第8話:一人より二人、二人より三人
ワンショット。繰り出されたアラメヤの全身の勢いを乗せた一撃は弾丸であり、「着弾」する。ナイフづてに今まで感じたことのない衝撃がマギの全身を奔る。影を置き去りにする高速。振り下ろされた足の重さ。受け止めた足元には軽々とヒビが入り、瓦礫が宙を舞う。
「参ります」
──その瓦礫を、マギは逆手、アラメヤの踵を受け止めたのとは別の手のナイフで弾く。小石の礫。壊さず散らさず、掬うように……相対す少女アラメヤの腹部目掛けて打撃を飛ばす。いつも通りに隙のない、攻撃された瞬間に反応する瞬発力。
しかし、対する仮面もまた人並外れた瞬発力で、雨霰の石礫をかわす。正確には「飛ぶ」。足蹴にしたマギのナイフを踏み台に転換し、跳躍を超えて飛翔の如く。上へと飛ぶ。しかして空中で無防備にはならない。
そのまま天井まで到達し、足場を確保。そしてもう一度、
「……これは耐えるかな」
ショット。二度目のかかと落としは垂直軌道ゆえにさらに重く、深い。さしものマギもこれは両手で受け止める。さらに足元は割れる。捕まえる余裕はない。
「なら逃げよう。ヒットアンドアウェイと行こうか」
そう言ったアラメヤは三度跳躍し、中枢装置の手前に戻る。自分の筋肉を火薬に、相手への手応えを引き金に、躰を撃ち続ける。そうして最奥に舞い戻り、ゆらり、ゆらめく炎の如く立ち尽くす。瞬刻のやりとりののち、次の一撃を狙うファーストポジションに「再装填」。
音速の攻防。間近で捉えたヒビキとセレナは理解した。このアラメヤという少女、マギと互角の速度で闘える。ならば自分たちが介入するには一筋縄ではいかない。速度、膂力。その点において学院内でマギの右に出るものはおらず、故に互角たるこの少女の正体は知れない。
わかることがあるとすれば、1対1では埒があかないということだ。自分たちでは追いつけないが、介入せずして勝利はない。相手は手練れだ。
で、あるならば。
「一瞬隙を作りますわ。その間に、セレナさん」
「は、はい!」
「よろしく。マギ、下がりなさい──
ヒビキの選んだ択は、陽動。
「おやおやおやおや、すごく期待だ。しかし残念、そういう手品は手前で止めるに限るものだから!」
アラメヤの再びの跳躍。生きた凶弾。狙いはもちろんヒビキ。「ここでは」あくまで一人ずつにしか攻撃できないが、それなら
(……いや)
しかし、攻撃の矛先を変えたとて、魔法陣は止まらない。こちらの方が速いが故、近づけば近づくほどヒビキの攻撃は当たらなくなるのに。差し違える覚悟での
違う。アラメヤはそう思った。近づくヒビキの表情は、勝利に向けて微笑んでいる。あれはそんな、当てられるかもわからない分の悪い賭けを仕掛けている顔ではなく。
「──天が貫く極限が雷霆──」
「"中枢装置が狙いか"!!」
アラメヤの叫びに、詠唱中のヒビキは応えないが故に答える。それはエーテルの一つの変換の形。異界に溢れるエネルギーの衝動。すなわち雷。ヒビキが呼び出すのは、それに指向性を持たせる無機物──ある種の機械である。
「狙いを澄ませて。『
呼び出されるは遺物。人域を超えたオーバーテクノロジーによる精密奇怪なる銃口。其れ、名をレールガン。およそ30mmの超電磁砲は、アラメヤの後ろの中枢装置目掛けて放たれた。
ショック療法。人体の異常の大半は、体内エーテルの異常によるものであると言われている。それに適切な流れを上書きし、正常な状態に戻す。これがショック療法であり、王国、魔女における医療技術の基礎である。
ヒビキが行ったのはそれの応用にして、より簡素なもの。そもそも中枢装置は不審な人物によってエーテル流を乱されているからこその異常なのだから、解決したいなら強引に上書きすればいい。
