#16 禁断の参戦、あざます
確かに、ちゆき一人でトルトラに出すのは酷だ。
というより、どう考えても現実的ではない。
なにせ、ちゆきが銃を手にして、戦場を駆ける姿など——一ミリたりとも想像がつかないのだから。
「今さ、各事務所の勢力が、ちょうど七対七対七。きれいにバランスが取れてる状況なんだよね」
「そう言われてみれば……確かに」
「だから、どの事務所もまだ使っていない。トルトラに用意されてる、ある“システム”がある」
あまりにも誘導めいた言い回しに、思わず眉が上がる。
いや、それはもう“作為的”と呼ぶレベルでは? と、突っ込むのを堪えながら続きを促す。
「それって、どういうシステムなんですか?」
「各プロダクションにつき、一人だけ“指揮官”を登録できる。
しかもこれは、アイドルである必要がなくてね。さらに、武器を持って戦闘に参加することも許可されている」
「へえ……指揮官」
確かに、理にかなっている。
10代〜20代の少女たちが即席で高度な連携を取るのは難しい。ましてや、FPSゲームの経験があって、状況把握ができて全体の指揮を取れる。なんて女の子は、天然記念物以上に希少な存在だろう。
ならば、それをまとめる“統率役”が必要になるのは、至極当然のこと。それをできる人物を連れてくることならば、ハードルは一気に低くなる。
ただ、話はここで終わらなかった。
「ただし、その“指揮官”には、登録条件がある」
「条件……?」
「“特殊な戦闘訓練を受けた人物”であってはならない」
「……は?」
先んじて防衛線を張られた気分だが、どうやらその上を行っているようだった。
戦闘訓練? そんなの、普通の人間が受けてるわけがない。
「え、それって、どんな人を想定してるんです?」
「元自衛隊とか、アメリカの特殊部隊経験者とか?」
「いや、そっちのほうがレア中のレアじゃないですか!」
ついにツッコミ我慢の限界がきた。
だが、唐沢はまるで気にしていない。むしろ当然のような顔で話を続ける。
「さらに、“女性であること”が条件。トルトラの参加資格は、基本的に女性限定だからね」
「いやいや、それならもう……最初から“女性であること”だけで良くないですか?」
「ダメだよ、人は必ず穴を突いてくる。防げるなら、徹底的に塞いでおくべきなんだ」
理屈は正しい。だが、その発想に一般人の尺度は通用しない。
やっぱりこの人、ただ者じゃない。
「でも結局、俺には関係ない話ですよね? 男の俺は参加できないんですから」
「うん。まあ、普通に考えればね」
またその言い方だ。
この男が“含み”を持たせるときは、決まって何か仕掛けがある。
「でもさ、君のところはちゆきちゃん一人でしょ? 一対七対七対七なんて、どんなマンガの主人公でもギブアップだよ」
「いや、別に三陣営が一斉に攻めてくるとは限らないですよ。……もしかしたら、空気扱いでスルーされるかもしれませんし」
「だとしても、戦うのは彼女一人。その状態で、どこか一社でも出し抜いて、三位以内に入れると思う?」
その問いに対する答えは、明白だった。
「……否、ですね」
「でしょ? だから、君が出るしかない。それこそが、紀壱郎さんたちが君を“後継者”に選んだ理由なんだろうけどね」
その見立ては、的確すぎるほど的確だ。
自分がここに呼ばれた意味。それは、ちゆきが一人で戦わせるにはあまりにも酷な環境にあるからだ。
「でも、紀壱郎さんたちって……その“指揮官制度”を最初から知ってたんですか?」
「いいや、知らなかったと思うよ? 俺に“どうしたらいい?”って相談があってさ。ネットゲームか、サバゲー経験者を探すようにってアドバイスしただけだから」
「じゃあ……俺のこと、最初から調べてたんですか?」
「うん。“こんなやつがいる”って報告があったから、こっちでも調べたよ」
その言い方が、なんだか悪びれていないどころか、誇らしげに聞こえる。
「……まさか、俺が大学を休学してる理由も?」
「もちろん」
にこにこ顔で、唐沢は即答した。
そこに、傍らのミヲリがサムズアップを添えてひと言。
「人生の実績解除と割り切るのが、よろしいかと」
妙にエモい励ましだった。今のところ、それに救われる。と思うしかない。
「で、そのシステムを使えば……本当に俺でも出られるんですか? “男の俺”でも?」
「まあね。でも、“男として”は無理だよ。そこは絶対」
「やっぱり無理じゃないですか」
どこまでもて遊ぶつもりなのかと呆れてくる。
「だから、“女性として”出るんだよ」
女性として?
