#50 嵐の前のなんとやら
ゴールデンウィークが明けて、街の空気もゆっくりと平常に戻っていた。薄い雲の向こうで和らいだ夕陽が建物の隙間を撫ぜ、アングラTVのスタジオ棟は普段どおりの出入りを取り戻している。
巧翔を筆頭に、今日は縁を除いた千堂事務所の面々がアングラTVを訪れていた。
玄関を入り慣れた様子で受け付けに挨拶をする武琉の姿に、思わず憎まれ口が出る。
「武琉くんはいいね。落ち着いていられてさ」
「まあ、僕は番組に出演するわけじゃないスから」
「なんでついてきたのさ」
「3D素体の件で呼ばれたからスよ? 決して冷やかしについてきたわけじゃないスよ」
今夜は we charm の月イチ特番。トルトラの振り返りと告知を行う番組の生放送があるのだった。それに参加するべく、巧翔と巡。そしてちゆきの三人は呼ばれていたのだった。
すでに予告では「重大な発表あり」とだけ掲げられてはいるが、具体的な内容については伏せられている。
しかし当然ながら、ネット上では静かにだが確実に盛り上がりを見せていた。
巡とちゆき。そして巧翔が、それぞれ控え室に入る。武琉は素体の件の打ち合わせに唐沢のところへ向かっていった。
控え室に入るとスタッフがやってきて、今日の段取りを説明してくれた。
とはいえ、勝手がわかるはずもなく、ただ「はい」と返事を繰り返しただけだった。
それが済むと、メイクとスタイリストがやってきて、されるがまま準備は整っていった。
そうしているうちにスタッフに連れられて三人は地下のメインスタジオへと向かった。エレベーターを降りると、搬入口の匂いと冷えた空調がまじった風が足もとを通り抜けた。
スタジオに入ると、すでに組まれたセットがライトアップされている。大型モニターをバックに、派手なデザインの飾り付けがされている。ごちゃごちゃした下品な様子を感じられないのは、美術スタッフのセンスの良さなのだろう。
唐沢が、「人を見る目はある」と豪語していたのは、あながち嘘ではないのだなと感じた。
「千堂事務所の皆さん、こちらへどうぞ」
促されてスタジオに足を踏み入れる。
フロアの空気は落ち着いていた。照明チェックの合図、ケーブルの取り回し、スタッフ同士の短い確認。と、突然。
「千堂事務所の皆さん、入りました!」
とスタッフが声を上げた。
「よろしくお願いしまーす!」
と、一斉に挨拶が飛んできて、三人はぎこちなく頭を下げたのだった。
案内されて、スタジオの隅に丁寧に設えられた待機スペースに腰を落ち着ける。
座りごこちの良さそうなソファーに、小さな冷蔵庫まで用意されていた。
確認用のモニターもあって、本格的な緊張が襲ってくる。
ここにいる全員が“何を発表するか”を知っている空気で、余計な高揚はどこにもなかった。熱を帯びているのは、モニターの向こう側──待機チャンネルのチャット欄だけだ。
コメント欄は本放送前から速い。白地に淡い影のように文字が流れ、期待と憶測が重なっていく。
『今月のBSP、重大発表だって? いったい何だ?』
『GSE本家にアップデート無かったし、トルトラのルール改正とか?』
『新モードの追加かもよ? リーダーダウン戦、フラッグ占領戦、殲滅戦に続くやつ』
『オレは宇都宮以外のローカルアイドル組の参戦と見た』
『さすがに、現トルトラ組とじゃ戦力バランス悪くないか?』
『でも、宇都宮 vs 県内ローカルアイドル組。ならそんなことないんじゃないか?』
コメントの流れが早い。改めて、we charmではトルトラが人気コンテンツであることを認識させられる。
コメントに釘付けになっていると、三人のところにやってくる人物があった。
「千堂事務所の皆様、初めまして。私はこういう者です」
落ち着いた感じのあるスーツの女性が、丁寧に頭を下げながら名刺を差し出す。巧翔もお辞儀を返しながら名刺を取り出した。
おそらく30代の前半と思われる女性。名刺には、豊崎 梓沙(とよさき あずさ)【サバびより編集部】と書かれている。
「サバびよりって確か……」
「え?」
女性向けのサバイバルゲーム雑誌だったと記憶していた旨を口にしようとしたが、それよりも早く巡が反応した。
「私、読んだことあります。時々ご一緒させてもらう女性チームの方たちがいつも読んでいて」
「あら、嬉しい。ありがとうございます」
すると、梓沙の隣に控えていた20代半と思われるスラリとした男性も、続けて挨拶をする。
「僕は烏丸 照道と言います。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた烏丸は、無茶苦茶良い声だった。
それに反応したのは、今度はちゆきだった。
「幹也お兄ちゃん!?」
「んん?」
今しがた照道と名乗ったのに、その反応は? と首を傾げる。
するとちゆきは、興奮気味に説明をした。
「魔法少女タロッティアの主人公、星乃ちゃんのお兄ちゃんです! わぁ本物だぁ」
目を輝かせるちゆきに、照道は「よろしくね、ちゆきちゃん」とサービスをする。
なるほど、女児向けアニメに出演している声優さんなのだと理解がいった。
「なるほど、声優さんでしたか。自分もそちらに関しては疎くないつもりでしたが、魔法少女物まではチェックしきれていませんでした。勉強不足で申し訳ないです」
「いえいえ、今クールから始まった作品がヒットしまして。それまではメインどころを演じたことはありませんでしたから」
「そうですか。近いうちに、ぜひお話ししたいですね」
「いいですね、是非」
と、照道と固い握手を交わし、疑問に思っていることを尋ねた。
「それで、お二人はどうして今日こちらに?」
それについての答えを口にしたのは、梓沙の方だった。
「実は今回、千堂事務所さんのトルトラへの参加が決まったことで、配信内での千堂事務所担当実況解説に、私たちが選ばれたというわけです」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
トルトラには、メインとなるカメラとは別に、各事務所ごとのカメラがあり、それを自由に切り替えて楽しむことができた。そしてその事務所ごとのカメラには、事務所担当の実況者と解説者があてがわれる。
「これも何かの縁です。ご贔屓にしていただけると幸いです」
良い声で言われて、思わず笑みがこぼれる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶が終わったタイミングで、ちゆきが不意に「あ!」っと声を上げた。
四人が揃ってそちらを見やった。
ちゆきはじっとモニターを眺めている。
「どうした? ちゆき」
「えっと、これ……」
ちゆきはモニターを指差して答えた。
見るとモニター内では、照道の話題で盛り上がっていた。タイミングが良すぎないか? と思った疑問には、すぐに答えが出た。
モニターに映っている円卓に、スタッフが【烏丸 照道】と【豊崎 梓沙】の名札を置いたのだ。
なるほど。こうやって情報を小出しにしてチャットを温める。実に上手い手法だと感心するのだった。
『烏丸照道? マジ?』
『なんで? もう一人は誰だ?』
『……これ、もしかして、新たな参加者がいるんじゃね?』
『担当実況&解説ってことか!』
『それだ!!』
いよいよ盛り上がりが大きくなったタイミングを見計らったかのように、スタッフは更なる燃料を投下したのだった。
円卓の上に設置された最後の名札。そこには【唐沢 桐生】と書かれていた。
『唐沢 桐生…… だと?』
『いっちゃん偉い人キターーー!!』
『今日は何があるというんだ』
『見逃せない一日の始まりだ』
『今夜は密度の濃い夜になるな』
『↑やらしいこと言うな』
『↑なんでや!』
開始時刻は、刻々と近づいていた。
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