第10話:青い春の
謎の仮面を被った少女、アラメヤによるクオン中枢の襲撃。それをヒビキたち決闘同好会がなんとか退け、しかして目的は知れぬまま。
数日後の放課後、同好会が占める空き教室でヒビキ・アルケイデアは考え続けていた。もちろん不審者侵入の真意……もあるが、徐々にそれより大きな問題として浮上してきたのは決闘同好会の拡大である。ヒビキにとって決闘同好会は自らの理念の実現に繋がるものであり、であればその拡大は学生としての時間を概ねすべて捧げるべきと言っても過言ではない。
決闘における「研鑽」の実現。それにより、従来の決闘至上主義は崩壊する。決闘への認識が、才によるものから鍛えられるものに変わる。人の意志に変わる。
それを何度も噛み締め、とても良い標語だと何度も思い至り、
(……人が来ない)
不思議だ。不可思議だ。同好会が何やらの不審者を撃退したことは、学院中に通達されているはずだ(そうお願いした)。それにそもそも学院内での地位向上のためそんな機密を扱わせてもらったのであって、このままでは働き損である。
学院の生徒にとって一大派閥となり、決闘に悩みを抱える生徒の受け皿となり……クオン校則第一条の事実上の掌握に至る。
そのはずだが設立以降、ただの一人も新たなる入会希望者は現れない。張り紙もしてある。十箇所に張ったのを毎日確認している。しかしである。
「考えなさい。皆の者」
「ご用命とあらば」
「アタシは決闘の練習ができればそれで……って、ダメですかね」
しかして、一向に希望は見えない。というわけで緊急招集をかけてはみた。あれ以降も絶賛活動に励んでくれている同好会員諸君、マギセレナの二名である。若干の投げやりさが混じる「考えなさい」だが、その表情は真剣そのもの。だからこそ……口を開きづらい。そういう分析を密かに行い、それは同好会の加入希望についても同様だと考えるのが、
(そりゃ決まってんじゃん、こんなの)
心の中でのため息が板についた、すっかり常識人担当のセレナ・デートである。彼女に言わせれば、こんなのは簡単な問題だ。わからないのは常識はずれのマギと、常識の違うヒビキくらい。だがそれが大多数なので救いようがない。
そしてそれこそが、問題の根本である。
敷居が高い。志が高い。嫌味でなく場違いである。仮に決闘同好会の広告を見かけた人間がいるとして、そのメンバーや活動内容に触れるほどに萎縮する。
決闘の研鑽というお題目は悪くない、アタシも魅力的だと思う。だけど対外的に見て……やっぱりこの人たちは天上に過ぎる。おまけに先の事件で学院中枢に侵入した不審者を撃退したという事実が、「箔」になってしまっている。
セレナにとって、懸念は二つ。先に述べた二つの、決闘同好会の敷居の高さ。そして、その裏側にあるものこそ、この同好会の魅力である、ということ。それだけ雲の上にいるような人々の鍛え上げられた道程、理屈。そして頻繁に見る人間的うっかり。そういったものを幾度も目にして、セレナから
強さには理屈がある。実績には工夫がある。足りないものは数え切れないけれど、足りないだけでいつか届きうる。そう、「同じ人間」だと思わせるだけの場。代表クラスの生徒たちが切磋琢磨、時に腑抜けて支え合えて、そういう状況にあると理解する。みんな、同じ生徒である。それがセレナ・デートにとっての決闘同好会。
大きく分け隔てなく包む円卓なら、人数は大いに越したことはない。
「……あの」
「何かしら、セレナさん」
というわけでセレナは、おずおずと口を開いた。控えめに、しかし自発的に。居心地のいい同好会を目指すというセレナの目標は、ヒビキたちが完璧すぎるが故の欠点を指摘するに等しい。自分如きがなんの分際で、そう思う節もまだ根強い。
さりとてまず必要なのは、そんな気持ちを跳ね除けることだ。
「アタシに、勧誘を任せてくれませんか!」
そう、言った。
決闘同好会は、己にとっても必要だ。先の協力戦闘で、セレナの中にも新たな自意識が芽生えていた。敵と味方の穴を見つけ、埋めつ暴くのが戦闘の常道。なればそれは運営においても等しい。この二人にできないことだから、自分がやる意味がある。
そういうことだ。
