#15 夢見る者、支える者、その資格、その覚悟

 唐沢は、グラスに入った鮮やかな液体をひと目見てから、軽く揺らすようにして口元へ運ぶ。

 その所作は、まるで高級ウイスキーを味わうソムリエのようだった。


 ——いや、それ、ただのエナジードリンクですよね?


 ツッコミを喉の奥で留めるのが、やっとだった。


「ただアイドルがゲームをしているだけでは足りない。……じゃあ、そこに必要な要素は何だと思うかい?」


 唐突な問いに、巧翔は面食らう。質問は、その人に対する期待の表れ。と、何かで読んだ。

 GSEに参戦する理由に関係している? と考えて、漫画やドラマの定番モチーフを引き出しに探る。


「もしかして……デスゲームですか?」


「うん、違うね。ていうか君、さらっと怖いこと言うね」


 即答されるが、妙に悪い気はしなかった。


「でもまあ……当たらずとも遠からず、かな」


「……え?」


「人々に、真剣に“人生を賭けている姿”を、見せるってことだよ」


 唐沢の声に、急に芯が通る。冗談に聞こえていた話が、次第に輪郭を持ち始めた。


「それって……あの、仕事。勝敗で、仕事がもらえるかどうかってやつですか」


 ここに来る前、千堂事務所で耳にしたシステムのことを思い出す。だが、その時は正直ピンと来ていなかった。


「そうだよ。ただ、あれだね。君が宇都宮のローカルアイドル事情を全く知らないってのは、聞いてたけど……どうやら本当だったようだね」


「……すみません」


 素直に頭を下げると、唐沢はやんわりと笑った。


「いや、それはこちらの力不足さ。知ってもらう努力が足りなかった。……だから今、君に話してるんだ」


 そう言って、唐沢は少し姿勢を正す。


「まず前提として——“勝てば仕事がもらえる”というのは厳密には違う。正しくは、“勝ったプロダクションから順に、仕事を選べる”ということ」


「選べる?」


「そう。アングラTVのには、そのための部署があって、地元スポンサー企業からの案件が一括で集められるのさ。CM、番組、イベント、雑誌、ドラマ、その他諸々ね」


「……それって、そんなに簡単にできるものなんですか?」


「簡単じゃなかったよ。ひとつひとつ地元企業を回って、話をして、どうにか納得してもらった。アイドル事務所にも、地元TV局にも通って、何度も頭を下げてようやくね」


 言葉はさらりとしているのに、その裏にある労力の量がひしひしと伝わってくる。


「でもね、地方局のスポンサーになるような地元企業でも、できるなら本当は全国に広告を出したいところも多いんだ。

 ただ、東京でCM打つような予算はない。だからこそ、低コストで全国配信可能なwe charmに魅力を感じた。そういう土壌が、宇都宮には、栃木にはあったのさ」


 唐沢は、グラスを指で軽く回しながら続けた。


「CM制作、バラエティの出演、MV撮影。全部一度アングラTVに集めて、スポンサーの意向に沿った形で公開する。

 ただし、“特定の誰か”を指定するのは禁止。プロダクション各社が条件を確認して、四半期毎に行われるバトルフロントトライアル(戦場試練)。トルトラと呼ばれているね。そこでの順位に従って、案件を選んでいく」


 さらりと言ってのけたが、それが成立することがにわかには信じられなかった。


「……本当に、企業もそれで納得してるんですか?」


「もちろん、全てはプロフェッショナルが前提だ。スポンサーも受け手も、制作する側も。

 選んだ仕事に対して全員が責任を持って臨む。パフォーマンスが悪ければ、次月のギャラは減る。それだけだ」


 唐沢は、テーブルに指をトン、と落とした。


「要はこれは、自分たちのプライドと価値を証明するシステムなんだよ。わかるかい?

