第10話:“忘却の徒”の再襲撃と情報戦

 ソフィアさんの第一の記憶…アーヴィング・博士との温かい日々、そして託された使命…それらを知った俺たちは、新たな決意を胸に、「賢者の書庫」のさらに奥へと進んでいた。

 次に俺の《ゴミ拾い》スキルが反応したのは、どこか不穏で冷たい光を放つ「記憶のゴミ」だった。それは、書庫の第二エリアと呼ばれる、以前よりもさらに複雑な構造をした通路の先にあるようだった。


「姫川さん、こっちだ。なんだか、嫌な感じがする光だけど…」

「ええ、私も感じるわ。この先に進むにつれて、書庫全体の魔力の流れが淀んでいるような…まるで、悪意に満ちた何かが潜んでいるみたいに」


 瑠奈もまた、《叡智の神眼》で周囲の状況を警戒している。彼女の言葉通り、このエリアは第一エリアとは明らかに雰囲気が違っていた。壁には新しい傷跡のようなものが見られ、床には何かの残骸のようなものが散らばっている。まるで、最近ここで戦闘があったかのような…。


 俺たちが慎重に通路を進んでいると、瑠奈が不意に足を止めた。

「待って、相馬君。何かおかしいわ…」

 彼女の蒼い瞳が、前方の何もない空間を鋭く見据えている。

「あそこに、極めて微弱だけど、魔力の痕跡こんせきがある。それと…巧妙に隠された監視用の使い魔ね。機械式の小型昆虫型…おそらく、“忘却の徒”のものよ」


 瑠奈の言葉に、俺は息をのんだ。

 アノニマスたちが、俺たちを追跡している…? それも、こんなに早く、そして巧妙に?

 その時、俺が通路の隅で拾い上げた、小さな「水晶の欠片(ゴミ)」に触れると、ソフィアさんの残留思念のような形で、短い警告メッセージが頭の中に直接響いてきた。


『…気をつけて…ください…彼らは…情報を“狩る”ことにも…けています…決して…油断を…』


 ソフィアさんの声だ。彼女は機能停止してもなお、俺たちを助けようとしてくれているのかもしれない。

 俺は、彼女の警告を胸に刻み、気を引き締めた。どうやら、ここからは単なる「ゴミ拾い」では済まされそうにない。


          ◇


 書庫の第二エリアは、まるで迷路のように入り組んでいた。

 そして、「忘却の徒」の追手は、俺たちの想像以上に狡猾こうかつだった。彼らは、アノニマスとは別の部隊らしく、直接的な戦闘よりも、罠や陽動を駆使した隠密行動に長けているようだった。


「相馬君、あそこの光る“ゴミ”…あれは罠よ」


 俺が、通路の奥でひときわ強く光る「羊皮紙の巻物(ゴミ)」に近づこうとすると、瑠奈が鋭く制止した。


「私の鑑定によれば、あれは確かに古代の貴重な文献の一部だけれど、その周囲には高圧電流のトラップと、接触と同時に警報が作動する魔術的なセンサーが幾重にも仕掛けられているわ。おそらく、あなたを誘い出すためのおとりね」


 瑠奈の言葉通り、俺のスキルも、その「ゴミ」からは何か刺々とげとげしい、危険な「気配」を感じ取っていた。光り方は強いが、どこか不自然で、まるで「俺を見ろ!」と過剰にアピールしているかのようだ。

 俺のスキルは、どうやら「本物の価値あるゴミ」と「偽物の罠ゴミ」で、その光り方や発する「気配」が微妙に違うことに、徐々に気づき始めていたのかもしれない。直感的なものだが、その感覚は徐々に研ぎ澄まされてきている気がする。


「こっちの光は…なんか、冷たい感じがするんだよな…。ソフィアさんの記憶のゴミは、もっと温かいというか、何かを訴えかけてくるような光だったのに…」

「あなたのその直感、今は信じるしかないわね。私の鑑定でも、彼らの仕掛けた罠は巧妙で、全てを見抜くのは骨が折れるもの」


 俺たちは、瑠奈の《叡智の神眼》による精密な分析と、俺の《ゴミ拾い》スキルが感知する直感的な「気配」を頼りに、敵の仕掛けた数々の罠を慎重に回避しながら、本物の「記憶のゴミ」が眠る場所へと進んでいった。

 途中、俺が敵の仕掛けた古典的な落とし穴(に巧妙に偽装された何か)に寸前で気づき、「ベタすぎるだろ、この罠!」と内心でツッコミを入れる一幕もあった。どうやら敵も、俺たちのことを少し甘く見ているフシがあるのかもしれない。