荷物をまとめ走って出ていく。外に出るためではなく、内に引き込むため。
こういう時に頼るのは、友達だ。
※
「……というわけなんだけど」
「……セレナちゃん難しい説明できるようになったね!」
「モモ! 頭から抜けてたでしょ!」
校舎裏。セレナが呼び出したのは、かつて集団狩りを行っていたメンバーの一人、モモ。思わず溢れるあくびを見逃さないセレナ。マギに一蹴されて以来ルール違反スレスレのリンチ行為はやらない、と決めた一行のうち二人だが、そこには大きな差があった。
まず彼女たちの集団狩りは、決闘至上主義において得点を得るための策であった。本来勝てないほどの格上を数で圧倒し、下剋上すれば得点が加算されるシステムを悪用して高得点を得る。
そこに連なるメンバーが共通して持っていたのは、自らの脆弱な
そこまでは一致している。なにしろ友達。だから、そう、差があるとすれば、
「決闘同好会って結局なんなの?」
「なんなのって、そりゃ」
「いや、責めてるわけじゃなくて。決闘の練習とか、そういうのはぼくも賛成。……なんだけど」
「だけど?」
「……ずばり、怪しくない!?」
びしい、と指を指すは対面のセレナの友人、モモ・クラウロ。先の決闘で
リンチをやめ、集まりのリーダーたるセレナが決闘同好会で少し疎遠になっても、その期間一番会うようにしていたのは彼女だった。そしてセレナの昨今の苦労を聞き……思うところはあった。
「すごくてやばいメンバー! それにあの不審者を退治したって話! 噂! ……ただことじゃなさすぎる」
「それはまあ、でもたまたまというか、案外」
「毒されてるんじゃないかなあ!?」
実は彼女、セレナのことをずっと心配していたのだ。妙な同好会に巻き込まれ、その先で妙な事件に巻き込まれ。そしてその同好会の異常さに……染まってしまわないか、と。これは事実を大いに含むのはもちろんである。
決闘同好会唯一の常識人枠のセレナであっても、マギとヒビキの周囲にいる以上影響を受けることは避けられない。超人奇人、それを判断基準にしてしまうこと、あまりに強い刺激に麻痺してしまうことは、否応のない事実である。
まさにそれをモモは懸念する。別に悪い人だとか裏があるとかまでは思っていないが、何かしら厄介ごとを引き受けやすいタチな気がする。
端的に言えば、
「……その時会った女の子って、また決闘同好会を狙ってくるかもしれないじゃん。危険だよ、それは……」
先の事件の、次の事件。この学院全体に、理性的に決闘同好会を避ける理由があるとすれば、それだった。
「強制決闘」。それは特にセンセーショナルに学院内を駆け巡るワードであった。詳細は不明だが、侵入者が仕掛けた「逃げられない戦闘」。学院の決闘システムを侵犯して、対象へ同意なく決闘を仕掛ける「契約解釈」の一端である……とは、対峙したヒビキの分析によるものである。
「成績ではないものを賭ける」「合意ではない決闘」。そういう見立て。いずれも謎の仮面アラメヤの発言と、それによって全身を迸るエーテルの流れを感じてのものである。後者、すなわち決闘という大規模契約を実行する際のエーテル流の動きはマギの証言を密かに裏打ちとして、ヒビキは一連の事案を学院の生徒を特に対象とした事件であると推理し、報告した。
「危ないよ。やめよう、セレナちゃん」
「……モモ」
故に、いまや決闘は少なからず忌避されている。元々学院内で成績の大きなウエイトを占めるというだけで、積極的に点を取ることができるのは一部の優れた
しかし、それで「好戦的」だと認識されて、命がかかってしまうとしたら? モモの懸念は、侵入者のターゲット。次なるターゲット。それはまたどこかに罠を張っているかもしれないし、いよいよあちらから襲ってくるかもしれない。
なら、目立つべきではないのではないか、と。将来のために決闘をしなければいけないけれど、命までは惜しい。それは当然の帰結。だから、決闘そのものに消極的になる……そういう空気がうっすらとクオンの生徒には漂い始めていた。点数の停滞、緩やかなりしクオンの麻痺である。
