第11話:第二の記憶~襲撃の日の悪夢~
「ソフィアさんの記憶は、絶対に渡すものか!」
俺は、目の前の屈強な「忘却の徒」の部隊長――名乗らなかったので名前は知らないが、その威圧感は只者ではない――を睨みつけながら、内心でそう叫んだ。
奴が懐にしまった「焦げ付いた回路基板のようなもの」…それが、ソフィアさんの失われた記憶の欠片であることは間違いない。
部隊長は、大剣のような重々しい武器を構え、地響きを立てながらこちらへ突進してくる。その動きは、アノニマスのような洗練されたものではないが、純粋なパワーと殺気は凄まじい。
「姫川さん、援護を頼む!」
「言われなくても!」
俺たちは、狭い広間の中で、部隊長との戦闘を開始した。
瑠奈は《叡智の神眼》で部隊長の攻撃パターンを読み解き、俺に的確な指示を飛ばす。「右、大振り!」「次は足元への薙ぎ払い!」
俺は、その指示に従い、必死に攻撃を回避する。俺に直接的な戦闘能力はないが、これまでのダンジョン探索で、瑠奈との連携にはそれなりに慣れてきていた。
だが、相手は歴戦の
「
部隊長が、
絶体絶命か――と思った瞬間、瑠奈が俺の背中を強く押し、同時に彼女自身も後方へ跳んだ。俺はバランスを崩して床に転がり、大剣は俺の頭上数センチを
「…助かった、姫川さん…!」
「油断しないで、相馬君!奴の狙いは、あなたではなく、私が持つ“鑑定”よ!」
瑠奈の言う通り、部隊長は俺を
まずい。瑠奈は直接戦闘は得意じゃない。俺が何とかしなければ――。
俺は、戦闘中に床に散らばった「石くれ(ゴミ)」や「金属片(ゴミ)」をいくつか拾い集め、部隊長の死角から投げつけた。大したダメージにはならないが、一瞬でも注意をそらせれば、瑠奈が体勢を立て直す時間が稼げるかもしれない。
部隊長は、
「ちぃっ、鬱陶しいハエどもめが…!ならば、これならどうだ!」
部隊長は、懐から何か筒状の魔導具を取り出すと、それを俺たちに向けて構えた。
まずい、何か強力な攻撃が来る――!
だが、魔導具から放たれたのは、攻撃的な魔力ではなく、強烈な閃光と衝撃波だった。
「ぐわっ!?」
「きゃっ…!」
俺と瑠奈は、目と耳をやられ、一時的に行動不能に陥る。
その隙を、部隊長は見逃さなかった。彼は、俺たちが落とした(というより、彼が強奪した)「焦げ付いた回路基板(記憶のゴミ)」を再び拾い上げると、勝ち誇ったように高笑いした。
「ハッハッハ!これで任務完了だ!さらばだ、間抜けな詮索者どもめ!」
そう言い残し、部隊長は広間の奥へと続く通路へと姿を消した。
俺たちは、ただ悔しさに歯噛みするしかなかった。
◇
「…くそっ…!まんまとやられた…!」
閃光と衝撃波から立ち直った俺は、悪態をついた。
瑠奈も、悔しそうに唇を噛んでいる。
「彼の目的は、最初から記憶のゴミの確保と、私たちの足止めだったようね…。まんまと一杯食わされたわ」
「とにかく、追いかけるぞ!まだ遠くへは行ってないはずだ!」
俺たちは、部隊長が消えた通路へと急いだ。
だが、通路の先は行き止まりになっていた。そして、その壁には、何かの装置が埋め込まれている。
「これは…時限式の爆破トラップ…!?」
瑠奈が鑑定し、顔色を変える。
部隊長は、俺たちをここに閉じ込め、記憶のゴミを持ち去るつもりだったのだ。
解除は…間に合わない!
「相馬君、伏せて!」
瑠奈の叫びと同時に、壁が轟音と共に爆発四散した。
俺たちは、爆風と
◇
――気がつくと、俺はどこか薄暗い場所に倒れていた。
頭がガンガンする。体のあちこちが痛い。
「…姫川さん…?どこだ…?」
俺が声を上げると、すぐ近くで瑠奈の咳き込む音が聞こえた。
「…大丈夫よ、相馬君…。どうやら、爆発で床が抜けて、下の階層に落ちたみたいね…」
瑠奈は、
だが、問題は、部隊長が持ち去った「記憶のゴミ」だ。
あの男は、今頃どこへ…?