まるで時が止まったかのように、一瞬、脳内がフリーズする。
その沈黙を破ったのは、ミヲリの興奮気味の声だった。
「んぐっ! 禁断の参戦、あざます!」
もはや、最初に見せた“デキる秘書”感は、遠い記憶となりつつある。
「……いやいやいや。俺、180cmあるんですよ? スキャンされたら、男体型の女の娘アイドルが爆誕するだけですよ?」
「だから、“VRをいじる”。中身じゃなくて、キャラの方をね」
「……え?」
「君も、V charmerは知ってるでしょ? 中の人が出ない、VRキャラクターで活動する配信者。
その方式を使うのさ。君自身じゃなくて、“キャラクター”を出す」
「あー……なるほど」
なるほど。確かに、そういう抜け道は存在する。
観客が見ているのは“キャラ”であって、“中の人”ではない。
「トルトラでもV charmerの参加は認められてる。もちろんキャラは女性に限るけど」
「つまり、女性キャラを使ったV charmerとしてGSEに参戦するけど、俺自身はアイドルじゃない“指揮官”という立場で参戦となると……?」
「君自身がV charmerとして活動はしてられないだろうから、VRキャラクターのデータ作成と、実際に中身として活動する人物は用意してもらう必要がある」
「中の人もですか?」
「当然だろう。V charmerとしての活動実態がないのに、VRキャラクターだけ参戦させます。は、他の事務所が納得しないさ」
至極真っ当な意見。ぐうの音もでない。
「でも……声はどうするんですか? GSEってフルダイブ型ゲームだから、プレイヤーの“生声”が反映されるんじゃ……」
「何言ってんの、巧翔くん。今どき、声を変えるくらい、朝飯前だよ?
技術の進歩をなめちゃダメだよ」
そうなのか。
まるで、浦島太郎にでもなったような気分だった。
「というわけで、これで晴れて君もトルトラに参加できる。……ただし、男だとバレないでくれよ。ルール違反じゃないけど、違反スレスレなのは確かだから」
まるでイタズラの共犯に巻き込まれたような気分だった。
「とはいえ、君が加わったところで、千堂事務所が不利な状況に変わりはない。ちゆきちゃんの実力は未知数だし、チームとしても整っていないからね」
それはもう、まったくもってその通りだった。
「だからまず、アイドル候補を何人かスカウトする必要がある。そして、V charmerとして活動できる人材も確保しないと。もちろん、VRキャラクターの制作も含めてね」
「やること……多すぎません?」
「でも、やりがいはあると思うよ」
「はい、それを“やりがい搾取”って言うんです」
ミヲリの鋭いツッコミが飛ぶ。
やれやれ、と思いつつ——やっぱり、この社長にしてこの秘書あり、だ。妙にバランスが取れている気がした。
「次のトルトラは、七月の頭。その回に出られるよう、こっちで段取りはつけておくよ」
「え、ちょ……七月って……!」
耳を疑った。今は四月中旬、つまり——賞味、二ヶ月半しかない。
「早すぎませんか!? もう少し猶予があるものかと……」
「つい先日、“春の陣”が開催されたばかり。四半期ごとの開催だから、六月以降の仕事はそこで決まってる。次は“夏の陣”だよ」
思っていた以上にスケジュールがタイトで、思わず肩が重くなる。
「ま、就任祝いってことで、後日ちょっとした贈り物を事務所に送らせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます……」
「巧翔くん、これからよろしく頼むよ。トルトラを——もっと面白くしてくれることを、期待してる」
そう言って差し出された手を、自然と握り返していた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
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