第4話:プレリュードの終わり

 魔法マギアの才を持って生まれた子供は、生まれながらにしてクオンへの入学が定められる。この王国を支える魔女となるために。それが始まりの魔女が記した契約の一つ。

 故にすべての魔女は、クオンによって運命を確定される。


「……ぼくたちで点数取るよ、セレナちゃん」

「わかってる!」


 だから闘う。闘わなければならない。「決闘」の成績は、アタシたちの将来を決める文字通りのスコアだ。

 セレナとモモは立ち向かう。埒外の戦闘者に向かって。

 目を向けた先は、既に駆け出している。先手を取るのは、やはりマギ。


「では」

 

 伸ばされる樹木の壁を切り払い、その蔦の行使者たるモモの方へ向かう。一目でわかるのは、彼女の魔法マギアが樹木の操作であること。あるいは植物に限らない成長促進、栄養供給。まあそんなところだと、彼女独自の視点でも判断できる。

 なら、本体を叩けばいい。秒針が一ミリも動かないうちに、それくらいの結論は出せた。セレナより優先して、モモを排除すれば良い。それで今度こそ詰み。

 ──そんなことはわかり切っている。


伝達コンタクト!!」


 モモの更に後ろ、セレナが叫ぶ。先ほどまで無言で行使されていた魔法マギアの、あえての有声宣言。しかも既に視界に膜を貼られ、封じられているはずの。

 ──ブラフだ。そんなことは、わかり切っている。その上でマギが行う並列思考。一切速度を落とさず、視線もよこさず、状況を予測のみで把握し切る。

 考えられるリスクは伝達コンタクトの発動条件。視線以外のトリガーが他にあるか、なんらかの方法で視界をこじ開けたか。わざわざ行使を宣言したのは、ブラフではなく別の発動条件を満たすためである可能性。

 先ほど、二人がかりで重ねられたラリアット。あれは首に炭素壁を回しても防御し切れる保証はなかった、だから足元を崩してかわす方を選んだ。

 ……なら、その供給を一人分に回したら? もちろん身に余る量のエーテルは身体を蝕むが、身に余るからこその火力を弾き出せるのが彼女、セレナの魔法マギア

 そこまで考えつつ、やはり速度を落とさず真正面から突撃する。

 狙いとして考えられるのは、想定すべきリスクは、この攻撃に対するクロスカウンター。何らかの手段で伝達コンタクトを再起動し、こちらの攻撃に合わせてモモが相打ち覚悟で持っていく。そうすれば。

 最後に立つのはセレナとなるから、「チーム」の勝利だ。


「なるほど」


 そこまで推測、計算、結論を出せない状況であってしても、


「それが、あなたたちの闘い方なのですね」


 "ブラフである可能性"が存在する限り、マギは攻撃の手を緩めない。

 本質的に計算するのは、リスクではなくリターンだ。

 赤い瞳が残光を引き、襲来する。右腕が引かれ、構えられる。自然かつ神速の所作。カウンターを狙うとして、それは既に通った道だ。"ヒビキの居合"と相対した経験が、躊躇なしの踏み込みを生む。

 こちらの方が速ければいい。

 そして、モモの手前、グッと踏み込み、


「『草結くさむすび』」


 マギの足元に、雑草の結び目がひっかかっていた。


「……なるほど」


 確かに、先ほどのセレナの伝達コンタクトはブラフだ。相変わらず彼女は自らの魔法マギアを使えないし、テレパスだってできない。

 でもそれは、チームワークが存在しない理由にはならない。即席でもいい、一から十まで伝わらなくてもいい。そう思って、味方に対して宣言されたブラフの魔法マギア

 モモが繰り出すだろう手から、目を逸らさせるため。

 『造花プランター』。モモの魔法マギア。単純明快、肥沃な地面があればそこから植物を生やすことができる。

 この僅かな時間でも、ほんの少しだけなら伸ばせる。伸ばして、結んで、即席のブービートラップを設置することができる。児戯に等しい、草結び。

 それだけ。自分の魔法マギアは戦闘に向かないだろう、もちろんセレナだって一人では闘えないだろう。それでも、それだけの理由で、女王を諦めるなんて。

 いや、どうしても女王になりたいとか、そんなことを思っているわけじゃない。


「これで、ぼくたちの、勝ちだあぁぁぁぁー!!」


 生まれつきでなれないと決まっているものがあるなんて、嫌だ。

 それが、セレナたちが闘う理由だ。

 エーテルを練り上げ、足を囚われたマギへ拳を振るい──。


「……私から、あなたたちに言えることがあるとすれば」


 今にも拳を向けられているマギの澄ました顔は、白い唇は、この期に及んで淡々と言葉を紡ぐ。


「"勝敗は、魔法マギアの性能だけで決まるものではありません"」


 ……そう言いながら、極小の動作で。

 モモの拳をかわし。斜め後ろ42度、少し身体を逸らし。足元が固定された状態で、最小限の身のこなしで、

 

「カウンター」


 宣言。ナイフを首筋に突きつける。逆王手である。

 カウンターを考慮して動いていたのだから、当然自分もカウンターを狙っている。リスクは許容した。その結果相手の術中に嵌った。何故か?