その時、俺の《ゴミ拾い》スキルが、近くで微かに光る何かを感知した。
それは、爆発の衝撃で部隊長が落としたのか、あるいは俺たちが拾い損ねていたのか…「焦げ付いた回路基板」とは別の、ソフィアさんの「記憶のゴミ」だった。
俺はそれを拾い上げ、コアメモリに近づける。
途端に、俺たちの目の前に、再びソフィアさんの過去の記憶が再生され始めた。
それは、あまりにも悲痛で、そして絶望的な光景だった。
再生されたのは、数十年前の「賢者の書庫」。
その日は、普段と変わらない穏やかな朝だった。アーヴィング・博士は、新しい研究についてソフィアさんと楽しそうに語り合い、ソフィアさんもまた、博士の言葉に熱心に耳を傾けていた。
だが、その平穏は、突如として破られた。
書庫全体にけたたましい警報が鳴り響き、外部からの強力な攻撃が開始される。壁が崩れ、爆炎が上がり、美しい書庫は一瞬にして地獄絵図と化した。
アーヴィング・博士は、ソフィアさんを守りながら、書庫の防衛システムを起動し、「忘却の徒」の兵士たちと戦う。老齢ながらも、その瞳には強い意志の光が宿り、強力な魔法を操って次々と敵を退けていく。
しかし、敵の数はあまりにも多く、そして容赦がなかった。次々と現れる幹部クラスの魔法使い――その中には、若き日のアノニマスの姿や、ひときわ長身で、黒いフードを目深にかぶり、その顔は窺えないが、時折フードの隙間から覗く銀髪の一房が印象的な、威圧的な魔導師の姿も見える――の前に、博士は徐々に追い詰められていく。
そして、ソフィアさんを
「ぐっ…!ソ、ソフィア…!」
血を吐き、崩れ落ちるアーヴィング・博士。
ソフィアさんは、その光景を目の当たりにし、絶叫する。
瀕死の博士は、最後の力を振り絞り、ソフィアさんに「生き延びろ…ソフィア…!私の研究と…この書庫の知識を…未来へ…!」と命令し、書庫の最深部にある緊急脱出路を起動させる。
ソフィアさんは涙ながらに「父様!父様も一緒に!」と叫ぶが、博士は「私にはもう時間がない…。行け、ソフィア!お前は私の…最高の“娘”だ…」と、血に濡れた手で、優しくソフィアさんの頬を撫でた。
その時、「忘却の徒」の当時のリーダーと思しき、厳格な仮面をつけた、アノニマスとも異なる威圧感を放つ人物が現れ、博士に冷酷に止めを刺した。
「アーヴィングよ、お前の夢もここまでだ。不完全な知識こそが、世界を狂わせるのだ」
リーダーはさらに、逃げようとするソフィアさんのコアメモリの一部にも攻撃を加え、データを破壊する。
「お前のような人形に、世界の未来を託すなど片腹痛いわ」
◇
第二の記憶の映像は、そこで途切れた。
俺と瑠奈は、言葉を失っていた。「忘却の徒」の非道さ、アーヴィング・博士の無念の死、そしてソフィアさんが背負ってきた筆舌に尽くしがたい悲劇の重さを改めて知り、胸が張り裂けそうだった。
瑠奈は、唇を強く噛み締め、その蒼い瞳からは、静かだが激しい怒りの炎が燃え上がっているのが分かった。
「彼らを…絶対に許せない…!ソフィアさんのためにも、アーヴィング・博士のためにも…!」
俺もまた、胸に込み上げる怒りと悲しみ、そしてソフィアさんから託された使命の重さを感じ、拳を強く握りしめた。
「ああ…俺たちが、全部取り戻してやる…!ソフィアさんの記憶も、博士の想いも、そして“忘却の徒”に奪われた全ての知識も…!」
絶望的な記憶を見た後、俺たちは重い沈黙に包まれた。
俺が、「…なんか、甘いものでも食べたい気分だな…」と、場違いなことを呟くと、意外にも瑠奈が「…同感ね」と真顔で頷いた。
二人で非常食のチョコバーを取り出し、無言でかじる。瑠奈は、その包み紙をうまく開けられず、俺が手伝ってやった。そんな些細なやり取りが、今は少しだけ心を慰めてくれる。
打ちのめされるような過去を知った俺たちの決意は、書庫の悲しい歴史を知ることで、より一層強固なものとなっていた。
だが、あの部隊長に持ち去られた「記憶のゴミ」は、どうすれば取り返せるのだろうか…。
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