 勝つために潰し合うんじゃない。——互いに競いながら、輝かせ合うんだ。そうでなきゃ意味がない」


 唐沢の眼差しがわずかに和らぐ。


「夢を持ってアイドルになった子たちに、輝く瞬間を作ってやりたい。キラキラで、楽しくて、でも真剣な時間を。

 最高の仲間と、最高のライバルと出会った——そして、全力で向かい合った。そう言える、時間を」


 ふと、ミヲリが呟く。


「……理念で回してる会社って、こわいですからね。熱があるぶん」


「おいおい」


 唐沢は苦笑しつつも、否定はしなかった。

 

「でもまあ、最初から全てに受け入れられていたわけじゃない。これを始める頃に辞めてしまったアイドルたちもいたよ。彼女たちには悪いことをしたが、あのまま鳴かず飛ばずの活動をしていても、結果は同じだったと俺は思う」

 

 反発があるのは当然だと思うし、もちろん唐沢はそれも折り込み済みで考えていたに違いない。

 結局のところ、理想と現実はかけ離れているわけで、そのどちらも手にしようとするなら、唐沢くらいの大胆な行動は、むしろ当然なのかもしれない。一時代を築いた目から見えているものは、自分たち一般人には、わからないところがあるのだろうと思う。


「でも、現実的な視点も忘れてはいけない。——今や、演出や番組の作り方そのものがネット寄りに変化してきている。

 テンポ、視点、情報の出し方、全部変わった。対応できないところから、じわじわと消えていく」


 唐沢は、そこに迷いのない声で言い切る。


「だから、うちは制作陣の修行の場も兼ねてる。地元テレビ局の制作に必要な人がいれば派遣するし、地元局テレビの若手ディレクターや演出家を鍛える現場としても機能させてる。

 全体を支える人間たちが育たなければ、良い番組は作れないからね」


 そこで唐沢は、もう一度グラスを傾けた。


「このシステムを作るにあたって最も重要だったのは、誰かが割を喰うような構造にしちゃいけない。

 “強い者がすべてを奪う”構図じゃなく、“選択と責任”を公平に与える。……その前提が、すべてだ。先にも話したように、全ての人に受け入れられたわけではないよ。辞めていったアイドルもいれば、賛同を得られなかった企業もある。それでも、結果を出せば自体は変わるということも、俺は知っている」


 その言葉に、なにかひとつの核を見た気がした。


「……どうしてそこまで、やろうと思ったんですか?」


 気がつけば、巧翔はそう尋ねていた。


 唐沢は、いたずらっぽく口元を緩めた。


「そんなもの、単純だよ。——戦う女の子は、気高く、尊く、美しい。

 俺はそれが見たい。……そして、それを世の中に広めたいのさ。見たくないか? 見たいだろう? そうだろう? そうだとも」


「はい、ヲタ乙〜」


 無表情で切り捨てるミヲリの即断に、唐沢は笑顔で応じる。


「ああ、ミヲリくんならそう来ると思ってたよ」


 唐沢がその後、急に真面目顔になって尋ねた。


「ところで巧翔君さ」

「はい?」

 

 急にかしこまられて、息が詰まり咽かける。

 

「千堂事務所って、所属アイドルタレントはちゆきちゃん一人だけなんだろう?」

「ええ、まあそうですけど。ちゆきのこと知ってるんですか?」

「まあね。紀壱郎さんと豪一さんには、昔東京にいた頃から世話になっててね。千堂事務所がこっちに移転してから、栃木の地元テレビ局で制作している芸人ロケ番組がwe charmで人気だと聞いて、それから興味を持ったのさ」

 

 その番組はさすがに知っていた。アニメキャラに扮した芸人が出演する番組。

 

「それからちょくちょく豪一さんのファミリーに関する動画をwe charmで作るようになって、いっそのこと制作のための局を作ろうかと考えたのさ」

 

 考えたのさ。の一言で済ませているが、やはり出来る人のバイタリティは侮れないなと思う。思い立ったら即行動。なのだろうなと感心する。

 

「それで、ちゆきちゃん一人でGSEに出るというのは、さすがに酷だと思うんだけど?」

「はっ!」

 

 それは、すっかり頭になかった指摘だった。

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