第21話:ソフィアの願いと“水晶の種”
『最後に、私の全ての知識と…この書庫の未来を…あなたたちに託します』
ソフィアさんの声は、次第に弱々しく、そして
彼女の意識を保っているコアメモリの光が、まるで風前の
俺と瑠奈、そしてエレイザーさんは、彼女の最後の言葉を聞き漏らすまいと、息を殺してその声に耳を澄ませた。
『悠人様…あなたが見つけ出してくださった、あの“メモリークリスタル”…覚えていますか?』
ソフィアさんの言葉に、俺ははっとした。
「廃棄書庫」で、俺が偶然拾っていた「ただの水晶」のことだ。瑠奈の鑑定によれば、それは古代文明の、極めて高純度な情報記録媒体らしかった。
「ああ、覚えてる。これのことか?」
俺は、アイテム袋からその水晶を取り出した。手のひらに乗せると、ひんやりとした感触と共に、何か清浄なエネルギーを感じる。
ソフィアさんの声が、どこか嬉しそうに響いた。
『はい、それです…。今から、私の最後の力で、アーヴィング様の“希望の設計図”と、私のコアメモリに保存されている全ての知識データを、そのクリスタルに転写します。それが、私があなた方に遺せる、唯一にして最大の遺産です…』
ソフィアさんはそう言うと、俺が手にしているコアメモリの本体から、
転写作業が始まったのだ。
それと同時に、ソフィアさんのコアメモリの輝きは、目に見えて弱くなっていく。まるで、彼女自身の命そのものを、クリスタルへと注ぎ込んでいるかのようだった。
俺たちは、何もできずに、ただその光景を見守ることしかできなかった。
◇
長いようで、短い時間だった。
知識の転写が完了すると、ソフィアさんのコアメモリは、その光のほとんどを失い、静かな水晶へと戻っていた。
対照的に、俺の手の中にあるメモリークリスタルは、内側から淡い虹色の光を放ち、まるで生きているかのように、温かい輝きを宿していた。
『…これを、“水晶の種”と呼んでください』
ソフィアさんの、か細い声が響く。
『この“水晶の種”には、父様の…アーヴィング様の夢と、私の全ての記憶、そして未来への可能性が詰まっています。しかし、この知識はあまりにも強大で、扱いを誤れば、再び世界に悲劇をもたらしかねません』
その声には、強い願いと、そして未来を担う者への深い信頼が込められていた。
『どうか、この種を大切に守り…そして、いつか、世界が本当にこの知識を必要とし、人々がそれを正しく扱える準備ができた時に…この種を、芽吹かせてください。それが、私の…私たちの、最後の願いです』
水晶の種。
それは、ただの知識の集合体ではない。アーヴィング博士とソフィアさんの、数十年にわたる想いと願いが結晶化した、希望そのものなのだ。
俺は、その重みをずっしりと感じながら、力強く頷いた。
「分かったよ、ソフィアさん。約束する。俺たちが、必ず…」
「ええ。あなたの想いは、決して無駄にはしません」
俺と瑠奈がそう誓うと、ソフィアさんの声が、心なしか安堵したように聞こえた。
◇
『そして、もう一つ…』
ソフィアさんは、最後の力を振り絞るようにして、言葉を続けた。
『この“賢者の書庫”の正式な管理者権限を、あなた方に譲渡します。悠人様を第一管理者、瑠奈様を第二管理者として、登録を完了しました。これで、あなた方がこの書庫の新たな守り手です。どうか、この知識の聖域を…未来へ…』
その言葉と共に、俺と瑠奈の手に、光でできた複雑な紋様が一瞬浮かび上がり、そしてすぐに消えていった。これが、管理者権限の証なのだろうか。
ソフィアさんの意識が、いよいよ遠のいていくのが分かった。彼女の声は、もはや風にそよぐ木の葉のように、か弱くなっている。
彼女は、最後に、一人一人に言葉をかけた。
『エレイザー様…父様のことを…ありがとう…ございました…。どうか、もうご自分を責めないで…』
エレイザーさんは、その言葉に、ただ黙って涙を流していた。
『瑠奈様…あなたのその眼は…きっと、世界の真実を照らし、人々を導く光となるでしょう…。あなたの未来に、幸多からんことを…』
瑠奈は、唇を噛み締め、必死に涙を
そして、最後に、ソフィアさんの声は、俺に向かって語りかけた。
『悠人様…あなたのその手は…どんなゴミの中からも希望を拾い上げる…本当に、不思議な手ですね…。その力で、どうか…たくさんの幸せを…拾い上げてください…』
その言葉は、俺の心の奥深くに、温かく、そして優しく染み渡った。
俺の、コンプレックスでしかなかったこの力が、彼女にとっては「希望を拾い上げる力」に見えていたのだ。
それだけで、俺はもう、十分に報われた気がした。
◇
ソフィアさんのコアメモリから、最後の光が消えようとしていた。
彼女は、まるで眠りにつくかのように、とても穏やかな声で、最後の言葉を紡いだ。
『ありがとう…ございました…私の…大切な…大切な…“探求者”様…そして…“友人”たち…』
その言葉を最後に、コアメモリの光は完全に消え、ソフィアさんの意識は、永遠の眠りについた。
深い、深い静寂が、聖域を包み込む。
俺の頬を、熱いものが伝っていくのが分かった。隣にいる瑠奈も、もう堪えきれないといった様子で、静かに涙を流している。エレイザーさんもまた、深く
俺たちの手の中には、虹色に淡く輝く「水晶の種」と、そして、彼女から託された、あまりにも重い未来への責任が残された。
さようなら、ソフィアさん。
そして、ありがとう。
あんたの想いは、俺たちが必ず、未来へと繋いでいくから。
俺は、心の中で、そう固く誓った。
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