第3話:あるいは編入生への洗礼

「アンタがあれでしょ、さっきあのお嬢様に勝った編入生ってやつ」


 始まりはこうである。保健室を出てとりあえず校舎内を散策し始めたマギに、声をかける制服姿の少女。赤と黄色の派手なツートンカラーの髪の毛であった。


「何か御用でしょうか」

「そりゃもちろん、アタシもお手合わせしたいな〜って感じ? ほら決闘ってさ、対戦相手の点数が高いほど勝ち点がさあ」

「いいでしょう。では校庭に」


 決闘を持ちかけられ、断る理由もないので了承する。マギにとっては当然のことだが、会話相手の少女はその突拍子のなさに少し驚き(明らかに自分の話は聞いていないし)、「軌道修正」をかける。


「いやいや、決闘は校庭でやらなくてもいいんだよ。校舎外ならオッケー、今も多分どこでもやってると思うよ? クオンの敷地は広いからね」

「なるほど」


 「校庭でやらなくてもいい」。その言葉には引っかかる。逡巡し、つまりはどういうことか考えてみれば、


「様々な戦場を体験できる、ということですね」

「……そこ食いつくとこなんだ」


 やはり若干面食らいつつ、少女は告げた。もっと詭弁を捲し立てるつもりだったのだが。だがまあなんであれ、引き込めるならそれでいい。


「地図のここ。裏庭。ここでやらない?」


 ニヤリと笑った。

 そうして、




「5対1、ですか。決闘は1対1で行うものだと存していましたが」

「それは『記録』がそうなってればいいのよ。もちろん双方の同意がなければ始まらないけど……アタシたちから逃げる?」

「まさか。相手にとって不足はありませんので」


 舞台は敷地の外れ、裏庭へ移る。木々が茂り、足場は若干ぬかるんでいる。先ほどのツートンカラーの少女に連れられた先には、他に四人の気配。敵意。そういったものを、マギは鋭く感じ取った。俗に言うリンチ、誘い込みの罠である。


「これもここに馴染むと、その一環でしょう」

「……余裕だね〜……、それも特別編入生ってやつだから?」

「いえ。オーダーですので」

「……オーダー?」


 姿もはっきりとは見えない相手に囲まれつつ、あくまで通常運行。罠に嵌められたという素振りも、焦りも見せはしない。何故ならマギにとっては、既に遂行すべきオーダーがある。ヒビキから課せられた使命は、「この学院に馴染むこと」。


「主人の命です。クオンで起きたすべてのことに、私は動じずいなければなりません」


 クオンで学べることは、すべて糧にする。自分が注目を浴びるというのも、ヒビキが言っていた通り。

 なら、迷うことなどあり得ない。

 平静を極めて異常な態度に若干苛立ちながら、少女は声のトーンを落として、


「何それ、変なの」


 引きずり落としたいと、笑った。


「……クオン校則第一条。アタシ、セレナ・デートは、アンタ……マギに、決闘を申し込む」


 

 セレナによる決闘の申し込み、合図、宣言。クオンのテリトリーでこの宣言を行えば、決闘の開始が感知される。そういう仕組み。


「承りました」

 

 そして、マギは了承した。宣言、合意。この儀式的手続きを基に、この瞬間から決闘は開始され、


「──では、こちらから参ります」


 つまり"この瞬間"、既に戦闘は始まっている。

 泥が跳ね、マギの姿が消えた。向かうはセレナの方──ではなく、


「……うわうわうわ! き、来た!」

「まず一人」


 その奥、一本の木の上でセレナの命を待ち潜んでいた、グループの一人である。10メートルは離れたそこまで、跳んだ。右手にナイフを備え、顔から一直線。互いの目と鼻の先。身体的距離をゼロまで縮め、こうなれば既に構えている方だけが攻撃できる。

 ナイフは既に十分な可動域を保持している。

 いくらエーテルを纏わせたとて、生身で受けられる刃ではない。


「ちょっ、早っ」

「これにて」


 そして切先を向け、


「おっと、このままでは死んでしまいますね」


 軽い左張り手で「気絶」させ、ナイフは彼女が立っていた木を一刀両断するに至った。ばきばきと幹が割れる音と共に、まず一人。まあ多分、樹木の倒壊程度ならかすり傷で済むだろう。


「ちっ、編入生、アンタ……」

「殺せる手順は踏みますが、殺しは致しません。迂遠な分はハンデ、と言ったところでしょうか、セレナ様」

「何よ、舐めやがって!」

「ふむ。では、"セレナ様から落としても良い"と?」

「……っ、こいつっ……!?」


 「魔法マギアが見抜かれた」? まだ戦闘が始まってから、何もしていないように見えるはずなのに? 動揺を隠せないセレナだったが、やはり"魔法マギアを密かに起動する"。


(モモ、一旦退いて! マーヤとカーラははさみ撃ち、二人の腕に特化して「伝達コンタクト」する!)