 "まだこちらが有利だから"。

 足元を取られた程度では、己が遅れを取るはずがないのだから。

 先に詰ませることを、真にリターンと呼ぶ。


「ぐっ、まだ……」

「……参った。アタシたちの負けだよ」

「セレナちゃん!?」

「徒党を組んでも戦略で負けてるなら、アタシらじゃあ勝てない。……そーいうことでしょ、言いたいのって」


 はあ、とため息を吐きつつ、なんとか目の周りの膜を剥がすセレナ。敗北を認める言葉は、静かに裏庭に響き渡り……儀式……此度の「決闘」の終了を告げる。


「はい。なにより」

「まだあるの」

「格闘能力が違いすぎます。そこは十全に、鍛錬のしようがあるかと」

「……バッサリ言うなあ」


 諦めない理由を付け足された。負けたのに。

 暫定この学院のトップに追いつくのはなかなかのことだとは思うが、まあ、確かに、そうなのだ。

 やりようはあるのだろう。アタシの運命は、足掻ける。


「その、リンチみたいなことしてごめんね」

「同意があれば、こういう形式でも問題ないのかと」

「その同意をアタシらは大体言いくるめて……って、アンタは違ったけども」

「はい。ですので、問題はないかと」

「……セレナちゃん、これはまだ勝てないね」


 モモもため息を吐く。なるほど、やはりこのマギという少女は伊達ではないらしい。戦略でもなく戦術でもなく、なにより胆力が違う。

 だから、追いつく余地はある。

 多分そういう話だと、彼女たちは思ったのだ。

 


 さて、そして舞台と時間は移り。


「……というわけで、お出迎えができませんでした。申し訳ございません、ヒビキ様」

「『お出迎えができませんでした』、ですか。その前に一ついいかしら?」

「はい。何なりと」


 夜。


「──なっっっっんであなたが"私の"家に入ってくるのかしら!!??????」


 叫び声の中心はアルケイデア家のお屋敷、すなわちヒビキ・アルケイデアが一人暮らす家であり、


「もちろん。私はヒビキ様のメイドですので」


 「今日から」、メイドのマギが住み込むことにもなる家である。二階建て、母親は出払っている、そうでなくても部屋は多すぎるくらいにある……とはいえ、


「これから私とあなたが一緒に住むってことかしら!?!? そう聞こえたのだけど!?!?」

「はい。そのように」


 当然ヒビキとしては寝耳に水、聞き捨てならない言葉であった。

 そもそもヒビキは一人暮らしを気に入っていたのだ。学校でも周りを寄せ付けないとはいえ、やはり視線を浴びる。それは苦手ではないが、唯一息抜きできるのはこの家だ。ふさわしい振る舞いとか、流石年度代表とか、そういうのを一旦忘れて、少々適当に生きてもいい場所。

 つまり、たとえば、


「ヒビキ様。居間に制服を脱ぎ散らかしてはいけません。クオンの誇りを背負う名誉ある制服だと他ならぬヒビキ様から」

「他人に見られるならこんなところで着替えかけでだらけてないですわよ!! 他人に見られるとわかっていたなら!!」


 少々目に毒、見ていられない。気が抜けてリラックス極まれり。

 そういう状況で居間(大広間と形容していいサイズである)でだらけていたら、突然玄関の鍵が開いたのがつい先ほどのこと。

 結局一日中、それどころかおそらくこれからも、「私のメイド」は着いてくるらしい。その事実にひたすら、大袈裟なくらい全身で、ヒビキはため息を吐いた。


「……とりあえず服着てくるから!」

「はい。制服はどうしましょうか」

「あとで自分で片付ける! あなたは自分のことをなさい!」

「ふむ。承知しました」


 そういう顛末だった。

 小一時間ののち、ヒビキは居間に戻ってくる。真ん中の円卓に座る。マギは立ったまま。


「反対側、座りなさい」

「いえ、私はメイドですので」

「じゃあ命令。座りなさい」

「それならば。何か御用でしょうか」

「もちろん」


 それを無理やりに座らせるヒビキ。もちろんと彼女が言う通り、話し合うべき要件があってのことだ。正確には、ヒビキから聞いておきたいこと、である。二人ぶんの生活音というには、マギの立てる音は何事につけても小さい。この状況においても、肩の力を抜いていない。


