第9話:あまねくは決闘がため
「
目の前には巨大な防衛機構。その最大の武器たる尾のようにしなる機械の腕を前にして、ヒビキ・アルケイデアは手札を切る。召還できるのは一度にひとつ、そしてこの暴走する機械に対して彼女たちが取るべきは、破壊ではなく鎮圧。クオンの中枢を、正常化させなければならない。
「おいでなさい、
しめやかにヒビキはつぶやいた。相手は巨大。守られているのは心臓部。であればひとまず組み合いで封じる。必要なのは、相手と同程度のサイズの駒。大きさの利を潰す。
「マギ、セレナ、行きますわよ」
そう告げ、巨大なゴーレム……彼女の愛用する青銅魔神を呼び出す。防衛機構は、こちらから手出ししなければ動かないようだ。とはいえ手出ししなければ心臓部の正常化は行えない。なれば大胆に……そういう心づもりで切られる一手。
相手が人間でなくとも、戦闘の駆け引きの原則は変わらない。行動を押し付ければ、盤面はコントロールできる。たとえ、味方が複数人いても、だ。
「合わせて」
そう虚空に呟くヒビキ。独り言のように、誰にでもなく、されど確かに戦場に響く。彼女が操る魔神は、それと同時に攻撃を開始している。巨大な右腕でゆっくりと、中枢に向けて拳を振り翳す。
当然防衛システムは反応する。エーテル流の基盤としての機能を戦闘に転用し、擬似的なセンサーを張っている。攻撃を察知し、対抗すべく機械腕をしならせる。複数の節を持つそれは、奇怪かつ弾けるような音を弾き鳴らしながら、「槍」の形に変貌する。
狙うはゴーレムの右腕。青銅の拳に対して真っ向から立ち向かい、粉砕するべく相克する。
速い。ヒビキはそう思った。反射神経というものが機械に適用できる言葉ならば、それはまさしく人ならざる領域の反応速度。構えを必要とせず、一瞬にして攻撃体制に入り、そのまま迷わず突撃する。索敵の漏れを気にして迷うことがないのは、機械特有の強さである。
──そのことは当然、予測していた。
「では、参ります」
このタイミングで防衛機構の索敵範囲外から飛び込むのは、白黒の少女マギ。手には何も持たない。エーテルセンサーのギリギリをその目で見極め、控えて……ゴーレムへの攻撃が確定した瞬間に二の撃を飛ばす。ヒビキの「合わせて」は、確かに届いていた。
(
(ありがとうございます。セレナ様、こちらへ)
そして、今必要なのは機械に負けない速度。セレナの
「三秒保たせる! エーテルが集中しているところがこいつの心臓よ!」
防衛機構の「槍」をゴーレムで受け止め、その右腕にはみるみるヒビが入る。されど、問題はない。リミットまで持ち堪えればいい、それがヒビキの作戦であり、マギへのオーダー。「今のうちに狙え」だ。
「了解いたしました」
マギにはエーテルの流れが見える。故に、鋼鉄に包まれた機械の伝達系統……構造が見える。それが集中して収束する一点も、見える。そこが心臓部。クオンのエーテル中枢を破壊するためのターゲットである。
今防衛機構にとっての最大的脅威は、機械腕を突き刺した
ここまでが一手。ヒビキが仕掛け信頼した、決闘同好会の戦法、応用と協力による連携戦闘である。
「見えた」
マギが呟く。
(来たよ! マギ!)
