻撃をある程度ここだけで行える。
ヒントはもちろん、幾多重ねた模擬決闘でのマギの身のこなしだ。その視線と動きの連動を対面という最も近い場所で見て、セレナなりに編み出した。
そして二つ。完全に動きをイメージできないと、セレナの足はエーテルの負担で骨折する。
"それがどうした"。
無謀という意味ではない。ただ、自分の動きはもう完全にイメージできる。それだけの戦闘を、決闘同好会で重ねたから。
そして、上空。数秒の間に両脚を二本ぴったりと揃え、視界に自らの足と狙うべき好敵手、モモの姿を同時に入れる。落ちる姿は、すなわちドロップキックである。
「『狂咲き大輪』!!」
モモの最後の抵抗。背後の花を自身に絡み付かせ、さながら外骨格による身体の強化を行う。肉体強化には肉体強化、正面衝突で超えてみろ。
その宣戦布告を、セレナは落ちながら受け取った。空気を蹴っての加速から、落ちる体勢になってからも足元にさらにエーテルを集中させる。すべて足で行い、強化した脚力を存分に使いこなす。
これが、セレナの新しい戦い方。
(……強くなったね、セレナちゃん)
一本の強靭な槍と化したセレナの足は、身を纏う花ごとモモを吹き飛ばした。生半可なものではないその鎧を、貫くように突き崩した。全力を賭けたぶつかり合い、それに見合う衝撃が全身に伝わる。しかして守りと攻め、その衝撃を喰らうのはやはり、モモの方。
「頑張って。ぼくたちのこと、守ってね!」
笑って、モモは敗北した。
※
「なるほど。それで手ぶらで帰ってきたと」
そして場所は変わって、同好会活動室。一連の流れを聞いてはあ、と息を吐くのは、ヒビキ・アルケイデア。
「……怒ってますか?」
そしてその部屋の中、報告と共に怯えるのはセレナ・デートである。張り切り勇んで出て行ったものの、勧誘は失敗。それどころか決闘同好会を取り巻く不穏なイメージの話をする羽目になってしまった。
侵入者との関わり、決闘への忌避。それが何か解決したわけではない。むしろそれに納得したような形になってしまう。
しかし、ヒビキは当然のように言ってのけた。
「問題ありません。むしろはっきりしたと言ってもいいわ」
この問題に対する唯一の解決策。
「決闘同好会の総力を挙げて、あの仮面の少女を捕まえましょう」
「ヒビキさん……!」
セレナの顔がぱあっと明るくなる。その結論は、セレナ自身も出していたものだ。とはいえ何より心強い味方がいることに越したことはないし、ヒビキとマギより決闘が強い人間は知らない。
そう、大前提として、勝てると思っていなければこの案は通らない。不審者の返り討ち。それができる、とセレナは信じていたし、ヒビキには自負があるようだ。信頼に対し返答があれば、その繋がりはより強固になる。
そして、もう一人。
「いいわね? マギ」
「はい。私はヒビキ様のメイドですので」
言うに及ばず。
こうして、決闘同好会は一つの団結を見せる。決闘同好会の更なる発展のため、学院を守るため。そして、闘うため。内心は三者三様、されど団結する。
しかし、彼女たちの中には疑念が残る。侵入者の思惑についてだ。ヒビキの中では、あれは学院に危害を与えるのは大前提である。しかし一方で、学院内部への侵入と、学院中枢の操作も行っている。
何より、クオンに入ったものはクオンを害する思想を持てないはずなのだ。単なる害意というものはあり得ないはず。そして、学院の関係者を示唆する言動と行動に、「示唆した意味」。数々の思惑と、行動の理由。それが読めないことと、読ませようとしていること。
つまり、あれはもう一度現れるという確信がある。「捕まえる」と言ったのは、ヒビキの場合はそういう思考の元。
これだけではないのだ、懸念は。そもそも決闘同好会は、マギに目的を与えるためにも設立している。彼女は命令を求めているが、目的がない。そのための健全な交流と、「決闘の健全化」。その大前提から徐々に外れつつあることについて、不安要素はある。
というのも、侵入者の排除はヒビキとセレナにとっては必要に駆られてだが、マギにとってはそうではない気がしたのだ。根拠は、彼女の学院への帰属意識がまだ備わっていないこと。その状況で戦闘という非日常に身を投じることは、おそらくあまり好ましくない。彼女にとっての「普通」が、きちんと形成されないかもしれないから。
マギについてのケアは、常に念頭に置いている。ヒビキの中では、侵入者と同程度にマギを危険視しているから。信頼していないという意味ではない。なし崩しではあるが一緒に過ごし続けて、信頼はしている。
だからこそ危うい。
この事態を収束させ、正しい学校生活を生徒全員に取り戻す。その全員には、自分たちも含まれている。
ヒビキにとって、それは当然のことだった。
それでも舞台は巡る。事態は起きる。
次の事態は、「新入生オリエンテーション」でのことだった。
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