「今日を終えて、これだけは聞いておかないといけないと思ってね」


 故に、ヒビキからは問うことがある。


「あなた、何者なの」


 ──質問するのが遅れたのは、認めよう。根本的にありえない編入生というイレギュラーについて、その詳しい事情について踏み込むには、材料が足りないのは認めよう。

 だが、それは問い詰めない理由にはならない。確信的異変が目の前にあって、何よりここには「クオンの眼」がない。


「あなたのメイド。そういう意味ではないようですね」

「類稀なる戦闘センス、己の魔法マギアの応用力。それだけなら、百歩譲ってただただ優秀なイレギュラーとして認めるわ」

「はい」

「どこかからやってきて、その能力を見せてお母様やら学院やらと縁を作った。そういうこともあるでしょう」

「否定はしません」

「それでいい。その上で、」


「"あなたは普通の人間じゃない"」


 青い視線が、マギを刺す。先の戦闘、そしてそのあとの戦闘。直接対決と俯瞰を重ねて、彼女の最大の異常に気づいた。


「"エーテルの流れが見えているでしょう、あなた"」


 第五元素エーテル。魔法マギアの源であり、人間の生命エネルギーの根幹であり、「普通の人間には感知できないもの」。それが見えていた。マギの一挙一動の僅かな違和感を捉えて、弾き出した結論はそれだ。相手の動きを読むどころか、魔法マギアの起こりが見えるのも、それが理由。

 ヒビキが問うたのは、マギの素性ではない。それはいい。それは十分に聞いたし見た。だからこそ問うのは、


「答えなさい。あなたは、何者なの」


 マギの、「正体」だ。

 クオンに入り込んだ「人間ではないもの」。しかももしかすると、クオンの上層部が自ずから絡んでいる。だとすれば国家転覆、そんな言葉も頭に浮かぶ。何よりそんな得体の知れないものを家に入れてしまったからには、私の命も危ういかも知れない。

 様々の思考がヒビキの頭を駆け巡る。まるで走馬灯のように。


「答えなさい! あなたは人間ではないなら、なんなの!」


 焦るように、問い。


 沈黙が流れた。


「……申し訳ありません」


 そして、マギは答えた。


「その命令には、お答えできません」


 初めて、拒否をした。彼女としては初めて、本当に申し訳なさそうな声音だった。答えられない。マギはただそう言い、


「……失礼します。少し、席を外してもいいでしょうか」

「……2階の奥の部屋、多分綺麗だから使っていいわよ」

「ありがとうございます」


 立ち上がって、去っていった。


「……なんなのよ、もう」


 悪いことをしたような気分だ。そうヒビキは思った。だが只者ではないのは確かだ。普通の人間ではないことについて、否定されなかったのだから。


(私の野望のためには、クオンの頂点にいなければならない。女王にならなければならない。だけど同時に──もしこの王国に異変があるのなら、排除しなければならないの)


 ヒビキの使命感。女王となるべく邁進する。クオンの生徒としての誇り、王国に生まれたことの幸せを感じること。アルケイデア家の人間は、代々優秀な魔女としてこの国の力になってきた。

 だが、ヒビキの夢は、更に大きい。


「王国から、すべての争いを排除する」


「戦争も、決闘も、必要ない国にする」


 そのために、今は強くなる。もっとも強くなれば、女王になれば、新たな「契約」を作ることができるから。始まりの魔女のように、この国そのものに魔法マギアをかけるのだ。

 監視用ゴーレムで見た、マギの今日もう一つの決闘。……セレナ達のような人間がいることも、ヒビキは知っていた。弱くとも決闘するしかない、決闘とクオンに縛られた人々。この国の女王の要件は絶対かつ厳密だ。強くなければ成り立たない。だからそれをクオンで測っている。

 それだけが価値ではないのに。クオンに通うことは、競争で苦しむためではないはずなのに。クオンで学べることは、命の選択肢は、もっと広くて差がないものなのに。

 なのに、女王は絶対だ。絶対だからこそ、過去には戦争もあった。必ず女王の側が勝ち、国が滅びない内乱が。

 それになんの意味があるだろう。不満を切り捨てて生き延びる王国は本当に幸せだろうか。「王国のため」と育てられたヒビキが、「王国のため」に考えついた目標はそれだった。


 女王になること。


 完璧で、優しくて、力ではなく平和によって人を従える、女王になること。

 ……だから今までだって憧れの存在になってみせたじゃないか、そう一人ごちる。なんだか萎れていったあのメイドのせいで、私の野望も萎れそうだ。正体不明の存在が平和の妨げなんて、至極当然の話なのだが。

 その夜はあまり眠れなかった。



 その夜も一つも眠らなかった。何か考えているわけではない。今は闘いの中にいない。考えるものがない。いつでも闘えるようにだけしてある。戦闘の中でだけ、生きていると定義される。



 二人は闘いの両極にいる。平和と、戦闘。

 だからこれは、ヒビキとマギの決闘の話だ。

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