「はい。タイミングを合わせます」
──そこに飛び込んでくるのは、ゴーレムを薙ぎ払って展開される機械腕の更なる変形。完全な破壊ではなく、「弾き飛ばす」ことを選ぶ防衛機構の変容。すなわち、「棍」である。幾重にも重なる節をすべて半分割し、多方面を同時に制圧せんとする図形範囲攻撃。細かく分かれた質量が、飛び飛びかつ互い違いにマギと
読み通りだ。当然の如くマギは、「タイミングを合わせる」。相手の質量が、一つ一つが小さくなる瞬間を狙っていた。これが真の狙い。セレナの能力があれば、背後のそれを推し量らずとも機械腕の変形に合わせられる。
なぜなら、変形ならこちらの方が速いから。
ナイフを手元で一回転、両手で握り締め……
「では、そのように」
そう言って、マギは巨鎚を上薙いだ。天井に叩きつけられた金属の塊が、硬く耳障りな衝突音を鳴らす。
それが合図。そのように、とマギは伝えた。そう、この工程を以て、「防衛機構」の無力化に成功している。無論一時的なものだが、先ほどまでのように中枢を直接物理的に破壊するのではなく、機械腕の部分だけを仕留められている。
……故に。
「──天が貫く極限が雷霆!」
ゴーレムの役目は一寸前に終わっていた。すなわちヒビキは、既に新たなる魔法陣を展開している。本命の本命、現状のベストと言える解決策は──破壊ではなく正常化だ。
「電気信号を撃ち込む」。ショック療法による解決という当初のプランをこの程度のことで捨てるほど、ヒビキ・アルケイデアの諦めは良くない。
「狙いを澄ませて。……
……かくして、事態は鎮圧に至る。決闘同好会最初の仕事は、更なる異変を予感させるものだった。ヒビキ・アルケイデアはこの事案について学院事務に報告し……一つの忠言を残す。
我々が遭遇した仮面の少女は、学院の関係者かもしれない、と。
根拠は二つだ。学院のエーテル中枢を弄ることができたこと。
そして、「決闘」のルールに介入していたこと。決闘は学院の人間に敷かれる始まりの魔女の契約であり、それを延長はできても逸脱はできない。
「強制決闘」。すなわちこれは決闘同好会と同じく、契約解釈による決闘の拡大なのである。論拠や他人を巻き込む方法論は不明だが、決闘と契約の仕組みに則っていることは間違いない。
それが確かに命を狙って行われたことを伝えるも、実態は掴めない。学院内に「厳重注意」の知らせが為されるも、あの日の目的は不明のままだった。
アラメヤと名乗る少女の目的。
そして、クオンにこれから迫る危機について。
※
某刻、某所。暗寧。
「で、あれは結局何がしたかったの? アラメヤ」
ショートカットのブロンドヘアが、その赤い瞳で黒髪黒ずくめの少女アラメヤを睨む。やれやれ、と言った態度を隠さない。独断専行というにはちゃんと言われたことをやってくるのだが、アラメヤは少々アドリブとでもいうべき動きが多すぎる。
何も明かさず怪我もせず帰ってきたとはいえ、戦闘は防衛機構に任せれば良かったはずだ。
「『証明』はできる。でも見届けたいものがある。そういうことなんだよ、ウツルコ」
「よくわかんないね」
そう、「証明」。それが我々の目的。いわば烙印の押し付け。完璧かつ強固かつ不動に思える始まりの魔女の契約には、穴がある。クオンを支える大魔法には。
「はいはーい! じゃあ次はー、イソニレちゃんが行きたいかも〜!!」
2人の会話のさらに奥から、甲高い声音が大きく響き渡る。アラメヤとウツルコの二人は思わず仮面を押さえる。瞳孔の奥の紋様まで歪んだように見えた。
「……できる? 次こそ直接戦闘っていうか、お披露目なんだけど」
「あーウツルコってば心配性! そもそも人手不足なんだから誰かやるしかないじゃんね!」
「一理あるね」
「あんたに任せてヒヤリとしたから不安なんだけどこっちは……」
鮮烈なビビッドピンクの髪をツインテールにまとめたイソレニと名乗る少女。その姿は可愛らしくカラフルでガーリィな、ハートを基調としたあしらいを為され、目立たない薄茶のポロシャツのウツルコと黒でまとめたアラメヤ二人まとめても派手さで負けてしまうだろう。
そのアグレッシブな装いから繰り出されるアグレッシブな申し出は、アラメヤとイソレニ優勢の2:1で可決される。次なる作戦。彼女達の道理、目的。
「時間と場所は決まってる。時間割によるからね」
「ふむふむ、いつどこー?」
「『新入生オリエンテーション』」
イソレニの問い。次なるターゲットについて、ウツルコはそう答えた。
「私たちの新学期開始とでも言おうかな」
気怠げな態度のプラチナブロンドが、蛇のように赤い目を竦めた。
もちろん用意はする。様々あるけれど、何より戦闘。
我らは、決闘を嗜むのだから。
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