マギとは違いヒビキにはエーテルを見ることはできないが、この学院の機械に使われているエーテルの濃度、速度、その他もろもろの詳細情報……については委細把握している。
「……それは困る!」
「でしょう? 誘き出すための罠とは言っていたけれど、それじゃそもそもの動機がない。何かしらもっと遠大な計画があってこそ、クオンに喧嘩を売ったのだ、中枢を弄るようなことをしたのだと思ってね」
だからまず狙ったのは、中枢装置。覚えているそのままの正常なエーテルというものをこの場で作り上げ、直接装置に向けて撃ち込めばいい。そこを正常化すればおそらく相手方の目的は挫けるし、そうでなくとも、あるいはそれ以上、「期待した動き」がそれ以上なら。
死角を突ける。
「──行くよ、マギ!」
「了解いたしました、セレナ様」
たん、とマギが小さく跳ねる音。ピアニッシモの端とは裏腹に、その跳躍は一帯に突風を巻き起こした。
セレナの
その動きは断続的かつ突発的、すなわち人間の限界を超えている。それを成立させているのはマギの超人的駆動能力と……セレナのイメージ。
セレナ・デートの
もちろんその限界は操られる相手によるが……肝心要の動作を作る工程、いわばこの想像力について、セレナの努力は一朝一夕のものではない。多人数を先導し脳内で同時に動かすことに比べたら、いくら超人でも一人の動きを思い描くことなど造作もない。
つい先ほどまで何度も間近で見たばかりのマギについてなら、なおさらだ。あとはそれを、より早回しかつより常識外れにすればいい。
「一手必殺万事必死……いやあ、」
自らを超える速度を叩き出し切先を向けるマギ。直進、直速、故に不可避の黒白。それに加えて同時刻に放たれる電磁砲撃。二箇所への同時攻撃、対処可能なのは一つだけ。迫られし選択に対し、黒一色の仮面が取るは、
「──『伸びろ』」
アラメヤの「声」に反応し、「機械」が駆動する。地下20階、学院の最奥にあるエーテル制御中枢装置……その「外殻」。それが、ヒビキが狙いを定めた的が、蠢く。くぐもった鉄の擦れる音。哭くが如く持ち上がる鋼の鎧。エーテルがその全身に流れ……中枢は異形として目覚める。一つの巨大な機械腕、その伸縮を以て。
「何っ!?」
さしものヒビキも狼狽する。ヒビキですら知らない事実、事象、状態……すなわち、中枢の構造及び裏コード。学院の機械すべてのマニュアルを読んでも、こんなものは書いていない。そして何より、
「何者なの、あなた!」
「アラメヤだ! 集中忘るる勿れ!」
学院の機密を意のままに操るこの人物は、本当にただの不審者なのか? そんな疑問は湧きつつ、戦況は転ずる。
ヒビキが中枢に向けて発射したのはあくまで電気信号……破壊を目的としたものではないし、何より本体に命中しなければ意味はない。しかしてそれを攻撃と捉え、もはや自律兵器と化した中枢装置……否、その防衛システムは長大な機械腕を一つ持つ。それは腕のようでもあり、尾のようでもある、一本一柱の動く壁。電磁砲を真正面から受け止め、当然それをものともしない。
「……マギ! アンタはそっちの女に集中!」
「わかっています、セレナ様」
されどこちらももう一撃。セレナが操り限界を超えたマギの切先が、アラメヤを襲う。中空で回転し、縦凪ぎに叩き切るように──。
「いいね。いいけど──殺したいなら首を狙わなきゃなあ!」
──狙いがわかりやすすぎる。アラメヤはそう言って、横っ飛びの姿勢から一回転。マギとぶつかる直前で、狙われていた箇所、すなわち背中の位置をずらす。これだけでかわせる。速度で負けていることは、もちろん負ける理由にはならない。立ち上がり立ち止まる形で、目前で必殺の一撃が空ぶられるのを目撃した。
セレナの
