第2話 オーダー、すなわち大目標

 「5対1、ですか。決闘は1対1で行うものだと存していましたが」

「それは『記録』がそうなってればいいのよ。もちろん双方の同意がなければ始まらないけど……アタシたちから逃げる?」

「まさか。相手にとって不足はありませんので」


 校舎のはずれ、通称裏庭と呼ばれる森林に囲まれた一角。

 制服をメイド服の上から羽織ったばかりのマギが連れ込まれたのは、"狩場"だ。



 時は遡って。

 王立魔女養成学院クオンとは、その名の通り魔女を育て上げるための場所である。その創設経緯を辿るには、およそ五千年前、王国の始まりまで遡ることとなる。

 五千年。正確には王歴にして5374年。この年録の起点には、「始まりの魔女」と呼ばれる、初代女王の存在がある。

 何もなかった荒野の中心に、原初の魔法マギアを以って富、作物、人、およそ国を成立させるためのすべてのものをもたらし、「王国」を創造したのが──始まりの魔女。

 以後五千年、存在しているかもわからない他の国との交流なしに栄え続けているのが、この「王国」である。国の名は要らないのだ。これが唯一だから。

 始まりの魔女は、魔法マギアによって国を造った。そして以後、この国には生まれつき魔法マギアの才を持って生まれる赤子がいる。彼女らは成長するにつれ己の能力をコントロールし、いずれ王国の存続のためにその力を振るう「魔女」となる。

 それを育てるのがクオンだ。始まりの魔女、初代女王。彼女が直々に建てたこの国の最重要拠点。文字通り王国の未来を担う場所。

 そしてその魔女の中でも最高峰、最頂点の立場が──女王。この国の王。数多の優秀な魔女の中で、女王として選ばれるべき要件として、始まりの魔女が示したのは──。


「──その支配が絶対に揺るがされないほど、強いこと、ですわ」

「なるほど。先程の歴史という科目は、そういう内容だったのですね」

「これは毎学期初日に必ず聞かされるけど、あなたは初めて。……ちゃんと聞きなさいよ、授業は」


 保健室のベッド、白い布団の上に横たわるヒビキ・アルケイデア。その傍らに当然のように座っていて、その話を聞くマギ。

 寸刻前の決闘のあと、ヒビキはマギの要望で歴史の授業の確認をすることになった。「ヒビキ様が先ほどの授業をちゃんと受けていたか確認するため」、というマギの要望である。


「それで自分が聞いていないんじゃ、世話がないじゃない」


 その結果、ヒビキは今日の授業で話していない内容までマギに教えることになったのだが。


「なるほど。私が聞き覚えておいて照らし合わせるという手もありましたね」

「……そういうことが言いたかったわけではないのだけど」


 これでは誰が誰に仕えているのかわからない、そう思わなくもない。とはいえ先の決闘で勝ったのはマギなのだから、自分には彼女に従う道理があるだろう、というのが歯がゆいながらも飲み込んだヒビキの心境だった。

 マギにとっての最優先は、ヒビキのメイドであること。そのためにアルケイデア家に接触し、クオンに編入したのだから。


(結局、この子はなんなのかしら)


 一通り落ち着いて、負けを飲み込む段に入って、ヒビキの中にそういう疑問が浮かんだ。あまりにも色々腹が立ちすぎて、一旦置き去りにしていた疑問である。

 まず、特別編入生。これがあり得ないのだ。クオンの校則を暗記しているヒビキならわかる、「クオンにはそもそも編入のシステムがない」。

 当然である。先にヒビキが語った通り、クオンに通う資格は魔法マギアの素質──すなわち王国に生まれた瞬間に判断するものである。ある程度成長した人間が魔法マギアの才を認められて編入、などということはあり得ない。故に"特別"編入であり、イレギュラー中のイレギュラー。

 それが今目の前にいる、自分のメイドだ。

 

(お母様とのツテ、校長の裁定……そういう私には及びも付かない部分が関わっているとしたら、おいそれと聞いていいことなのかもわからないし)


 爆弾を預けられた気分だ、そうヒビキは思った。となれば気になるのは爆弾の製造過程より、解除方法である。つまり、


「で、あなたはどうすれば満足なのかしら?」

「ふむ。どう、とは」

「何がしたくて、私のメイドになったのか、ということよ」


 マギが満足して自分から離れてくれる、その基準だ。イレギュラーそのものに込み入るより、何より邪魔をされないようにしたい。メイドだかなんだか知らないけど、私は私のやりたいことをやりたい。それがヒビキの最大心情である。

 となればマギが満足する、引き離す方法を聞くのが筋。……その問いがマギにとっての「やりたいこと」を聞き出す問いとなっていることには、ヒビキは気づいていなかったのだが。

 メイドとしてやるべきことではなく、何のためにメイドになろうとしたのか。マギの答えはこうだった。


「闘いたかったからです」

「闘いに満ちた生活に、身を投じたかったから」

「でしょうか。自身についての分析といたしましては」


(──戦闘狂??)