          ◇


「…姫川さん、ちょっといいか?」

「何かしら、相馬君?」


 敵の罠をいくつかやり過ごした後、俺は瑠奈に一つの提案を持ちかけた。

 それは、俺たちが追われている状況を逆手に取った、一種の「逆情報工作」だった。


「俺たちがこうして罠を避け続けてるってことは、敵も俺たちが近くにいるって気づいてるはずだ。だったら、こっちから偽の情報を流して、あいつらを撹乱かくらんできないか?」

「…具体的には?」


 瑠奈が、興味深そうに問い返してくる。

 俺は、さっき拾った「価値のなさそうな本物のゴミ」――ただし、表紙に「禁断」とか「秘術」とか、いかにも敵が食いつきそうなキーワードが微かに読み取れる、ボロボロの魔導書の残骸――を取り出した。


「これを、わざと敵の通り道に落とすんだ。で、姫川さんが、それに凄い価値があるかのように、大声で鑑定結果を叫ぶとか…」

「…なるほど。私が“これは失われた大魔導師エルミナの禁断呪文のオリジナル原稿に違いないわ!これさえあれば、世界征服も夢じゃない!”とか叫べばいいわけね?」


 瑠奈が、いつもの無表情で、とんでもないセリフを口にする。いや、そこまで大袈裟じゃなくていいんだけど…。


「まあ、そんな感じだ。敵がそれに釣られて時間を浪費してる隙に、俺たちは本命の記憶のゴミを探しに行く」

「…くだらない作戦だけど、今の私たちには有効かもしれないわね。やってみましょう」


 瑠奈は意外にもあっさりと俺の作戦に乗ってくれた。

 俺たちは、早速その作戦を実行に移した。俺が例の「ゴミ」を敵の巡回ルートらしき場所に落とし、物陰に隠れる。しばらくして現れた敵の斥候せっこうらしき兵士がそれを見つけ、いぶかしげに手に取ろうとした瞬間、瑠奈がわざとらしく大きな声で叫んだ。


「待ちなさい、相馬君!それは…まさか伝説の…!早く回収しないと、世界が悪の手に堕ちてしまうわ!」


 迫真の演技だ、姫川さん。あんた、女優にもなれるんじゃないか?

 敵の斥候は、瑠奈のその言葉に明らかに動揺し、慌ててその「ゴミ」を懐にしまい込むと、仲間のもとへ報告に戻っていった。

 その時、俺の頭の中に、再びソフィアさんの残留思念がささやいた。


『…見事です…彼らの“情報の歪み”を逆手に取り、利用するとは…あなた方なら、あるいは…』


 ソフィアさんの賞賛の言葉が、俺たちの背中を後押ししてくれた気がした。


          ◇


 俺たちの陽動作戦は、思った以上の効果を上げたようだった。

 敵の部隊は、俺たちが落とした「偽のお宝ゴミ」の周辺を躍起になって捜索しているらしく、こちらの追跡が一時的に緩んだのだ。

 その隙に、俺たちはついに、本物の「記憶のゴミ」が隠されているらしき、第二エリアの最深部にたどり着いた。


 そこは、古い祭壇のようなものが置かれた、小さな円形の広間だった。そして、その祭壇の上に、今回の「記憶のゴミ」である「焦げ付いた回路基板のようなもの」が、冷たい光を放ちながら置かれていた。

 だが、それを回収しようとした俺たちの前に、新たな敵が立ちはだかった。


「フン、小賢こざかしいネズミどもめ。ようやく追い詰めたぞ」


 現れたのは、先ほど俺たちの陽動にまんまと引っかかった斥候たちとは明らかに格の違う、屈強な体格をした部隊長の男だった。彼は、俺たちの作戦に気づき、部下たちを見捨てて単独でここまで追ってきたらしい。その目には、怒りと侮蔑ぶべつの色が浮かんでいる。


「お前たちが探しているのは、これか?」


 部隊長はそう言うと、祭壇の上の「記憶のゴミ」を無造作に掴み取り、こちらに見せつけるように掲げた。


「残念だったな。これは我々が回収させてもらう。お前たちのような未熟者に、これ以上世界の秘密を嗅ぎ回らせるわけにはいかんのでな!」


 部隊長は高笑いすると、記憶のゴミを懐にしまい、俺たちに襲い掛かってきた。

 どうやら、ここでも一戦交えるしかなさそうだ。

 俺は瑠奈とアイコンタクトを取り、覚悟を決めた。ソフィアさんの記憶は、絶対に渡すものか!

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