あのツートンカラーの少女がこの中で一段劣る。まだ十全ではない。ならそれが絡んだ攻撃も、モノが良くても技量が違う。そう判断しての見切り。動きが良くてもブラフがない。狙いは判断できる。あとはそこだけ当てなければいい。
そうして、アラメヤはマギとセレナの一刀両断をかわし。
「勢いが止まりましたね」
そう、マギが呟いた。
"先の攻撃の最中に、既に
正確にはナイフを持ち振りかぶり、全身を思いっきりに振りかぶったタイミング。そこまでやれば、あとは任せられる。
今、立ち尽くすアラメヤと、それに背を向け右手を振り切ったマギの構図が存在する。一見無防備、全力を出し切ったあと。しかしここから二撃目を放つため、コントロールはセレナからマギに戻された。一撃一撃に全力を込めつつ、攻撃を重ねるには──。
アンタならできるでしょ、そうセレナに託されたから、ここにこの態勢でいる。
「問題なく。あなたのオーダーは承りました、セレナ様」
──マギの背から、メイド服の後ろ側から、黒い柱が勢いよく突き出した。マギの
まったく予想できない二撃目。それを作られた隙に叩き込む。鈍く、轟く打撃音。
「……かっはっ……!」
アラメヤの細い身体が宙を舞い、弾き上げられる。これがマギとセレナの連携の真意。首を狙うべき? そうではない。
「首を狙っても仕留められないんだから、あとは仲間を信じないとじゃん!」
それは奇しくも、マギとセレナの先の決闘の再現かつリベンジ。
「……どうしました、セレナ様」
「ん? ああ、いや……モモたちに、久しぶりに会いに行かなきゃなあって。そういう宣言だよ」
教えてくれたのは、セレナにとっての仲間たちだ。マギも一応含めて。
アラメヤが地面に叩きつけられる音がする。土煙が舞う。下がって、と二人の前に立ったのはヒビキ。無論、
「降参しなさい。決闘なんでしょう、これは」
地に倒れ伏すアラメヤに対し、ヒビキはこの戦闘を再定義する。「強制」であれ、「決闘」だと。命の取り合いなどあってはならない。甘さではなく、それがクオンの誇りである。
決闘を取り巻くシステムと必須化、それには大いに問題があるだろう。しかし決闘そのものは、始まりの魔女が定めた流儀と伝統である。必要ではなくするとは、望む者のためにあるべきだということだ。強制とは真逆だが、根絶ではない。
「決闘同好会は、決闘に対する自由を重んじる」
生存権の剥奪など、あってはならないのだ。凛とした声で、ヒビキは言った。
それに対して、
「決闘同好会、かあ……」
アラメヤは、噛み締めるように独りごちる。漠然としていた対戦相手の実像を見つけていく。なるほど、それなら悪くはない。
これからも、だ。
「わかった。降参しよう。では」
「……って、ちょっと、待ちなさい!」
確かに与えた一撃もなんのその、アラメヤは跳び、飛び、中枢の配管の上に消える。
本当に、消えた。その気配の消失が完全なもの、物理的なものであることを、そのエーテルを目で追ったマギだけは認識できた……が、それどころではなかった。
"アラメヤは
多対一で、手加減して、当初の目的たる中枢を放棄する……その不可解さについて、ヒビキももちろん気づいていた。
「……ですが、それどころではなさそうですわね」
だが、そうなのだ、それどころではない。異常の原因を排除しても、異常は元に戻らない。
立ち塞がるのではなく、本来の目的がそこに鎮座する。鞭のようにしなる機械腕を振り翳し、臨戦態勢となる。
中枢防衛システム。人ならざる機械との戦闘。アラメヤの置き土産。気づけば帰り道のエレベーターはロックされ、いよいよ逃げ場はないらしい。
無論、ここに逃げるつもりの人間はいないのだが。
「さて、取り掛かりましょうか」
命なき意思を相手にして、ヒビキは魔法陣を展開した。
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