第28話 見えざる危険
夜の帝都は、雨に煙っていた。情報局本部。局長私室では、重厚なカーテンが外光を遮り、照明すら控えられている。静謐な空間に、時計の秒針の音だけが響いていた。
情報局長は机上に資料を並べ、無言で読み進めていた。そこへ控えの左官が入室し、一礼して新たな報告書を差し出す。
「失礼します。王国方面より、新たな報告がありました」
局長は資料を受け取り、視線を走らせた。紙面には王国軍の新型詠唱兵器に関する情報が記されている。実験予定日と演習地点、その演算補助機構に関する技術的な注記。
「……ついに日程が出たか」
呟くように言い、局長は資料を閉じた。
「内通者の信頼性は?」
「確認済みです。複数経路での照合も済んでおります」
局長は短く頷いた。
「──リィエン・スィリナティアに関する追跡は、ここで一旦棚上げとする」
左官はわずかに目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「理由は……戦略的転換という理解で?」
「そうだ。詠唱型兵器の開発が王国軍の中枢で進んでいるならば、今追うべきは影ではなく、本体そのものだ」
「ですが、彼女が王国の技術と何らかの接点を持っている可能性は──」
「否定はしない。しかし、それを証明する術は今の我々にはない。ましてや所在も掴めぬままではな」
帝都の宿から浮遊し夜の闇に消えて以来、情報局はリィエンの足取りを掴むことができなかった。そこまで遠くには行けまいと考え、見失ってから数日は帝都中心部を重点的に捜索したが、徒労に終わっていた。郊外までは、手が回らなかったのだ。
局長は静かに立ち上がり、窓際に歩み寄る。カーテンの隙間から、帝都の灯がわずかに覗いていた。
「……危険とは、〝姿が見えぬもの〟だ。だが、見えぬからといって、いつまでもそれに囚われていては、動けぬ」
振り返った局長の声は低く、しかし揺るがなかった。
「王国の、次回の実験日時を確実に押さえろ。そのための監視網再配置および連絡網強化を優先せよ。リィエン・スィリナティア個人の記録は、機密保留とし、当面は報告対象から除外する」
「了解しました。捜索担当にも通達を」
「念のため、記録そのものも一階層下げて封印扱いに。しかし、後から再評価する余地は残しておけ」
左官は姿勢を正し、一礼して退室する。
再び静寂が戻った室内。局長は机に戻り、封をした報告書を手元に置いたまま、手を止めていた。まるで、その重みを測るかのように。
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