#14 子供舌の語る理想主義
唐沢はエナジードリンクの缶を見つめながら、ふと思い出したように言った。
「ミヲリちゃん、グラス持ってきて」
差し出された缶と、どこか芝居がかった仕草に、(居酒屋か!)とツッコミを言葉に出しかけて、喉の奥で止める。
「缶の口当たり、どうも苦手でさ。なんか馴染めないんだよね」
と、唐沢はどこか申し訳なさそうに言い訳を添える。
変わったこだわりに見えて、それ以上でもそれ以下でもない理由。
(世の中には、思った以上に繊細な感覚を持ってる人がいるもんだ……)
そう思うと同時に、そこまで卑下する必要もないのに、と感じていた。
間もなく、ミヲリが二つのグラスを手に戻ってくる。どうやら自分の分まで用意してくれたようだ。
あくまで気配は静かで、足取りも変わらない。
その場にグラスを置いて、ミヲリは言い放つ。
「子供舌乙」
そうして何事もなかったように立ち去るその後ろ姿に、言葉を失う。
一方の唐沢はというと、慣れたものなのかいっさい気にも留めず、淡々とドリンクを注いでいた。
「……俺がここに来て、この局を立ち上げたのは、五年前のことなんだ」
流れるような自然さで、話が始まった。
(え? この空気の中話を進める?)
と思ったが、唐沢のそれは、説明というより、思い出を紐解くような口調だった。
「当時も、宇都宮には一応ローカルアイドルはいた。けどまあ、ほんとにごく小規模。お祭りに出たり、商店街で歌ったり……知名度なんて、ほとんどなかったよ」
「なるほど……良く言えば“地域密着型”ですね。でも、地元以外のローカルアイドルを知ってる人なんて、よっぽどのマニアですよ」
巧翔の返しに、唐沢は大きくうなずく。
「しかも、その頃は芸能事務所も二つしかなかった。アイドルは二組、たった五人しかいなかった」
五人だけ。
そこまで聞いて、ようやく少し興味が湧いてくる。その僅かな世界に、なぜ目をつけたのか。
目の前の男は、あの唐沢桐生だ。
(たった五人に、どんなビジョンを見たのだろう——)
「俺は二十代前半、都内の番組制作会社で働いててさ。最初は楽しかったんだけど……年々、企画がつまらなくなってね。どこかで見たようなものばかりだってなって、この業界、もうダメかもって感じてた」
「それで、we charmを作ったんですね」
「そう。“面白いものは、もっと自由なところで作れる”ってね。テレビだけのものじゃない、ネットでもっと自由な配信を——それが発端だよ」
簡単に言うけれど、そこには一つの時代の変革があった。
その想いから生まれたのが、動画配信プラットフォーム「we charm」。
今や世界規模の影響力を持つその存在は、エンタメ業界の新たな道を切り開いた。
「君も知っての通り、we charmではゲーム実況が主力コンテンツに育った」
確かに唐沢の言う通り。
今ではVRキャラクターを使ったV charmerの活躍も目立ち、現実でのイベント開催も珍しくない。
「そこで俺は、“we charm × ゲーム実況 × アイドル”っていう三要素の掛け算で、何か新しいアプローチができないか考えた。
でも、“ただアイドルがゲームをしているだけ”じゃ、もう誰も驚かない」
「そりゃそうですよね。今や配信者って、それこそ星の数ほどいますし……ローカルアイドルってだけじゃ武器にならない」
ましてや、全国区から配信に転向したアイドルもいるこの時代。
中途半端では埋もれるだけだ。
「そんな試行錯誤をしていた中で——三年前、転機が来た」
「三年前……?」
三年前の出来事を記憶から探るが、答えが出てこない。
そんな様子を面白がるかのように、唐沢は続けた。
「awayが発売されたんだよ」
その名に、はっとする。
意識同調型という技術を搭載した、フルダイブ機──Another World Absorbing Yearn。略して『away』。
その登場は、ゲーム業界に革命をもたらした。
「awayの登場で、we charmの実況にも変化が訪れた。映像じゃない、“体感”をそのまま伝える、いわゆる体感型配信へと進化したんだ」
確かに、現実のようなゲームの中で、キャラクターが動き回る姿を見るのは、ただの映像以上に“熱”がある。
だが巧翔はすぐに気づく。
「でも、それだけじゃ宇都宮のローカルアイドル事情は変わらなかった……と?」
「その通りだ。土俵は変わっても、戦える武器がなかったからな」
まさに言い得て妙。土俵が変わっただけで、コンテンツとしての“強み”は変わらなかった。
「……つまり、“宇都宮のローカルアイドルである理由”がなかった」
「理解が早くて助かるよ」
唐沢はニヤリと笑う。
「その通り。そして——次の年、事態を大きく動かす出来事が起きた。ようやく風向きが変わったのさ」
「二年前……ですか? なんだろう……」
巧翔は記憶をたどる。
が、はっきりとは思い出せない。
「わからないかい? Guns Survive Everydayのリリースだよ」
「あっ!」
その言葉に、ようやく点がつながる。
自分がこれから関わるタイトル。
そして、ちゆきが踏み込もうとしている舞台。
散らばっていたピースが一つ、ハマった気がした。
「GSEは、発売と同時に世界をひっくり返した。誰もが、これこそが“次のステージ”だって直感した。——だから思ったんだ。“この世界に、アイドルたちを立たせたい”ってね」
その目は冗談を言っている人間のそれではなかった。
言葉にするたび、熱がこもっていく。唐沢桐生という人物の本質は、きっとこういう“語る時”に現れるのだろう。
気づけば巧翔も、その話にぐいと引き込まれていた。
「でもさ、どれだけ世界がリアルになったって、ゲームはゲームだ。“アイドルがFPSをしてるだけ”っていう印象は、そう簡単には変わらない」
唐沢はエナジードリンクの残りを見つめながら、言葉を続けた。
「ファンが応援したくなる“理由”が必要だった。ただの戦いじゃなく、“この子を応援したい”って思わせる必然がなきゃいけない」
言われてみれば、納得しかない。
どれだけシステムが優れていても、それだけではエンタメにはなり得ない。
たしかに、FPSで勝つことと、アイドルとして輝くことは、似ているようでまるで違う。
——だから、ちゆきが「アイドルになりたい」と言ったとき、疑問が湧いたのだ。
“どうして戦わないといけないのか?”
“アイドルなのに、なぜGSEに出なければいけないのか?”
「……だから俺は、既存のアイドルの仕組みそのものを壊すことにした。応援される理由ごと、作り変える」
唐沢はそう言って、グラスに口をつける。
「宇都宮のローカルアイドル、いや、日本のアイドルという存在そのものを、俺は変えようとしてる。応援の仕組みごと、再設計する。——そういう絵を、俺は描いたんだ」
何を言っているのか。と思うが、落ち着いた口調ながらも感じる熱に、巧翔はなにも言えなくなっていた。
「……こういうのはさ、東京のように成熟しきった場所じゃできない。勝手が決まりすぎていて、動きようがない」
そして視線をこちらに戻し、低く言い切った。
「だからこそ、俺は宇都宮を選んだ。“東京にほど近く、アクセスもよくて、都市機能も揃ってる”——なのに、誰もまだ“主役”がいない。
ここなら、面白いシナリオが描ける。——誰もやってない“一手”が、打てる。そう考えたのさ」
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