第2話 鍛冶の夜と約束
夜の帳が降り、森は深い闇に包まれていた。
満天の星の下、アルクの鍛冶場にはぽうっと温かな光が灯っていた。
レコナはその場に立ち尽くしていた。目の前にあるのは、今まで見てきたどの鍛冶場とも違う、奇妙で、だけどなぜか理にかなっているような空間。
炉の形状は縦長で、火口の奥に渦を描くような気流が流れている。送風口には木製の風車と植物の繊維が組み合わされ、風の力を活かして空気を送る仕組みになっていた。
「この炉、どうやって作ったの?送風は……あの、風車で?」
思わず問うと、アルクは鉄鉗を手にしながら首を傾げた。
「えーっと、昔……ずっと前に作ったんだけど、よく覚えてない。けど、こうした方が火の力が強くなる気がして」
「“気がして”?根拠は……ないのね?」
「う、うん……でも、うまくいくんだ」
レコナは苦笑しながらも、まじまじとその設備を見回した。確かに、オリハルコンという精錬不能の鉱石をこの場で鍛えたというのなら、理屈では測れない何かがあるのかもしれない。
やがて、アルクは石と粘土を組み合わせた炉の中に、オリハルコンの塊をそっと置いた。
「燃えやすいのを先に……次に、あれとあれ……」
独り言のように呟きながら、乾燥させた樹皮と松脂を投入する。続いて、白く乾いた小枝、黒く光る炭……順々に、だが確かな順番で並べていく。
「温度が……いる。すごく、たくさん」
そう言って彼は炉に火を入れた。
レコナは思わず息を呑む。炎が一気に立ち上がり、オリハルコンの塊が炉の中で徐々に赤熱していく。赤、橙、黄色、そして白に近づいていくその輝きは、どこか神聖なものにも思えた。
やがて、アルクは火箸でその塊を取り出す。炉の前に据えた大きな石の上に置くと、手にした小さな金槌で、迷いなく叩き始めた。
——カン……カン……カン……
音は静かだった。だが、力強かった。
無骨な塊だった鉱石は、少しずつ、確かに刃の形へと変わっていく。
レコナはその様子に目を奪われていた。
彼の動きには無駄がなく、だが計算された動きでもない。ただ、心と手が一致している。
鍛冶場の煙突から立ちのぼる黒煙が、夜明けの空に溶けていく。
アルクの手によって鍛え上げられた小刀が完成したのは、夜が白み始める頃だった。レコナは目を見張り、そしてそっと手を伸ばす。刃はまるで鏡のように滑らかで、手に取るとほんのり温かかった。
「これ……私に?」
アルクはコクンとうなずいた。「あげるよ」
「……ありがとう。すごい、すごいわ。これが、あなたの力……」
「うん。たぶん、いつも通り……のはずだけど」
そんな会話を交わすうちに、背後から誰かの咳払いが聞こえた。振り返れば、兵士たちが苦笑を浮かべて立っていた。
「殿下、朝ですよ……というか、もう丸一日経ってます」
「えっ……!?そんなに?」
「よほど夢中だったようで」
レコナは赤面しつつも咳払いし、兵士たちの方へ向き直った。「じゃあ、今からでも休息を取りましょう。森を抜けるのは無理でも、近くでキャンプを張って仮眠を。あとで、携帯食を食べましょう。」
「了解しました!」
アルクは少し驚いた顔で、「ご、ゴルドノスの肉……食べる?」と尋ねる。
「え!いいの!?…あれだけ新鮮なお肉よ?王都でもあんな立派な個体はなかなか手に入らないわ」
そうして、アルクたちは休息の支度に取り掛かった。朝靄の森の中、焚き火がパチパチと音を立てる頃、彼らの新たな一日が始まろうとしていた――。
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