第3話 勧誘

夜明けとともに、森の中に張られた仮設のキャンプ地には、香ばしい匂いが漂っていた。


焚き火の上でじゅうじゅうと音を立てているのは、アルクが解体し保存していたゴルドノスの肉だ。鉄の串に刺した厚切りの肉は、表面に美しい焼き色をまとい、脂が滴り落ちては火に弾ける。肉の焼き加減をじっと見つめるアルクの手には、すでに幾度も経験を積んできた確かな動きがあった。


「そろそろ、いいと思う」


アルクは小声でそう呟き、慎重に串を焚き火から引き上げる。その姿に、兵士たちは思わず息を呑んだ。


「うまそうだな……」「こりゃたまらんぜ」


レコナがにっこりと笑う。「さっきの小刀の腕を見たら、味もきっと期待できそうね」


一人ずつに配られる肉を受け取った兵士たちは、目を合わせると一斉にかぶりついた。


「――うまっ!」


「これ、なんだ!?柔らかいのに、噛むほど味が深くなる……!」


「殿下、これは王城の料理番に匹敵しますぞ!」


「ちょっと、アルクって……本当に何者なの?」


レコナが首を傾げると、アルクは少し恥ずかしそうに笑って「いつも、こうしてたから……」と答えた。


焚き火の明かりに照らされるその顔は、どこか寂しげでもあった。長い孤独の中で培った技術。誰に教わったわけでもない、ただ生きるための工夫と経験。


「ねえ、アルク」


レコナは焚き火越しに、まっすぐ彼を見た。


「あなた、本当に一人でずっと生きてきたの?」


「……うん。たぶん、ずっと」


アルクの答えに、レコナの胸の奥に何かがきゅっと締めつけられる。


この人は、たった一人で生きてきた。誰にも褒められることなく、誰にも頼られることなく――


だからこそ、レコナは思った。


「――やっぱり、連れて帰らなきゃ」

朝食を終えた一行は、森の中の静けさに包まれながら、束の間の休息を取っていた。レコナは焚き火のそばに残り、火をくべながらアルクにちらりと目を向ける。


「ねえ、アルク」


「ん?」


「この国のこと、どこまで知ってる?」


アルクは首を傾げた。「ええと……人がいて、お城があって……みんな鉄の剣を持ってた」


「それだけ?」レコナは思わず笑ってしまった。「ほんと、変な人ね」


アルクは苦笑いを浮かべ、薪を火にくべる。


「今ね、私たちの国はちょっと大変なの。西の方では、帝国との小競り合いが続いてるのよ。向こうは鉄の鎧を着て、こっちの青銅の剣じゃ太刀打ちできないの」


「でも、レコナの剣は強い」


「そう。でも、数が足りない。しかも、何度も戦ってれば刃もこぼれるし、折れることだってある。もっと強い剣を作るには、強い鉱石が必要なのよ」


レコナは空を見上げた。朝日に染まる空は穏やかだったが、その先にある現実は、そう甘くはない。


「……だからね。あなたの技術が必要なの。オリハルコンを扱えるあなたの力が」


アルクは少しだけ黙りこくり、それからポツリと呟いた。


「人の中にいるのは、こわい。でも……」


その目は、森の奥ではなく、レコナの方をしっかりと見ていた。


「すごく、すごく嫌だけど……行くよ」


「えっ……」レコナは思わず目を見開いた。「本当に?」


「うん。だって……何年も何年も……なにかの役に立つってこと、なかったから。もし、できるなら……役に立ちたい」


アルクの言葉は拙く、ぎこちなかった。でも、そこには揺るぎない誠意があった。


そして数秒の沈黙の後――


「そ、それに……レコナ、可愛いし……」と小さく付け加えた。


「は?」


顔が一気に真っ赤になるレコナ。


「へ、へへっ……」


「その笑い方はやめた方がいいわよっ!」


焚き火のパチパチという音に混じって、森の中に二人の笑い声がこだました。


旅が、始まろうとしていた。

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