つまり。セレナはようやく合点する。決闘同好会に対する「近寄りがたい雰囲気」の根本には、先の事件との因縁という、具体的なイメージがあった。決闘に積極的であること、仕事を引き受けること、どちらも事件への巻き込まれを想起する。
何より唯一、直接戦闘した生徒だ。侵入者の少女に顔を覚えられているかもしれない。周りにいたら狙われるかもしれない。そういうことであると、セレナは理解した。
だけど、されど、けれど、でも。
いくつも脳裏に浮かぶのは、退かないための理由たち。今更辞められないとか、そういうダサい理由もあるだろうけど。だとしてセレナは口を開く。親愛なる友人に向かって。
「ありがとね、割と勇気出してアタシに会ってくれたんじゃん」
「……え?」
「怖かったでしょ、アタシと一緒にいて襲われたらって」
「そっ、それは」
「当たり前でしょ。アタシら、負けるの怖かったもんね」
口籠るモモに、セレナは優しく促す。瞳をじっと見つめて、過去を想起させる。決して綺麗なばかりではない、集団戦という過ちに出た理由を。
負けるのが嫌だった。負けるのが怖かった。それで人生が決まるのが辛かった。運命というものが冷たくて、やっぱり怖かった。
だから立ち向かおうとしたのだ。不良だろうと、卑怯だろうと。負けられない、そう言った。そんなセレナの手を最初に取ったのが、モモだった。そういう過去。
「負けるのは怖い、死ぬのはもっと怖い。人生かかってる学校ってのが、そもそも怖い。……そーだよね」
だから、セレナは何度も噛み締めた。同好会に入ってからも。過去を。現在も。怖いもの、嫌なもの、逃げたいもの、生きている限り逃げられないもの。
立ち向かうしかないもの。それが将来。決闘。
「勝たなきゃいけない。どんな手段を使っても」
「うん」
「だからアタシは、強くなることにしたんだよ」
「その結果、どうなるかわからないのに?」
「わからないから頑張るの」
「死んじゃうかも」
「そんなに心配はしてないかな、それは」
どうして、そうモモが叫ぶ前に、間髪を入れずセレナは答える。
「あの二人がいるからだよ」
仲間のことを信頼しているからだ、と。その声音が、頼れるリーダーだったセレナと寸分違わないものに聞こえた。決していい方法ではなかったけれど、あそこで繋いだ友情は本物だから。その声が友への愛に溢れていると、もちろんモモなら判断がつく。
しばしの静寂。ほっと息を吐き、沈黙を破ったのはセレナからだった。
「これは、勧誘は失敗かな」
「……ぼくのこと、守ってくれるんだ」
「友達ってそういうものだよ? モモもあの時、守ってくれた」
「あの時って」
「マギに襲われた時」
「……ああ。本当はこっちが襲った側だけどね」
「それはそうかも。でもさ、守るよ。守る側になるんだ。学院を」
そう告げるセレナの瞳は、誇りの炎に燃えていた。なるほど確かにあの二人に影響されているに違いない、そう自認する。何事も前向き、何事も諦めない。そんな癖がいっとう酷くされた気がする。
学院を守る。そう、学院を守るしかない。決闘同好会を阻む障壁は、例の侵入者案件だとはっきりしたわけでもある。であればそれが落ち着くか……再度の襲撃を退け続け、あの侵入者を捕まえるか。目指すは事態の収束。自発的能動的解決。消極的反抗ではなく、正々堂々正面から立ち向かう。そうヒビキに告げるべきだと、セレナは結論づけた。
これでも頭は回る方だ。それが同好会の新メンバー勧誘のためでもあり、学院のためでもあり、同好会が大きな立場を得るためでもある。ヒビキの権威主義的な目論見も、セレナなりに勘付いている。概ねまとめ、これでいい。
学院。そこにいる親友を守るため。成果はないが、前進した。彼女なりの戦う理由についても。
それでも落着について、一つだけ誤算があるとするならば。帰路に着こうとするセレナを、モモが呼び止める。
「セレナちゃん」
「……何かな」
「……クオン校則第一条。ぼく、モモ・クラウロは、セレナ・デートに決闘を申し込む」
「うん。やろう」
「守れるくらい強いってところ、見せてよ」
それくらいだ。
日は翳る。夕陽に近づく。茜色に染まる空の中、なんの変哲もない決闘が始まった。
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