 擬似的なテレパス。エーテルの遠隔付与、強化。戦闘においては司令塔と戦士の活性を担うことができるのが、セレナの魔法マギア、『伝達コンタクト』である。

 

(了解だよ!)

("あれ"、やっちゃうね〜!)


 マギの周囲斜め上、樹上で蠢く気配。セレナからの攻撃ではなく、すぐさま視界にはないそちらの警戒にあたる。ヒビキほどではないが、体内エーテルを奔らせた二人の身体能力は常人のそれを軽く凌駕する。その二人が翻弄を目的に、かつ同時に頭上を立体的に動く。


「ふむ。これではどうしても死角ができてしまいますね。こちらから仕掛けるのは分が悪い」


 狙われたマギはそうひとりごち、攻撃に対して待ちの体勢に入るが──、


(よし! 二人とも、今だ!)


 ──そうやって立ち止まらせることこそ、セレナの作戦。このチームの必勝パターン。


(アタシが"引っ張る"! 完璧に合わせるから、いつも通りぶちかますことだけ考えて!!)


 伝達コンタクトの真髄は、魔法マギア対象者の行動を、同意があれば操れること。すなわち遠隔操作。これにより、本来なら熟達した格闘センスと連携能力が必要なコンビネーション攻撃であっても、セレナの一存で合わせることができる。

 

(……完全に同時に飛び込んできた。ここまで完璧な挟撃が可能とは)


 否、これはただのはさみ撃ちではない。逃げ場をなくすだけではなく、前後同時に、「同じ場所」に攻撃を直撃させ、まるで躰を真っ二つに割るかのような処刑攻撃。

 古代の伝承では──「ツープラトン」と呼称される。

 ゼロ秒差の同時攻撃。いかなマギであっても、回避不能防御不能。狙うは文字通り、その首だ。

 マーヤの右腕とカーラの右腕が、伝達コンタクトの集中特化によって一つでも必殺の火力を帯びた腕が、二つまとめて──。


「……必殺!!」

「「クロス・ボンバー!!!!」」


 ──一対のコンビネーション・ラリアットが、マギの首筋に直撃した。多量のエーテルを纏った腕同士がぶつかり合い、軽いエーテル衝突を起こす。泥が飛び散り、誰もが思わず目を覆う。

 人体における急所の一つ、首。いくらエーテルで強化していようと、そこへの一撃、いや二撃同時攻撃は、直撃すれば誰であろうとひとたまりもない。

 ──本当に、直撃していれば。


「"置いておく"。ヒビキ様からまた一つ教わってしまいました」


 あの声が聞こえた。セレナは反射的につぶった目を擦り、泥を払おうとするも……取れない。


「置いておく。私が教わった、攻撃を待ち受ける場面での対処法です。今回は足元のぬかるみをかさ増ししておき、踏み抜いてバランスを崩しました。……おや、自身のバランス倒壊を戦略に組み込むのもヒビキ様仕込みとなりますね」


 ……先ほどのエーテル衝突で撒き散らされた泥の中には、「マギが自ら蹴り上げたもの」も混じっていた。足元に触れた空気中、および地中の炭素化合物を粉状の炭素に変換フォーマットし、攻撃の前にかわす機構を作っておく。あらかじめメイド服に仕込んでいるのとは違う、即席の立ち回り。マギが述べた通り、ヒビキから学んだやり方である。

 そして蹴り飛ばした炭素混じりの泥は、的確にセレナの目に向かい、膜のように変化して覆う。

 理由は明白。


「"その魔法マギア、おそらく対象を視界に入れることが発動条件でしょう"」


 セレナの魔法マギア伝達コンタクトの条件は二つ。対象の同意と、対象を視認していること。……そうでなければ、木々に隠れて攻撃する彼女らの戦法において、一人最前線で全景を見渡す必要がない。

 戦闘を通して魔法マギアの条件を把握する。クオンの決闘における基本を、マギは図らずも学んでいく。


「……では、参ります」


 また、声が聞こえる。相手の戦法の主軸を破壊し、王手をかけた。単騎の戦闘能力において、この場でマギに敵うものはいない。あのヒビキ・アルケイデアに勝ったのだから。

 ……既に挟撃を仕掛けた二人は仕留められており、もはや勝ち目は──。


「……待ったあああああ!! 造花プランター! 『植樹大盛しょくじゅおおもり』!!」


 ──突如として、地中から蔦が伸びてくる。マギに絡みつくそれは、いくら払ってもあとからあとから。

 故にあくまで冷静に、マギの赤い瞳は最後の一人を見据えていた。


「ぼく、モモが相手だ! ……負けられない、ぼくたちは負けられないんだよ!」


 マギの前に立ちはだかるボブヘアの少女は、セレナを守る最後の騎士。

 彼女達には、どんな手段を取ってでも勝ちたい理由が、ある。


「では、いざ尋常に」

「勝負!!」


 クオンの歴史は、ヒビキから学んだ。

 そして「今」について、これから学ぶこととなる。

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