#51 一番長い夜
烏丸と豊崎と入れ替わるようにして、今度は四人の人物が挨拶に訪れた。男性二人と女性が二人。
先程の二人とは違って、こちらは普通にスーツ姿。だが中には一人、ネクタイをしていない男性の姿もあった。
今度はいったいどんな関係者がと巧翔は思ったが、それぞれが腕章をつけているので、外部の人なのだとわかった。
「初めまして……」
穏やかな口調で先陣をきったのは、40代くらいのスーツの男性。こちらはきちんとネクタイを締めていて、きちんとした印象だった。
男性は名刺を差し出しながら名乗った。
「下野タイムズの葛西と申します。地元の紙面で、主に文化面を担当しています」
「新聞社の方でしたか。千堂事務所の貴志です、よろしくお願いします」
巧翔も深々と頭を下げる。
続いて、黒縁の眼鏡を押し上げながら若い女性が一歩出る。
「メガゲートニュース編集部の藤堂です。配信後すぐに特集を予定していますので、今日はよろしくお願いします」
受け取った名刺を見ながら、「大手ネットポータルサイトがなぜ?」という疑問と、何かとんでもないことになりかけてはいないかと、不安に苛まれていた。
続いて挨拶したのは、雰囲気としては唐沢と似ているところがある、ネクタイをしていないジャケットの男性。
こちらは先程の藤堂と同じ30代といったところ。しかし、きっちりとした藤堂とは雰囲気は全く違っていた。
「ゲームアクシス副編集の喜多村です。GSEまわり、特にトルトラの競技性を追っています。今日は、現場の温度、ばっちり取材させていただきます」
「ゲーム雑誌の編集者さんでしたか…… 取材?」
確かにトルトラは、GSEというゲームを使ったコンテンツだ。ゲーム雑誌が取り上げない道理はない。しかし、取材というのはいささか大袈裟なのでは? と思わなくもない。
最後に、名刺の角を揃えて差し出した女性がいた。落ち着いた笑みの奥に、やわらかい圧がある。
見た感じはまだ20代後半になったくらいだろう。なのにどこか、こういった世界に慣れている。という印象を受けた。
「アイドルフロンティア編集の三波と申します。編集長から『粗相のないように』と釘を刺されて来ました。編集長は大岩根さんにも大変お世話になったと伺っております。千堂事務所さんの舵の切り方には以前から注目していました」
「豪一さんの? アイドル雑誌なのにですか?」
「今はアイドルがメインというだけで、昔は芸能全般の雑誌でしたので」
巧翔は、なるほどと納得する。
千堂事務所も、昔は都内に構えていたらしい老舗の芸能事務所。そういったつながりは当然大いにあったことだろう。
今度は自分が、そういった関係を引き継いでいくのだなと、改めて心に留め置く。
「こちらこそ、お世話になります」
そう言って、改めてひとりひとりを見る。
葛西は地元との繋がりに。藤堂はネットを介した発信。喜多村はゲームファンとの接点を。
そして三波は芸能界との。それぞれの繋がりを意識した人選。
これができるのなんて、ひとりしか知らない。
やはり、唐沢さんが手を回していたのだろうと考える。
「それで……」
三波が切り出した。
「番組のあと、合同でインタビューをさせていただくことになっているので、よろしくお願いします。切り口はそれぞれの媒体で違うでしょうけど、この場の熱量はしっかりと書かせていただきます」
「合同インタビュー?」
慣れない言葉に、思わず気後れしてしまった。
すると、そんな様子をあざ笑かのように言葉がかけられる。
「驚くようなことじゃないだろう、巧翔くん。」
唐沢桐生が、手帳を片手に立っていた。肩の力を抜いた笑みだが、いつもの不適な野心を眼差しは健在だった。
「唐沢さん、あなたですね? 裏で糸を引いていたのは」
少しばかり咎めるようなニュアンスを含めて言い放つ。
しかしながら帰ってきた反応は、少し予想とは違ったものだった。
「裏も何もないよ。これからここで発表されることは、みんなが注目していること。知りたいと思うことだ。番組が終わる前に、SNSでは話題になるし、ネットでは記事が出回り掲示板にはスレが立つ。そういう世界に足を踏み入れているのさ」
その言葉に、自分たちの置かれている立場の、実は気づかないでいた大きさに気がついたのだった。
「変な憶測が広がる前に、確かな情報源からの発信をしておく。そのための手筈を整えたまで。これも戦略の一つというわけだ」
四人は、任せてくださいと言わんばかりにうなづいて見せる。そして葛西が代表して。
「それでは我々は別室の方で放送の方をチェックさせていただきます」
と言うと、下がっていった。
「巧翔くん、わかっているとは思うが、これは生放送だからね。出して良いのは、ちゆきちゃんと巡くんのアイドルデビューとトルトラ参戦の事だけだ。キミが参戦するような匂わせも、縁くんのv charmerとしての活動についても無しだ」
「ええ、わかってます」
「ちゆきちゃんと巡さんについて、どれくらいの情報を出すのかは、キミの裁量に任せるよ。社長としてのお手並み拝見といこうじゃないか」
とだけ言い残して、唐沢はスタッフに呼ばれて去っていく。
ずっと後ろに控えていたミヲリが去り際に、ポケットから取り出した何かを差し出した。
それは喉飴が一個。
「今日のところは、これで勘弁してあげますよ」
とだけ言って。使い方もおかしいし、意味がわからない。
でも、緊張でカラカラに渇いた喉には、ピッタリのチョイスであるのは間違いなかった。
『本番五分前になります。スタンバイよろしくお願いします』
スタッフの声に、司会のアナウンサーとトルトラのメイン実況末永と解説の潮崎が卓についた。
続けて烏丸と豊崎。そして最後に唐沢が司会の隣、中央の席についた。
待機モニターでは、チャットの白い帯が速さを増していくのが確認できた。その中のコメントで、唐沢がこの番組に初めて出演するのだということを知った。
なるほど、この盛り上がりの理由の要因の一つを知り、大きく納得する巧翔。かつてない異様な盛り上がりを見せる中、チャット欄ではカウントダウンが始まった。
自分たちの出番はまだまだ先とはいえ、ちゆきも巡も緊張の色を隠せずにいる。
「深呼吸、二回」
ミヲリが短く言う。
小さくうなづいて巡が肩を回し、ちゆきが台本の端を指で整える。二人の指先がわずかに震えているのを見て、胸がそっと波立つ。
巧翔もゆっくりと息を吐いた。
時刻は十九時。
スタッフのキューが飛ぶ。赤いランプが灯り、メインカメラに切り替わると番組が開始された。
千堂事務所の長い夜が、こうして幕を開けた。
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