 相変わらずの無表情で、あっさりと過激な発言をしてのけた。ヒビキが目を白黒させるのも仕方のないことだ。いやもちろん彼女自身も「決闘」は大いに好むところではあるが、あくまで女王という目的、将来の夢のためである。つまりは学業も専念して然るべき、クオンに通う理由はいくつもあった。

 しかしなるほど、私のメイドを名乗る不審者は、その実この学院の決闘を目当てに入学した、ということか。そう得心して腑に落ちるものがあったのも確かだ。

 それならクオンに来る理由にはなるし、それなら勉学に対する関心のなさも納得できる。何より、


「つまり、私のメイドというのも、決闘目当てというわけですわね」

「そういうことになりますね。初日から闘えるとは思いませんでしたが」


 改めて敗北を突きつけられつつ、負けたからには悔しくとも受け入れざるを得ない。それに、マギの評価軸がわかってきて、やっと「私のメイド」の志望動機もわかったところだ。そうヒビキは考えた。得意げになりつつ。

 つまりは、私が優秀な、最優秀な、年度代表、所謂主席、女王候補筆頭──その立場があってこそ、マギのターゲットになったのだ。

 評価されたが故だ、やった、ふふん、と鼻を鳴らしそうになり、慌てて止める。

 そういう問題ではない。それで狙われて、こちらから勝負を仕掛けて、負けた。それが現状。


「……で、私のメイド、になるわけね」


 そうして、マギのそのよくわからない立ち位置についても、飲み込むほかない。負けた相手を従者にするなど、言うまでもなく屈辱だ。


「はい。というわけで、オーダーがあれば承ります」


 勝利を誇りもせず、当然かのように「メイドの立ち位置」に座る。腹が立つ。しかしこれはチャンスだ、そうもヒビキは思った。なんのチャンスか?

 オーダーである。どうもマギ……というより、メイドというもの、は「命令」を基準にするらしい。どこかで読んだ気がする(実際メイドが実在するとは思わなかったが)。

 つまりこの「オーダー」は、マギの方針を決めるもの。メイドとしての立場を勝ち取ったマギだが、その結果ヒビキの言葉にある程度従うのだ。少々意固地なところがあるのは確認済みだが……そこは言いくるめる。言いくるめれば良い。言いくるめなければ、また付き纏われる。

 いつのまにかベッドの上で背筋を伸ばしながら、ヒビキはしばし考え──口を開いた。


「こほん」

「はい」

「まだ何も言ってない」

「おや。失礼しました」

「……いや、これから言うための咳払いなのだけど……ええと」


 テンポをいつも掴まれる。もう一度咳払いして、


「マギ。あなたはここに馴染みなさい。メイドとしてではなく、クオンの生徒として」


 凛とした声で、そう言った。マギの表情は変わらない。口を閉じ、赤い目はヒビキを見据えている。人形か機械のように、オーダーがあるまでは動かない。ヒビキにはそう感じられた。ならそのオーダーがあったならどうか、とも。

 そして、


「承りました。では、具体的に何から致しましょうか」


 ……あっさり受け入れられた。


「……必要ないとか、言わないのかしら?」


 ついそう問う。クオンへの編入は、決闘を求めてのものだと思っていた。事実授業は聞いていないし、ヒビキが言っても制服は着なかった(まあこれは戦略的な意味もあったわけだが)。メイドとしての自負はあって、生徒としての自覚がない。そこはまさに最初にヒビキが気に入らなかったところであり、逆に言えばそこをすんなり受け入れられることには少々面食らうのだ。

 けれど、マギはこう言う。


「この学院で過ごすことの意義は、ヒビキ様に教わったので」


 つい先ほど教わったクオンの歴史、そして決闘を通して伝わった魔法マギアの奥深さ。

 どちらも、眼前の主人から学んだこと。得た知識。最初の経験。

 判断基準が極端なマギでも、その重みはわかったから。素直に、


「ありがとうございます。ヒビキ様のおかげです」


 そう言ってのける。感情が僅かに乗った声で。


「……そ、それなら結構! ひとまず制服は着ることね! 馴染むにはまず形からなのだから!」


 感謝されるのは慣れていない。そんな事実が露骨に現れた態度のヒビキであった。クオンでも高嶺の花の「お嬢様」は、実は友達というものもいない。対等な相手がいない。もちろんそれを侮る理由にしたことなどないけれど、素朴に感謝されるのは初めてだ。


「……召還コール。特注の制服を寄越して」


 というわけで誤魔化すように、マギのための制服を"用意"した。青を基調としたブレザーとスカート。海というものを彼女たちは知らないが、知っていたらそう形容するだろう深い青。クオンの制服。戦闘服であり、勲章である。


「そのメイド服の利便性もわかるけど、これを着るのはクオンに馴染む大前提よ」


 他ならぬヒビキ自身が、制服によってアイデンティティを確立しているからだ。常に羽織る勝負服というものは、常在戦場にて相応しい装束……と、それはマギにとってのメイド服も同じである、とも気づいたのだが。

 だから理解は示す。けれど個人的な望みとして、マギからクオンに歩み寄ってほしい。そういう「オーダー」である。


「なるほど。承知しました」

「わかればよろしい」


 そう言って腰を上げ、制服を手渡ししようとしたところで、


「おっと失礼。また手が出てしまいましたが、悪しからず」


 ……マギのパーソナルスペースに入ったヒビキの手先に刃が向けられ、制服だけがぶんどられた。


「……あったまきた!! あとは知らない、制服を着て適当に学院内を歩いてきなさい! あのヒビキ・アルケイデアを倒した特別編入生なんて、歩けば誰でも寄ってくるんだから、好きにすれば!!!!」

「これはどうもご丁寧に。ありがとうございます」

「うるっさい!!」


 ヒビキの剣幕に保健室を追い出され、あるいは悠々と退出し、ひとまずのオーダーを噛み締める。

 この学院に馴染むこと。それがより強くなるために必要だと、そういうことであるらしいから。およそ一年をかける果てしない大目標となることは、まだ誰も知らなかった。


 そうして、舞台は現在に戻る。


「では、参ります」


 観客のいない多対一、夕暮れ時の「決闘」である。

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